婚約解消から5年、再び巡り会いました。

能登原あめ

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7 ずっと好きだった

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          * ラウデリーノ視点


 5年ぶりに会ったリュイサは落ち着いた目をした大人の女に変わっていた。

『私、もう結婚したくないの。だから、どこかに家を買って住むつもり』

 お互いが婚約していた頃のような、無邪気でキラキラした瞳で俺を見上げることはない。
 隠し事なんて少しもできなかったのに、今の彼女は俺に気持ちを明かさない。

 あの日別れることになって、彼女は相手のところへすぐに向かってしまった。
 早く手に入れてしまいたいと相手も思ったのだろう。結婚式を楽しみにしていた彼女が、簡単な式と書類に名前を書いて済ませたと聞いて、胸が痛かった。
 どうすることもできなかったし、悔しい。

 屋敷には2つ年下の婚約者が花嫁修業としてやってきた。ラギナ子爵の娘、ローラは見た目も中身もまだ幼い。
 もともと小柄ではあるし、いきなり子爵に連れてこられて戸惑っていたのも事実。

 それでも、懸命にパストラーナ伯爵家に慣れようとしていたから、婚約者として誠実であろうと心がけた。少女にあたっても仕方ない。
 やるせない想いは、リュイサの兄フェルナンドと時々記憶がなくなるほど酒を飲んで、好きなことを言い合って、吐き出して、その後は仕事に打ち込んだ。

 俺が愛しているのはリュイサだけで、でも彼女はいなくて目の前に別の女性がいる。
 リュイサへの気持ちは胸の奥へしまい、これからを共にするローラとの関係をちゃんと考えることにした。

 子爵家とのやりとりで牧羊業を始め、小規模ながらうまくいく気がした。
 新しく買った葡萄の苗木を早速植え、良質な葡萄が採れる木から挿し木も試して見ることにする。
 毎日が忙しく、枕に頭をつけるとすぐに朝になる。
 でもそれでよかった。


 ローラはとても大人しく、人見知りで社交界へのデビューを延ばしていたらしい。婚約者としてお披露目も兼ねて、王都へ向かった。
 馬車の中でずっと青い顔をしていて、引き返そうかと思ったくらいだ。

 ダンスも震えているのがわかったし、緊張してグラスを倒してしまい、その夜は笑顔を浮かべることさえできなかった。この件で、ますます人前へ出るのが嫌になったらしい。

『気にしなくていい、最初は誰にでもある』
『でも……ごめんなさい』

 あまりに打ちひしがれているから、社交は最低限でいいと伝えた。妹がいたらこんな感じなのだろうか。

『もともと俺もパーティは好きじゃない。領地でやることはたくさんあるから、最低限顔を出して帰ろう』
『はい、ありがとうございます』

 ローラが社交家で華やかな王都で暮らしたい、そういうタイプだったらますますお互いの距離が開いたと思う。そういう意味では領地でのんびり読書をするのが好きだという彼女で良かった。
 
 ラセ伯爵夫人となったリュイサとも、顔を合わせることがなくほっとした。
 もしも見かけることがあったら、目が離せなくて焦がれるような視線を送ってしまっただろうから。それは社交界に自ら噂話を提供するようなものだ。

 ラセ伯爵が羨ましくてたまらない。
 忙しそうに国中を回る彼が家に帰ると、リュイサが待っている。想像するだけで胸がじりじりと焼けるように痛かった。

 俺は余計なことを考えたくなくて、領地改革に励んだ。
 不安そうな領民達の暮らしが上向きになって、笑顔が増えるように。
 そうして過ごすうちにローラが18歳となり、ひっそりと式を挙げた。

 教会で彼女の額に初めてキスをする。
 その夜、成人してもまだ小柄な彼女を初めて抱きしめて、幼さにためらった。
 初めてダンスをした時からあまり変わっていないような気がする。

『結婚したのですから……本当の妻にしてください。私にできることはそれだけなので……』

 そうしてすぐに子供を授かったから、その夜の子供なのだろう。
 彼女はつわりもひどく、いつも青白い顔で横になっていることが多くなった。
 だが、食べられそうなものを持っていくと笑顔になる。

『役に立てるのが嬉しいのです』

 子爵家の三女として生まれて、幼い頃から家の為に結婚して子を成すことが仕事だと言われてきたという。子爵は娘と引き換えに事業を大きくしてきたから、ローラもそう考えたようだ。

 愛することはできなくても、ちゃんと妻を大事にしよう。子供も守ろう。
 そう決意したのに彼女は子とともに天国へ旅立ってしまった。小柄だったし、妊娠も体の負担になったのだろう。

 悲しんでいる暇はなかった。
 子爵家とは牧羊業で関わるものの、葡萄畑に関する支援はぴたりと止まった。
 ローラの葬儀の後はがむしゃらに働いた。
 彼女の喪が明けるまで王都へ行かない、そう言い訳をして、仕事に打ち込む。

 元々の葡萄畑はあるものの、新しく拡げた土地――葡萄の挿し木も苗木もまだ実をつけていない。畑へ向かい、無事に成長するようやれることはなんでもやって、体を動かす。
 領民達も前を向いて乗り切ってくれた。
 さらに2年が経ち、リュイサの夫であるラセ伯爵の訃報が届いた。







『リュイサを呼び戻した。数日中に戻ってくるだろう……都合のいいことを言っていると思うんだが、リュイサと再婚する気はあるか?』
『それは、もちろんあります。……彼女はなんて?』

 フィス伯爵は俺をじっと見る。

『いや、まだ何も話していない。だが、いずれ再婚するなら誰とも知らない馬の骨より君がいいと思っているよ』
『ありがとうございます。ぜひ、よろしくお願いします』
『ああ、回り道させてしまって悪かった』
『いえ……あの時は皆、しかたなかったのです』

 あの時どうしたら俺達が結婚できたのか、何度も何通りも考えた。
 近隣の領地はみな被害を受けていたし、資金を融通してもらうにしても、相手の見極めが難しい。実際に融資を受けて、資金繰りに苦労している領地もある。
 結局いい案は思い浮かばなかった。


 リュイサにとって俺は過去の思い出になっているのかもしれない。
 だが、このチャンスを逃したくない。
 リュイサを遠くへなんて行かせたくないのだ。
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