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4 別々の道

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 ベロニカの社交界デビューは成功して、その後はルイスが彼女の同伴者となって何度となくパーティに出席した。
 私は最低限のパーティとお茶会に顔を出す程度だったからか、ラウデリーノと顔を合わせることがない。

 彼もあまりパーティは好きではなかったし、新婚でひと通り挨拶に回った後はすぐに領地へ帰ったらしい。
 妻となったローラは大人しく田舎育ちだから洗練された場所は苦手なようだと噂されていた。
 ラウデリーノは優しいから、わざわざ妻を悪意に晒すようなことはしないだろう。
 胸がぎゅっと痛む。

「パストラーナ伯爵家は早々に領地に戻ったわね。……どうやら、子どもができたそうよ」
「あら、まぁ……。結婚して2ヶ月? 3ヶ月経ったかしら……?」

 くすくす笑う声が耳障りだ。なのに、聞き耳を立ててしまう。

「花嫁見習いでずっと一緒に住んでいたと言うし、もしかしたらすごく早く生まれてくるかもしれないわね?」
「まぁ、うふふ……それなら早く領地に戻る必要があるわね。きっと、生まれたても大きいのよ」

 婦人達のおしゃべりがどこか遠くから聞こえてくる様に感じて、現実じゃないみたい。
 もう過去のことだというのに……私の心はまだ苦しくなった。

 こっそり息を吐いて、気持ちを整える。
 今の私は幸せなのだと。
 夫は忙しいけれど優しいし、ベロニカとの関係も良好。屋敷の使用人も協力的で居心地がいいように整えてくれる。

 何も問題はない。
 何も問題はないの――。

 その夜のパーティの後、ハビエル様が仕事で領地に戻ることになって、私は逃げるように彼について行った。






 領地で過ごす時間はとても穏やかだった。
 ベロニカのことはルイス様がしっかり面倒を見てくださって、時々ハビエル様も仕事で王都へ向かう。

 私1人、時間が止まってしまったみたい。
 とはいえ感傷に浸れたのも、社交シーズンの終わりまで。
 ハビエル様は仕事で忙しそうに王都と領地を往復するけれど、ベロニカとルイス様が戻って来れば賑やかになった。

 ハビエル様の仕事を手伝っているルイス様は、王都での仕事が落ち着いたようで、冬の間ずっと領地で過ごしていた。
 これまでも時々ベロニカの様子を気にして彼女に顔を見せていたようだけど、彼がそばにいることでベロニカは明るくなったし、周りに対して態度が柔らかくなったのだと思う。

 ハビエル様とも、ルイス様がいればぽつりぽつりと話す。
 最初の頃から考えればすごいことだ。
 静かだった晩餐が、会話が交わされるようになって家族らしくなってきたから。

 そんなふうにのんびり過ごすうちに年が明け、寒さが緩み、花が咲き始めた。
 屋敷中を使用人達が大掃除をする。
 今年も最初は私も王都へ向かう。

 大切なパーティだけ出席したら、1番最初に領地に戻ってくることになっていた。
 皆、口に出さないけれど私とラウデリーノが婚約していたことを知っているのだと思う。
 
 ベロニカには噂に振り回されないように私から本当のことを教えたほうが良かったのだけど、口にすることができなかった。
 社交界には親切そうな顔をして悪意を向けてくる人がいるのに。
 訊かれたら答えよう。だけど彼女は1度も訊いてこなかったから、多分ルイス様が説明したのだろうと思う。

 もう何年も経っていることだから、騒ぎ立てることでもない。誰にとっても過去のこと。私が気にしなければいいだけ。

「今、王都で流行っているお菓子がどんなものか早く知りたいわ」

 ベロニカが楽しそうに声を上げる。
 ルイス様がどこの店に行けば流行がわかるか話だし、ベロニカが目をキラキラさせた。
 彼女は17歳になったばかり。

 今年も縁談の話が届くだろう。
 去年もいくつかきたけれど、ベロニカの希望ですべて断っている。
 ハビエル様も焦ることはないと言っていたから……。

 彼女が思う相手と結婚できたらいいと思う。
 同時に羨ましさと寂しさもなぜか感じるのだけど、しかたないのだろう。
 結婚も3年目になれば、ハビエル様のことは親しみを感じているし、尊敬もしている。

 その間にラウデリーノと顔を合わせる機会は1度もなかった。
 さすがにそろそろ顔を合わせるのではないかと覚悟してきたのに、産月が近くて夫婦共に領地にいるのだと聞いている。

 早く生まれるのではないかと噂されていたけれど、ラウデリーノは結婚式の夜まで待ったのだろう。
 そうでなければもう生まれているはずだから。

 大事なパーティやお茶会に、ラウデリーノの気配を気にせず顔を出すことができた。
 父や兄夫婦と顔を合わせ、私が元気そうにしているのを見てほっとしたらしい。

「兄様、いつもお菓子を贈ってくださってありがとう。実はいつもベロニカと一緒に楽しみにしているの」

 手紙にもお礼は書いているけれど、直接言いたかった。

「そうか、よかったよ……。何か食べたいものはあるかい?」
「時期外れだけれどロスコ・デ・ヴィノがいいわ。まだそれほど暑くないから」

 ワインを生地に練り込んだリングクッキーは、クリスマス近くに食べるのだけど、無性に食べたくなった。
 今、甘い菓子が恋しい。

「わかった。すぐに作ってもらうように伝えておくよ。何か食べたいものがあったら、手紙で催促してほしい」
「ありがとう、兄様。私はもうすぐ領地に戻るから、そちらにお願いできる?」
「あぁ、もちろん。……道中気をつけて」

 ひと通り、必要なところに顔を出した後、私は一旦ハビエル様と領地へ向かった。
 相変わらず、夫は忙しく休むことがない。
 時々健康が気になる。

「すまないね。あともう少し頑張ったらのんびりするよ。どこか行ってみたいところはあるかい? 一度も旅行に行ってないものなぁ……まぁ、新しく立ち上げた事業が軌道に乗るまではしかたないね」

「そうですね……落ち着いたら、ぜひ。無理はなさらないで」
「無理はできる時にしておかないと、チャンスを逃してしまうんだ。もちろん、健康に気をつけるから」

 楽しそうに笑うから、本当に仕事が好きなのだと思う。

「はい、その日を楽しみにしております」

 ハビエル様が領地で2日ほど過ごした後、王都へ戻った。
 1人きりになって、使用人達と屋敷の家具を移動してみたり、壁紙を替えてもらったり、居心地がよくなるように改装した。

 そうこうしているうちに夏が過ぎ去り、涼しさを感じるようになって。
 兄から2度目のロスコ・デ・ヴィノが届いた。

 1度目は領地に戻ってすぐに届いて感激したからお礼の手紙は勢いのまま出してしまった。だからこうして、また送ってきてくれたのだろう。
 2度目の今も、うきうきした気分で手紙を開く。

「うそ……」

 一瞬で浮かれた気分が吹き飛んだ。
 そこにはラウデリーノの妻が赤子と共に亡くなったことが記されていたから。

 出産は命に関わることで、時折悲しい知らせが届く。でも、ラウデリーノの子供は元気に生まれてくるものだと勝手に思っていた。
 きっと今、つらい思いをしているのだろう。
 私はそばにいられないけれど――。

 手紙を書くことも考えたけど、何を書いていいかもわからない。
 私にはただ、遠くから祈ることしかできなかった。


 翌年の社交シーズンにも喪を服しているのか、ラウデリーノは出てくることはなかった。
 私も最初だけ王都に出てきたけれどすぐ領地に戻る。
 父や兄から話を聞いたり手紙をもらったりして、ラウデリーノが領民のために働いて静かに暮らしていると知った。
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