上 下
52 / 56

すべてを失った私を助けたのは奴隷商人だった ④※

しおりを挟む


「ブレインッ、もう……」

 揺さぶられながら何度も名前を呼ぶ。
 彼が動くたびに頭の中が真っ白になって、あっけなく絶頂を迎えた。
 そんなライリーの打ち震える体を抱きしめて揺さぶり続ける。
 
 まだこの先があるとでもいうように。

「……あっ、ブレイン! はっ、あっ、……やっ」

 二人の荒い息づかいが部屋に響く。
 ブレインは太腿をしっかり抱えて穿ち始めた。

「ああぁっ……!」
「俺のライリー」

 絶頂の余韻を引き延ばされて、意識が遠のく。その中でブレインが果て、二人はそのまま眠りに落ちた。









「まだ起きなくていい」

 目が覚めたライリーはブレインに抱きこまれていて、体の奥の異物感に気づいた。

「あの……」

 すでに硬さを取り戻したモノが、存在感を示すようにピクリと動く。

「いいか」
「え……? あっ、でもっ。んっ……」

 もう朝で、これから仕事のはずなのに。
 ブレインの腰に脚を回すように誘導されてゆるく腰を押しつけられた。
 彼のモノに馴染んできたけど、鈍い痛みは消え去ってくれない。

「キス、してください……」

 キスの間は、少し痛みを忘れられるから。

「初めてだな」

 嬉しそうにブレインが低く笑った。
 言われてみればベッドで何かねだるのは初めてだったかもしれない。
 最初から舌を絡める口づけに簡単に欲が高まる。

「ブレイン」  

 向かい合ったまま、ゆっくりと腰を揺らされて水音が鳴った。
 お互いの愛情を確かめ合うような触れ合いに心が熱くなる。
 気づかぬうちにライリーが彼の名前を呼ぶ声は甘く優しい響きを帯びていた。

「ライリー」

 身体をつなげるということは、心も見せ合うことなのだろうか。

 これは、他の人とはできない。
 ブレインが他の人とするのも……嫌だ。
 彼が好きだと体にまで刻みこまれたように思う。
 こんなの、困る。

「ライリー、おいで」

 ブレインの上に乗せられて戸惑った。

「軽いな……」
「そ、んなことない、です」

 一緒に暮らすようになって身長は変わらないのに体重は増えた。
 服のサイズが何度か変わったから計ってなくてもわかる。

「キスしろよ」

 彼の形の良い唇に吸いついた。
 いつもするように、啄んでから舌を使う。
 薄く開いた口内へと舌を忍び込ませた時、下からぐんと、突き上げられた。

「あっ……! あっ、んっ……」

 衝撃に震える。

「痛むか?」
「……少し」
「起き上がれ」
「……はい」

 朝の明るい光の入る中で、裸身をさらし、恥ずかしさに目を閉じた。
 だから次の瞬間二人のつながる先の、突起を指でいじられて腰が揺れた。

「あっ……」
「ライリー、目を開けろ」

 下からじっと見つめられて一気に顔が熱くなる。
 どこを見ていいかわからない。

「ブレイン……恥ずかしい、です」
「そうみたいだな」
「……っ!」

 余裕そうに笑うブレインに涙がこぼれた。
 彼が半身を起こして抱きしめ、ライリーの顔中に口づけを落とす。

「恥ずかしがり屋だな。今日はこれでいいか?」
「……はい」

 ブレインの腰にそっと腕を回して体を委ねた。

「ライリー」
 
 小さく息を漏らして笑ったブレインはきつく抱きしめて髪に手を差し入れた。  
 それからもう片手で背骨をさする。
 ライリーがぴくりと震えるのをみて、口づけを深めた。

「っ、はぁ……ブレイン……」
 
 ブレインが腰を押しつけると、つながる場所から濡れた音が響いた。
 身体から余計な力が抜けて彼を受け入れるのに慣れてきたらしい。

 ゆったりとしたリズムで揺さぶられながら甘い息を吐く。
 大きな波に襲われた訳ではないけれど、痺れるような心地よさに襲われて身体を震わせた。

 そのすぐ後にブレインが欲望を吐き出した。
 彼に力の抜けた体を預けて、息が整うのを待ってからささやいた。

「ブレイン、好きです」

 髪を撫でていた手が顔にかかった髪をそっと避けたから、ゆっくり顔を上げた。

「……時間、かかったな」

 いつものように笑っていたけれど、目の奥が優しくて。
 今だけは好きになってよかったと思った。
 
 
 






 
 それからの日々は男装しての外回りの仕事がなくなった。
 書類仕事も毎日あるわけじゃない。
 毎晩のように抱かれ、疲れ果てて午前中は部屋で休んでいろと言われることが多くなった。

「従者としていいのでしょうか?」
「お前は元々、俺の専属だろ?」
「はい」
「それでいい」

 お互いに好きだと、気持ちは通じ合った。
 大事にされてるのは態度でわかるし、今は幸せだと思うものの奴隷商人とその従者兼恋人という立ち位置は安定しているとは思えない。

 一緒にいたら永続的な関係を求めたくなるのは、仲の良い両親を見てきたからかも。
 今の関係は先が見えない。
 
 あともう少しで、契約が切れる。
 そしたら……ブレインから離れよう。
 そう考えると胸を掴まれたように苦しくなるけど、先延ばしにすればするほど辛くなると思う。

 換金できるのは両親からもらったネックレスくらいしかないけれど、今度は職業紹介所の場所はわかるから、住み込みの仕事を紹介してもらおう。
 
 だけど、もし子どもができていたら?
 今はまったくそんな兆候はないけれど、その時はどうにかして子どもと二人で生きていかないと。
 






 残りの一ヶ月を切ったところで、昼間はブレインが部屋に帰ってこないことが増えた。
 聞けば、仕事が忙しいという。
 
 港に奴隷をたくさん乗せた船が入ってくると、臨時の奴隷市場が開催されて、収容所の調整に鉱山や農場へ輸送の手配など一気に忙しくなる。

 最近は部屋にいろと言われることが増えて外の状況がよくわからなかった。

 暇つぶしにとお土産に本を用意してくれるけれど、あっという間に読み終わってしまう。
 さすがに一冊の本を三周したところで、ライリーはうとうとした。



 
 しばらくして、ゆらゆらと揺れる感覚と額にしっとりした感触を感じて、ゆっくりとまぶたを開ける。
 ソファに座っていたはずなのに、ゆっくりとベッドに下された。

「……ブレイン、様?」
「最近眠いのか?」
「いえ……あの、昼食後に本を読んでいると、お腹いっぱいで眠くなってしまうみたいです。ごめんなさい」
「……身体、熱いな」
「多分、寝てたからだと思います」

 黙ったままライリーをみつめてくるから、首を傾げた。

「月のものは?」

 これまで聞かれなかったことを問われて戸惑う。

「いつも決まった日数で来るので多分次は一週間ほどしたら、かと……」
「わかった。無理するなよ」

 無理するなよ?
 無理どころかずっと部屋にいて、暇を持て余しているというのに。

「二週間後に、お前との契約について話そう。それまでゆっくりしておけ」

 ブレインが出て行ってから、ようやく彼の言っている意味がわかった。
 
 もしかして私が妊娠してると思ってる?
 そんなこと、わからない。
 








 気を揉みながらの一週間が過ぎた後、月のものがやって来た。
 妊娠は困ると思いながらも、がっかりしている自分に驚く。
 ブレインには、寝台に横になった時に
伝えた。

「そうか」

 低く呟いた後ライリーをしっかりと抱きしめ、お腹のあたりに手を当てながら眠った。
 まるで、慰められているように感じて。
 子どもができなくてがっかりした夫婦みたいだと、なぜかそんなふうに思った。








 
 契約の切れる一週間前になって、ブレインが示した選択肢に絶句した。

「契約後は解放されるんじゃないんですか?」
「俺は選択肢をやると言った。一言も解放するとは言ってないし、契約書にも能力に応じて選択肢を与えると書いてあるだろう?」
「でも、これでは……」

 ブレインの秘書、または侍女として残留。
 農村への派遣。

「選択肢を三つ用意した。好きなのを選べ。給料ははずむ」

 ちゃんと確認しなかった私が悪いけれど、追い詰められた当時十八歳の小娘にこの契約はひどいのではないかと思う。
 恋人と言ってもやはり奴隷商人なんだ。

「農村への派遣、というのは?」

 意識して呼吸してから一番解放に近いものを尋ねた。

「軽い農作業になると思うが、衣食住全て用意されているからそのまま行っても困らないはずだ。悪くないだろう?」

 いきなり拒絶されたようにも感じて、ライリーは黙った。

「小さな田舎だ。内陸だが、暖かい地域だし厳しい生活にはならない。ちなみに、俺の秘書は、これまでジェームズがやっていたことを頼むことになる。侍女は男装しなくなっただけで今と変わらない、だろうな」

 どうするかと訪ねられて答えは一つしかなかった。

「農村は……期限はあるのですか?」
「お前が気に入れば無期限でいればいい」
「気に入らなかったら、どうしたらいいのでしょう?」
「俺のもとへ帰ってくればいいだろ?」

 誰か監視がいるのだろうか。
 ライリーは大きく息を吐いてから、ブレインをじっとみつめた。

「農村への派遣でお願いします」
「わかった。手配しておこう」

 あと一週間でこの生活が終わる。
 長かったし初めはどうなることかと思ったし、最後の最後で少し納得いかない気持ちもあるけれど、会えなくなったら、きっと彼に焦がれてしまうのだろう。

 離れることを選んでおいて、矛盾した考えだけど離れる選択肢を入れたのは彼だ。
 正直傷ついている。
 奴隷商人の恋人でい続けるのは難しいし、いつか別れが訪れるはず。
 それなら先にこの縁を切ってしまうのが正しいのだろう。

 じっと見つめていたら、ブレインが淡々と言った。

「お前に用意したものは全部持っていけよ。ここに残しても処分の手間だからな。餞別に鞄くらい用意するから」
「ありがとうございます」

 農村なら作業着が必要になるから、物々交換してもらおうかな、なんて考えていると、静かに近づいて来たブレインに抱きしめられた。

「お前は俺と離れて寂しくないのか?」

 寂しいに決まってる。
 でも、こんな関係やっぱり続けられない。
 結婚して子どもを産み育て穏やかな家庭を築くのが夢だった。
 今の生活にそれは望めない。
 目の前の人を愛していても。
 
「今は一緒にいるので思いません」
「そうか」

 柔らかなキスが落とされる。
 この人もずいぶん、優しくなったと思う。
 
「ライリー」

 名前を呼ぶ声が甘く感じてせつなくなる。
 心に焼きつけるようにじっと見つめているとするりと舌が忍び込んだ。
 ただ何も考えず、ライリーも舌を絡める。

 寝台でするような、執拗で欲望を煽る口づけに足が震えた。
 ブレインに身を預けながら、抱きしめられていなかったら膝から床に落ちたと思う。

「んっ……ふ、ぁ、……」

 このまま抱かれてしまいたい、そう思った時に唐突にブレインに離された。
 喪失感に身体が震えたが、なんとか踏ん張って耐える。

「荷物、まとめておけよ」

 それから契約が切れるまで彼は一度もライリーを抱くことがなかった。


 






 契約満了日の翌朝、ブレインは先に起きて一言だけ声をかけて出ていった。

「じゃあな」
「今まで、お世話になりました」

 寝台の上で寝ぼけながら返答したと思うけど、記憶が定かではない。
 しっかり目覚めてからもっとちゃんとお別れがしたかったと思う。

 その後はジェームズの指示で馬車に乗せられ、停まったら世話役の指示に従うよう告げられた。

「今までありがとうございました」
「いえ。世話役のところまで一緒について行きますので」

 最後まで無表情のままだったが、五年間関わった数少ない人で、彼とも最後と思うと感慨深い。
 
 馬車の中は荷物でいっぱいで、外から見えないから寄りかかってうとうとして過ごした。
 御者はジェームズと、もう一人いて途中で馬の交代をした時にほんの少し休憩したけれど、長くとどまることはなく走り出す。

 内陸に進むにつれて緑が深くなっていった。
 生まれ育った街も港が近く大きく栄えていたから、見るものすべてが目新しい。

 お腹が空いたら食べるようにとジェームズから食事の袋を持たされていたけれど、馬車は揺れるしあまり食欲はなかった。
 太陽が傾いてきてもまだ止まる気配がないことから、ようやく袋を手にした。

 膝の上で開くと、三角に包まれた包みが二つと、林檎があった。
 一つ目は燻製肉と玉ねぎと卵とチーズが入ったパイで、こってりしているのにぺろりと食べることができた。

 もう一切れに手を伸ばして涙がこみ上げる。
 包み紙に赤い汁が染み出していて、チェリーパイだと気づいたから。
 こんなところでもブレインを思い出すとは思わなかった。
 きっとあの店のものを再現させたのだと思う。
 
 あの日はブレインの膝の上で二人で分け合って……今思えば恋人みたいに食べたのに、今はたった一人で。

 包みを開けて大きくかぶりついた。
 甘くて、おいしい。
 でも悲しくて、寂しい。

 彼と離れると決めたのは自分。
 農村へ行くことを決めてから、ブレインは一度も引き留めなかったから、その程度の好きだったんだと思う。
 そもそも引き止められても、残るという選択はできたかわからない。
 
 涙がこぼれる。
 それでも一口ずつ咀嚼して食べ終える。
 あの時ほど美味しく食べられなかったのが悲しい。
 
 心は空っぽだけど、お腹は満たされていつのまにかライリーは寝入ってしまった。








 目が覚めた時、暗闇の中をゆっくり走っていた。
 でこぼことした道が続き、さすがにお尻が痛くなってもぞもぞと動く。
 ぽつり、ぽつりと明かりの灯る様子から民家があるようだけれど、どこも離れているらしい。
 
 ようやく止まって御者の足音が聞こえ、扉が開けられた。
 ライリーが降りる前に男が手を伸ばして抱き下ろした。

「起きたか。……疲れているだろう」

 馴染みのある香りと声に、瞬きをした。

「……え?」
「寝ぼけているのか? このまま運ぶぞ」
「ブレイン、様?」

 暗闇の中で都合のいい夢を見ている?
 
「なぜ……?」
「とりあえず中に入ろう。風邪をひく」

 大股に歩いて灯りのついた家の中へと入る。
 老夫婦がお辞儀をした。
 
「お帰りなさいませ」
「ああ、遅くまで悪かったな。下がっていいぞ……明日紹介するから」
「かしこまりました」

 彼らのやり取りをぼんやり聞きながら、何が起こっているのかわからない。
 灯りのもとでも、ブレインはブレインのままで。
 
「まず、身支度を整えるか? それからゆっくり話そう」



 聞きたいことはたくさんあるはずなのに、言葉が出ない。
 あらためてソファに並んで腰を下ろした。

「まず、俺の話を聞いてくれるか?」
「はい」
「俺はお前を妻にしたかった」

 いきなり思いもよらないことを過去形で言われて、またしてもライリーは思考停止する。

「俺はお前を一目見た時から手放す気はなかったから、五年の間にお前の気持ちが俺に向くのを待っていた」

 ここまではいいか? と聞かれてライリーは無言で頷く。

「それから仕事はすべてジェームズに引継ぎしたが、俺はお前を養えるくらいの財産はある。この場所を知る奴もいない。だからここで俺と新しい生活を始めてくれないか?」

 これは夢?

「お前と添い遂げたい」

 握られたブレインの手が熱い。

「俺の過去は変えられないし、善人でもない。だが、この先一生お前を守る」

 ライリーだって、家の荷物を売り払って船に乗った。
 従者の契約とはいえブレインと一緒にいたのだから同罪だと思う。
 何も知らなかった頃のように純粋でもない。

「本当にここで、ひっそり生活ができるのでしょうか?」

 彼には敵が多かった。

「できる。ジェームズが双子だと気づいていたか? 昨日一緒にいたのは弟のほうで、彼らのことは周りに知らせていないしこれからも知られたくないだろう。もう一人はジェームズの腹心で口が堅いし、手当もはずんでいる。とはいえ念のため二人と別れた後、馬を替え回り道をしながらここまできたが、つけられてはいない。それでも心配ならほかの土地へ行けばいい」

「あの、本当に……私を望んでくれますか?」
「お前しかいらない。ライリー、お前がいいんだ」
 
 ライリーを膝に乗せて、じっと見つめた。

「ここは俺が生まれた家だ。小さな村だから怪しい者は目立つ。……俺に守らせてくれ。結婚しよう」
「はい」
「ライリー、愛してる」
「私も……あなたを愛しています」


 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:311

【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:681pt お気に入り:722

幽霊が見える私、婚約者の祖父母(鬼籍)に土下座される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:568pt お気に入り:84

完結)余りもの同士、仲よくしましょう

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:1,860

異世界で賢者になったのだが……

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:72

【完結】お人好し()騎士と偽カタブツ侍女

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:355

処理中です...