8 / 12
0
7 ずっと好きだった
しおりを挟む* ラウデリーノ視点
5年ぶりに会ったリュイサは落ち着いた目をした大人の女に変わっていた。
『私、もう結婚したくないの。だから、どこかに家を買って住むつもり』
お互いが婚約していた頃のような、無邪気でキラキラした瞳で俺を見上げることはない。
隠し事なんて少しもできなかったのに、今の彼女は俺に気持ちを明かさない。
あの日別れることになって、彼女は相手のところへすぐに向かってしまった。
早く手に入れてしまいたいと相手も思ったのだろう。結婚式を楽しみにしていた彼女が、簡単な式と書類に名前を書いて済ませたと聞いて、胸が痛かった。
どうすることもできなかったし、悔しい。
屋敷には2つ年下の婚約者が花嫁修業としてやってきた。ラギナ子爵の娘、ローラは見た目も中身もまだ幼い。
もともと小柄ではあるし、いきなり子爵に連れてこられて戸惑っていたのも事実。
それでも、懸命にパストラーナ伯爵家に慣れようとしていたから、婚約者として誠実であろうと心がけた。少女にあたっても仕方ない。
やるせない想いは、リュイサの兄フェルナンドと時々記憶がなくなるほど酒を飲んで、好きなことを言い合って、吐き出して、その後は仕事に打ち込んだ。
俺が愛しているのはリュイサだけで、でも彼女はいなくて目の前に別の女性がいる。
リュイサへの気持ちは胸の奥へしまい、これからを共にするローラとの関係をちゃんと考えることにした。
子爵家とのやりとりで牧羊業を始め、小規模ながらうまくいく気がした。
新しく買った葡萄の苗木を早速植え、良質な葡萄が採れる木から挿し木も試して見ることにする。
毎日が忙しく、枕に頭をつけるとすぐに朝になる。
でもそれでよかった。
ローラはとても大人しく、人見知りで社交界へのデビューを延ばしていたらしい。婚約者としてお披露目も兼ねて、王都へ向かった。
馬車の中でずっと青い顔をしていて、引き返そうかと思ったくらいだ。
ダンスも震えているのがわかったし、緊張してグラスを倒してしまい、その夜は笑顔を浮かべることさえできなかった。この件で、ますます人前へ出るのが嫌になったらしい。
『気にしなくていい、最初は誰にでもある』
『でも……ごめんなさい』
あまりに打ちひしがれているから、社交は最低限でいいと伝えた。妹がいたらこんな感じなのだろうか。
『もともと俺もパーティは好きじゃない。領地でやることはたくさんあるから、最低限顔を出して帰ろう』
『はい、ありがとうございます』
ローラが社交家で華やかな王都で暮らしたい、そういうタイプだったらますますお互いの距離が開いたと思う。そういう意味では領地でのんびり読書をするのが好きだという彼女で良かった。
ラセ伯爵夫人となったリュイサとも、顔を合わせることがなくほっとした。
もしも見かけることがあったら、目が離せなくて焦がれるような視線を送ってしまっただろうから。それは社交界に自ら噂話を提供するようなものだ。
ラセ伯爵が羨ましくてたまらない。
忙しそうに国中を回る彼が家に帰ると、リュイサが待っている。想像するだけで胸がじりじりと焼けるように痛かった。
俺は余計なことを考えたくなくて、領地改革に励んだ。
不安そうな領民達の暮らしが上向きになって、笑顔が増えるように。
そうして過ごすうちにローラが18歳となり、ひっそりと式を挙げた。
教会で彼女の額に初めてキスをする。
その夜、成人してもまだ小柄な彼女を初めて抱きしめて、幼さにためらった。
初めてダンスをした時からあまり変わっていないような気がする。
『結婚したのですから……本当の妻にしてください。私にできることはそれだけなので……』
そうしてすぐに子供を授かったから、その夜の子供なのだろう。
彼女はつわりもひどく、いつも青白い顔で横になっていることが多くなった。
だが、食べられそうなものを持っていくと笑顔になる。
『役に立てるのが嬉しいのです』
子爵家の三女として生まれて、幼い頃から家の為に結婚して子を成すことが仕事だと言われてきたという。子爵は娘と引き換えに事業を大きくしてきたから、ローラもそう考えたようだ。
愛することはできなくても、ちゃんと妻を大事にしよう。子供も守ろう。
そう決意したのに彼女は子とともに天国へ旅立ってしまった。小柄だったし、妊娠も体の負担になったのだろう。
悲しんでいる暇はなかった。
子爵家とは牧羊業で関わるものの、葡萄畑に関する支援はぴたりと止まった。
ローラの葬儀の後はがむしゃらに働いた。
彼女の喪が明けるまで王都へ行かない、そう言い訳をして、仕事に打ち込む。
元々の葡萄畑はあるものの、新しく拡げた土地――葡萄の挿し木も苗木もまだ実をつけていない。畑へ向かい、無事に成長するようやれることはなんでもやって、体を動かす。
領民達も前を向いて乗り切ってくれた。
さらに2年が経ち、リュイサの夫であるラセ伯爵の訃報が届いた。
『リュイサを呼び戻した。数日中に戻ってくるだろう……都合のいいことを言っていると思うんだが、リュイサと再婚する気はあるか?』
『それは、もちろんあります。……彼女はなんて?』
フィス伯爵は俺をじっと見る。
『いや、まだ何も話していない。だが、いずれ再婚するなら誰とも知らない馬の骨より君がいいと思っているよ』
『ありがとうございます。ぜひ、よろしくお願いします』
『ああ、回り道させてしまって悪かった』
『いえ……あの時は皆、しかたなかったのです』
あの時どうしたら俺達が結婚できたのか、何度も何通りも考えた。
近隣の領地はみな被害を受けていたし、資金を融通してもらうにしても、相手の見極めが難しい。実際に融資を受けて、資金繰りに苦労している領地もある。
結局いい案は思い浮かばなかった。
リュイサにとって俺は過去の思い出になっているのかもしれない。
だが、このチャンスを逃したくない。
リュイサを遠くへなんて行かせたくないのだ。
14
お気に入りに追加
752
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
離縁希望の側室と王の寵愛
イセヤ レキ
恋愛
辺境伯の娘であるサマリナは、一度も会った事のない国王から求婚され、側室に召し上げられた。
国民は、正室のいない国王は側室を愛しているのだとシンデレラストーリーを噂するが、実際の扱われ方は酷いものである。
いつか離縁してくれるに違いない、と願いながらサマリナは暇な後宮生活を、唯一相手になってくれる守護騎士の幼なじみと過ごすのだが──?
※ストーリー構成上、ヒーロー以外との絡みあります。
シリアス/ ほのぼの /幼なじみ /ヒロインが男前/ 一途/ 騎士/ 王/ ハッピーエンド/ ヒーロー以外との絡み
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
「君と勝手に結婚させられたから愛する人に気持ちを告げることもできなかった」と旦那様がおっしゃったので「愛する方とご自由に」と言い返した
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
デュレー商会のマレクと結婚したキヴィ子爵令嬢のユリアであるが、彼との関係は冷めきっていた。初夜の日、彼はユリアを一瞥しただけで部屋を出ていき、それ以降も彼女を抱こうとはしなかった。
ある日、酒を飲んで酔っ払って帰宅したマレクは「君と勝手に結婚させられたから、愛する人に気持ちを告げることもできなかったんだ。この気持ちが君にはわかるか」とユリアに言い放つ。だからユリアも「私は身を引きますので、愛する方とご自由に」と言い返すのだが――
※10000字前後の短いお話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄される令嬢は最後に情けを求め
かべうち右近
恋愛
「婚約を解消しよう」
いつも通りのお茶会で、婚約者のディルク・マイスナーに婚約破棄を申し出られたユーディット。
彼に嫌われていることがわかっていたから、仕方ないと受け入れながらも、ユーディットは最後のお願いをディルクにする。
「私を、抱いてください」
だめでもともとのその申し出を、何とディルクは受け入れてくれて……。
婚約破棄から始まるハピエンの短編です。
この小説はムーンライトノベルズ、アルファポリス同時投稿です。
勘違い妻は騎士隊長に愛される。
更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。
ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ――
あれ?何か怒ってる?
私が一体何をした…っ!?なお話。
有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。
※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~
二階堂まや
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。
夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。
気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……?
「こんな本性どこに隠してたんだか」
「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」
さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。
+ムーンライトノベルズにも掲載しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】婚約破棄を待つ頃
白雨 音
恋愛
深窓の令嬢の如く、大切に育てられたシュゼットも、十九歳。
婚約者であるデュトワ伯爵、ガエルに嫁ぐ日を心待ちにしていた。
だが、ある日、兄嫁の弟ラザールから、ガエルの恐ろしい計画を聞かされる。
彼には想い人がいて、シュゼットとの婚約を破棄しようと画策しているというのだ!
ラザールの手配で、全てが片付くまで、身を隠す事にしたのだが、
隠れ家でシュゼットを待っていたのは、ラザールではなく、ガエルだった___
異世界恋愛:短編(全6話) ※魔法要素ありません。 ※一部18禁(★印)《完結しました》
お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
もう我慢したくないので自由に生きます~一夫多妻の救済策~
岡暁舟
恋愛
第一王子ヘンデルの妻の一人である、かつての侯爵令嬢マリアは、自分がもはや好かれていないことを悟った。
「これからは自由に生きます」
そう言い張るマリアに対して、ヘンデルは、
「勝手にしろ」
と突き放した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる