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私は妖精なんかじゃない ※
しおりを挟む* ヒーローが病んでます。ヤンデレというより孤独ゆえに病んでます。監禁、無理矢理描写あり。よく言えば聖母系ヒロインのため、苦手な方はご注意。メリバよりのお話です。
******
「見つけた、僕の妖精」
おばあちゃんに頼まれた薬草を摘んでいた私の目の前に、とてもきれいな顔をした青年が立った。
「誰ですか?」
「僕のこと知らないの? 向こうの屋敷に住んでいるんだ。ほら、おいで。教えてあげる」
そう言って私に手を差し出す。
私より身長が高く、歳はきっと20歳になっているかどうか。
私は18歳だけど、小柄で童顔だから12、3歳程度の子どもにみられているのかもしれない。
「あの、私、行けないわ。薬草を摘まないといけないんです」
「それを摘むの? 裏庭にたくさんあるからおいで」
おばあちゃんの膝の痛みが軽くなる薬草で、これがあるとよく眠れるみたい。
「でも、ここにあるものを摘むから大丈夫です」
「裏庭なら僕も手伝うし、あっという間に終わるよ。……それに、あまり人と話すことが少ないんだ。少しおしゃべりにつき合ってよ」
そう言われて私は、王様がどこかの村娘に手を出して産まれた王子様だと気づいた。
私にはおばあちゃんがいるけど、彼は母親が亡くなってから大きな屋敷で暮らしていて、結婚も許されていないって噂。
村から雑貨屋の主人が食糧などを運んでいて、王都からきた使用人たちはみんな愛想がないって漏らしていたらしい。
彼はおしゃべりの相手もいないのかも。
きれいな洋服を着た彼が、小さな子どもに見える相手に嘘つくはずがないと思ったし、寂しそうな表情を浮かべるから私は同情してしまった。
「じゃあ、少しだけなら」
「よかった!」
ニコッと笑う笑顔は子どもみたいに無邪気に見える。
彼の屋敷まではそれほど遠くなかった。
これまで近づかないよう大人たちに言われてきたから、友だちと遠くからのぞいたことはあっても、入るのは初めて。
「こっち、こっち」
彼の言う裏庭はとてもきれいに手入れされていて、でも望んだ薬草はなかった。
「勘違いしてごめんね。お詫びに一緒にお茶を飲もう? おいしいケーキがあるんだ」
「でも……早く帰らないとおばあちゃんが心配するわ。薬草も摘み終わっていないの」
「一杯だけ。ね? お礼に僕も手伝うから」
何度もお願いされて私は困ったけど、頷いた。
こんなに広い屋敷に一人は寂しいと思う。
彼も手伝ってくれるなら、一杯のお茶を飲むくらい大丈夫。
後でおばあちゃんに叱られるかもしれないけど、こんな機会は二度とないだろうから、許してくれるはず。
だって相手は王子様だもの。
「わかりました、一杯だけおつき合いします」
「もっと気軽に話してよ」
「うん」
彼はお金があって贅沢な暮らしをしているらしいし、美味しいものも食べられる。
だけど話し相手がいなくて、村の人たちも近づかないから、ものすごく孤独かも。
私はおばあちゃんと2人暮らしで、周りの人が助けてくれるし、お金はないけど彼よりも幸せかもしれない。
「私でよかったら時々おしゃべりする?」
少し憐れに思ってしまった。
内緒で友だちや幼馴染も呼んだら、おしゃべりできるかもしれない。
だめかな? そういうことしたら怒られるかな。
「時々じゃなくてたくさん話したいな。やっぱり君は妖精なんだね」
「いえ、違うわ」
「嘘つかなくていいのに」
お庭でお茶を一杯、ケーキをひとつ。
名前を聞いてはいけない気がして、彼の話すことに頷きながらお茶を楽しんだ。
本を読んで、ピアノを弾いて、散歩をするのが日課らしい。
「今日は本当に幸運だな」
彼は私を本気で妖精と勘違いしているようで、キラキラした目で見るから落ち着かなくなったけれど。
「ごちそうさま。おいしかったわ。そろそろ薬草を摘んで帰ろうと思います」
「わかった。だけどこのポットにはまだお茶が残っているよ。飲み切るまでつき合って。その後は一緒に摘むから」
私は少し迷ったけど、お茶をティーカップに半分ほど注がれたのをみて、頷いてしまった。
体が重くて頭がぼんやりする。
何度か瞬きして、見たことのない天井を見上げていたことに気づいた。
お茶を飲んでいたはずなのに、気づいたらお姫様が住むような部屋にいる。
私はまだ夢の中にいるのかと思って、頬をつねった。
「痛い……」
このところおばあちゃんに内緒で膝掛けを編んでいたから寝不足だった。
寒くなる前に編み上げたくて無理しすぎたのかもしれないけど、他人の寝室で寝ているなんて恥ずかしい。
まだ暗くはなっていないから、それほど時間は立っていないはず。早くおばあちゃんの元へ帰らないと、心配してると思う。
村の友だちにも今日の出来事を話したいし、この失敗を笑い飛ばしてほしい。
起き上がると頭がくらっとした。
体もだるく感じるし、帰ったら早めに休もうと思う。
彼は、どこだろう。
体を引きずるようにして扉に向かい、ドアノブに手をかけると鍵がかかっていて開かなかった。
「なんで?」
思わず出た声はかすれていてはっきりしない。
なんだか舌も上手く回らないみたいで口が大きく開かなくて、ムニムニと頬をつまんだ。
一瞬窓から出ようと思ったけれど、格子戸がしっかりはまっていて出られそうにない。しかも体も重い。
窓からは彼とお茶を飲んだ庭が見える。
ここが彼の屋敷なのは間違いない。
夢を見ているわけでもなく、一体何が起こっているかわからなかった。
ただの寝不足じゃないかも。
もしかして、あのお茶に変なものが入っていたとか?
とにかくここから出ないと。
誰かに気づいてほしくて扉を叩く。
最初は伺うように小さく、何度も。
扉の向こうはシンとしている。
――誰もやって来ない。
「誰か、いませんか。……開けて、ください」
かすれた声は空気ばかり漏れて、苦しくなった。
手が痛くなるくらい扉を叩くけど、外は変わらずシンとしている。
一緒にお茶を飲んだ彼のことは名前さえ知らないままで、呼びかけることもできない。
「誰か。開けて……家に帰りたいの」
どうして誰も来ないのだろう。
広くて大きい屋敷とはいえ、誰もいないなんておかしい。
誰かいるはずなのに。
扉を叩く手が赤くなり、喉も痛い。
ベッドの横に水差しがあったけど、何となく飲むのが怖かった。
「どうして」
部屋の中には小さなテーブルと椅子が二脚。全体的にたくさん花が飾られていて、隅のほうに簡易な浴槽と隠れ場があった。
この部屋だけで生活できるように作られているみたいで怖い。
嫌なことを考えてしまう。
どうやってこの部屋から出たらいいんだろう。
トボトボと歩いてソファに腰かけた。
外を見ながら悩んでいると、しばらくして鍵が開き笑顔の彼が入ってくる。
「起きたんだね。気分はどう?」
「大丈夫、です。あの、ごめんなさい。私、急いでいるんです。薬草も摘まないとだし、お婆ちゃんが心配するから早く帰らないと私」
彼がどんどん不機嫌な顔になるから、どんどん小さな声になってその先を続けて言えなくなった。
「君は妖精だろう? おばあちゃんなんていないはずだ。それとも人間のフリをして暮らしていた? それなら人間のフリしたままここにいればいい」
近づいてくる彼が怖い。
何を考えているか分からなくて、私は怯えた。
「そんな顔しないで。ここで僕と幸せになろう? ずっとずっと僕が死ぬまで一緒にいてよ。君は長生きでしょ?」
「そんな……」
彼の笑い方に狂気を感じていると、何かを思いつついたような顔をする。だけどそれは私にとって嫌なことになりそうだと思った。
「うん、いいこと思いついたよ。ねえ、結婚しようか? それなら、君は僕の妻になるだろう」
そう言って私を抱き上げてベッドに下ろす。
「君は小さいから本物の初夜はまだ無理だけど、一緒に夜を過ごそう。暗くて長い夜は、退屈なんだ」
知り合ったばかりの男の人と一緒のベッドなんて怖い。
友だちとだってこんなに近くで触れ合うことはなくて、逃れようと身をよじった。
「そんなに暴れないの。君のこと、鎖でつながなくちゃいけなくなるよ? 大丈夫だよ、女の子の妖精さんだから優しくする。大人の姿になるのはいつ? 楽しみだな」
彼が言っていることの意味はすぐわかった。成人する時におばあちゃんが教えてくれた大人の話で知識はある。
だから私が十八歳だってことは絶対に言わない。
「私まだ子どもだから、わからないわ」
「まだ生まれたての妖精なんだね。だから僕にも見えて捕まっちゃったんだね。温かい、妖精も温かいんだ。ね、すごく楽しいみたいだよ、ベッドですることって。少し先の楽しみになっちゃったな。あまり僕を待たせないでね? ねぇ、魔法ですぐに成長できないの?」
「できないよ……成長はゆっくりだから」
「長生きだから? 今の姿も可愛いからいいけどね。僕がおじいさんになっても今の姿だとかやめてよね。……ははっ、君って僕の恋人にも、娘にも、孫にもなれるんだね。すごいや」
おばあさんもそうして君を捕まえていたのかな、っていうから否定しようとして口を開いた。
「……んっ⁉︎」
言葉になる前に唇が重なって、にゅるりと舌が口内を犯した。
「可愛い、全部初めてなんだよね? 僕もだよ……君は僕の妖精だ。ずっと一緒だよ」
至近距離で見る彼の銀色の瞳は、なぜか揺らいでいた。
私を逃さないよう、必死なのかも。
キスに驚いて黙ったまま、言葉が出なくなる。
「おばあちゃんがいるのは本当なの。戻らなかったら心配するわ……私、帰りたい」
「帰るところなんてないよ。君はこの先ずっとここにいるんだから」
「あの、私、本当に人間だから」
「嘘つき」
スーッと表情が消えて、彼の顔つきが変わった。
ぞくりとする。
「今日から慣らしてあげる」
彼はベッドサイドから小瓶を取り出して、私のスカートをまくり下着をはぎ取った。
「……ッ! イヤッ‼︎」
逃げようとする私の両脚を開いて押さえ、とろっとした冷たいものを秘所にかける。
「やだっ! やめて!」
「これは楽に僕を受け入れるようになる薬。小さな妖精さんが傷つかないようにね?」
彼が私に覆いかぶさったと思った次の瞬間、あまりの激痛に声を失った。
「――最初はみんな痛いんだって。慣れるまで何度もしよう。少ししたら痛みが消えるらしい。もうこれで君は僕だけのものだ」
たしかに体の痛みはすぐに消えたけれど、心の痛みは消えない。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。ただの友だちになろうとしただけなのに。
私はただ泣くことしかできなかった。
「僕の妖精、まだ拗ねているの? 今日はあまーいチョコレートクッキーだよ」
あの日から私は部屋から出ることができない。
ほとんどの時間をベッドで過ごしている。
彼は私の世話を甲斐甲斐しくしてくれて、一日中離れることがなかった。
暴力的なあの行為も、恐ろしいことに慣れてきた。
勉強熱心な彼は仕入れた知識を実践で確かめ、心地いいと感じる時もあって悔しい。
使用人たちは部屋に入ってこないし、ずっと二人きりの世界みたい。
頭の中はおばあちゃんのことばかり考えて、気になっている。
だけど口に出すと長い時間ベッドで過ごすことになるとわかってからは言えなくなってしまった。
「昨日はあんまり可愛いからいじめ過ぎてごめんね? 村の話をしようと思うんだけど、聞かない?」
思わず彼の顔を正面から見つめた。
「やっぱり興味あるでしょ? おばあさんと暮らしていた一人の女の子が、僕の屋敷で住み込みで働くことになったんだ。おばあさんには金貨をたくさんあげたよ。僕の妖精を大事に育ててくれた人だから、この先ずーっとお金に困らず暮らせるからね。薬草を集めなくても十分買えるんだ」
おばあちゃんに会いたい。
お金があったら暮らしは楽だって、今の生活で私もわかった。でも、大切な人と暮らせないのはとても悲しい。
悲しくなってポロポロと涙がこぼれた。
「嬉しくないの? これからはおばあさんの心配をしなくていいのに。お手伝いさんだって雇えるんだよ」
「年老いたおばあちゃんが心配なの。大好きな家族だから……」
「へえ……家族」
声のトーンが低くなって、ひやっとする。
彼は私を妻だというから、彼だけが家族でいてほしいと思っているのかも。余計なことを言ってしまった。
でも、私の家族はおばあちゃんだけだから――。
「……面白くないけど、君の情に厚いところは妖精らしくなくて好きだな。ねぇ、僕を好きになって。どうしたら好きになってくれる? そしたら僕が死ぬまでそばにいてくれるってことだろう?」
私の手を握る彼の手が震えている。
逃げないでと言われているみたいで、彼の不安が伝わってきた。
へんなの。閉じ込めているのは彼なのに、時々少し弱い。
人間の私は空を飛んで逃げることもできないのに、まだ妖精だと思って魔法を使われるのを怖がっている。
使える魔法なんてひとつもない。
彼のもろい部分に触れると、私がいなくなったらこの人は生きていけないのかな、なんて思ってしまった。
「いいことを考えた。いや、どうかな、悪くないかもしれない……」
そう言って彼は私に触れる。
静かな屋敷に私たちの吐息と立てる物音が響く。
暗闇に吸い込まれてしまうみたいに、私たちも溶け合った。
彼の名案が何かはわからない。
ただ悪いことではないといいと思いながら、私はゆっくり目を閉じた。
「マリナ……よかった‼︎」
久しぶりに名前を呼ばれた。
目が覚めるとおばあちゃんがいる。
夢かと思って腕を伸ばしてすがりついた。
どうか消えてしまわないで――!
「おばあちゃんっ、私……」
「何も言わなくていい、大丈夫、大丈夫だよ。ピエール殿下が私のことも雇ってくださったからね。これから一緒にいられるよ」
少し痩せたみたいで、歳をとったみたいに感じて切なくなった。
だけど力強く抱きしめてくれて、温かい。
「本当に……?」
信じられない。
でも、その日から昼間はおばあちゃんが話し相手になってくれて、夜は彼……ピエール様と過ごすことになった。
「ありがとう……おばあちゃんと暮らせて嬉しい」
彼はつまらなそうに笑った。
「僕の妖精が逃げ出さないように、来てもらったんだ。あのお婆さんも君も、僕も、二度と敷地の外に出ることはないけどね」
おばあちゃんから聞いていた。
王子様のことが外にバレないように屋敷の庭までしか出てはいけないって。
ただその庭も広くて、散歩は楽しいと言っていた。
村の人と会えなくても私が近くにいて姿を見ることができる方が幸せだって。
私もおばあちゃんと一緒で嬉しいけど、少し胸が痛い。
「こんなことになってごめんね、おばあちゃん」
「驚いたけど、マリナが幸せなら私も幸せだよ」
私が幸せに見える?
「ピエール様はマリナをとても好きみたいだね。見ていて不器用だと思うけど、大事にしているのもわかるの」
最初は孤独で可哀想な人だと思った。
無理矢理体を奪われたことは正直今でもつらい記憶。けれど、その後は徐々に優しくなっていったように思う。
好きな食べ物を用意してくれたり、花を摘んできたり。
おばあちゃんも呼んでくれて、私はこの生活になじんでいった。
おおやけに結婚することはできないけれど、今では私は彼の妻として扱われている。
使用人たちは相変わらずほとんど姿を見せないけれど……。
おばあちゃんは私が生娘じゃなくなったことに気づいているけど、経緯は聞いてこない。
ただ身分の高い相手を拒めるわけもないと知っていた。
「嫌いじゃないよ。だけど無理やり屋敷に連れてこられて、好きになるっておかしいよね」
「私の結婚も似たようなもんだったよ。父親に隣村からこの村に連れてこられて、結婚するように言われたんだもの。その日に父は帰ってしまって、悲しかったわ。……おじいちゃんと時間をかけて夫婦になったのよ」
おじいちゃんは寡黙で働き者だった。
あまり家にいなくて、背中を見ていた記憶がある。
両親は私が赤ちゃんの時に事故で亡くなったらしく覚えてない。
数年前に亡くなったおじいちゃんとおばあちゃんは会話が少なかったけど通じ合って見えたし、仲が良かったと思う。
「彼と……もっと話をしてみようかな」
この先ずっとここで暮らすなら、話し合ったほうがいいのかも。
おばあちゃんがにっこり笑って、励ますようにしっかり手を握ってくれた。
「僕の妖精、足を絡めて」
彼を深く受け入れてキスを交わす。
少しも隙間なく体を絡めてこの世に二人きりみたい。
ゆったりした行為は大事にされているようで、甘い気分になる。
腰を打ちつけ、私の中で熱い飛沫がはじけた後、お互いの呼吸が落ち着くまで抱き合った。
私の髪を撫でる手も優しく愛しげで、幼な子が人形を離さないように胸の中へ抱き込もうとする。
「ピエール様」
「……知っていたのか? 僕の名前を」
頷く私をまっすぐ見つめる彼は、何度か瞬きをしてから薄く笑った。
「私は妖精なんかじゃない、マリナです。これからはマリナと呼ん」
「マリナ」
言い終わる前にピエール様が名前を呼んだ。
「僕の妖精はようやく人の手に堕ちてくれることにしたの?」
彼は私が人間だとわかっているのか、わかっていないのか、じっと瞳の奥をのぞく。
「そうかもしれません」
まだわからない。
私たちの関係は不確かなものだけど、彼が生きている間は一緒にここで穏やかに愛を深めて暮らすことになるのかもしれない。
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