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巻き戻ったので夫と別れて、怪しげな商会で働くことになりましたが幸せです①☆

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* 熟年離婚しようとしていたヒロインが、夫とともに事故に遭い、目覚めたら結婚3年目に戻っていたというお話。
* センシティブな話題を含みます(元サヤなし、別名義エロプラスしての改稿版)全2話。






******


 もし生まれ変わったら、この男とは二度と結婚しない。

「ドロシア、仕事も落ち着いたしのんびり夫婦で過ごそう」

 夫が爵位を譲り、私と向き合ってゆっくり過ごすためだと誘われた旅行。

 もう十分尽くしたわ。
 どうして今さら一緒に過ごさなければならないの?

 私が妊娠中の浮気。
 出産時に大量出血で一時は命が危なかったというのに、夫のガスは友人達とギャンブルに興じていた。
 子どもは産声を上げぬままこの世を去り、心身共にボロボロだった。

『なんだ、元気そうじゃないか。女は強いな。今回は残念だったが、次は跡取りを頼む。……じゃあ、仕事に戻るよ』

 またギャンブルを?
 それとも愛人のところ?
 彼は私が使用人を味方につけていることに気づいていない。
 仕事だと言えばなんでも私が信じると思っている、本当におめでたい人。

 その後子どもを授かることはなくて、夫は他所の女に産ませた上、親戚の子だと偽って私たちの養子にした。
 私は黙ってそれを受け入れるしかなく。
 政略結婚だから愛することができなくても、お互いを尊重して気遣いし合えたらいいと思っていたのに今はそんな気には全くなれない。

 私は夫と縁を切りたかった。
 準備を固め、離婚を切り出す予定だった。
 だけど養子に迎えたベンから旅行に行って、仲を深めるように言われる。

 ベンは新婚で幸せの最中。
 じっくり話し合えばうまくいくとでも思っているみたい。
 鈍感ではあるけど、まっすぐ素直に育ったとは思う。
 長い時間をかけて今の夫婦関係なのだから、簡単に仲良くなれるものじゃない。

「これまで家のことは任せっきりにしてしまったから、一緒にいろんな国を回ろう」

 王宮に武官として勤め、友達つき合いを優先させてきた夫。
 照れくさそうに笑うけれど、気持ちは少しも動かない。
 新婚の頃なら私も感激しただろう。嫌味な先代夫妻とともにしきたりの違う伯爵家に暮らすことは小娘にとって大変だったから。
 
 あの頃私を気にかけてくれたなら、今こんな気持ちになっていないはず。
 私は裕福な姉の元へ行くつもりでいた。彼女は5年前に夫を亡くし、話し相手になってほしいと言ってくれたから。
 中々会えなくて手紙のやりとりだけはずっと続いている。

「……国を出る前にお義姉さんの元へ寄るかい? こんな時じゃないと会えないからね」

 夫が気を利かせて言う。

「ええ、ぜひ会いたいわ。もう5年も会えていないもの」

 そしてそこで、離婚を告げるの。
 姉も味方してくれると言うし、夫はそのまま一人で旅をすればいいんだわ。







「離縁してください。私はもうあなたとは暮らしていけません。まわりの方には旅先で体調を崩して静養しているとでも言えばいいわ。社交界に戻るつもりもないし、姉とここでのんびり暮らしたい」

 私がそう言ったら、ポカンとした顔をした後すぐに顔を真っ赤にした。

「何を言っているんだ! 俺はこれからお前と2人でのんびり過ごそうと色々計画したんだぞ! 一体何が不満なんだ! 伯爵夫人として好きに暮らしていたじゃないか!」

「ベンを産んだ愛人が亡くなったのでしょう? 他にあの子と同じくらいの若い愛人がいらしたけど……みんないなくなってしまったのよね。だから、仕方なく私と過ごすことにしたみたいだけど、今さら夫婦の真似事なんてできないわ」

 全部知っていたとわかって、夫が目を泳がせた。

「俺は……何を聞いたのか知らないが、俺の妻はお前だけだ。だから、これからは」
「そうね、あなたの妻は私だった。それに政略結婚ですもの、愛人の1人や2人……しかたのないことでしょう。でも」

 私は思い出して微笑みを浮かべた。

「公式なパーティーに愛人を連れて行くとか、陰で私のことを笑い者にして社交界に噂を流すのは違うと思うのよ?」
「……パ、パーティーはっ、お前の具合が悪かったから……それでっ!」

「それで王族主催のパーティーに私に言わずに愛人を連れて行ったのね? あの子、伯爵夫人になるんだって……私の悪口と一緒に色んな場所で言っていたそうよ。すぐに領地に引っ込んだ私は知らないと思った? 親切に教えてくださる方ってどこにでもいるのよ」

「まさか……、いや! すぐに別れたよ、彼女とは! 馬鹿なことを言うやつだったな! だが、昔のことだ。気にすることはない」
「……下町の娼婦を王宮に連れて行くなんて」

 吐き捨てるように言うと、夫が青ざめた。
 社交界で馬鹿にされたのは、私の立ち回りも上手くなかったのだろうけど、忘れた頃に夫が話題を提供してきたこともある。

「下町の娼婦を着飾って、キラキラした目で見つめられるのはさぞ楽しかったのでしょうね。伯爵夫人になれるって夢を見てしまっても仕方ないわ。わざわざ忠告してくる紳士たちもいて、慰めてくれたわ」
「まさか! お前……」

 なぜ動揺するのかわからない。

「政略結婚ですもの、あなたと同じですわ」

 私はどの誘いにも乗らなかったし、ただ言葉での慰めを受け取っただけ。
 他の男と楽しんだって、勝手に勘違いしたらいい。

「……すまなかった。だが、もう、昔の話じゃないか。新しくやり直すのにも旅はいいだろう」
「いえ無理です。いっそのこと、私は旅先で死んだことになさって」
 
「不吉なことをいうな! なぁ、考え直してくれないか? 宿もすべて準備してあるんだ」
「無理です」

 懇願されたって少しも心は動かない。
 私たちの様子を見ていた姉が夫に声をかけた。

「ガスさん、妹はとても頑固ですから、少し冷却期間をおいたらどうかしら? あなたが旅を終えて、もう一度話し合いをしてみては? 私も妹とよく話すから」

「……わかりました。……ぜひ妻を説得してください! 王室御用達の高級な宿を頼んであるんだ。だから……気が変わるかもしれないし……泊まりたくなかったら帰っていいから、宿まで送ってくれないか?」

 そう言われて渋々頷く。
 もちろん泊まるつもりもないし、宿まで送ったら帰るつもりでいる。
 
 さすがにそんな場所で無理やり引き留めるような馬鹿な真似はしないだろうし、男性として夜の生活は営むことはできない体になったらしいから、無理強いするようなことはないはず。

「あなたは旅を楽しんで。私は姉とのんびり過ごしているわ」
「ああ……しかし、せっかくだから宿を見てほしい。気が向いたら好きなだけ泊まったらいい」

 私は笑顔を浮かべるだけ。
 姉がさっき、私にだけこっそり言ったのだ。
 夫が旅に出ている間に引っ越そうって。
 もともと私が来ると言う前は過ごしやすい南の地方に行こうと思っていたらしい。

「宿まで送りますわ」
  
 私たちは2度と会うことはないだろう。
 嬉しくて本心から笑みが浮かぶ。
 一緒に馬車に乗るのも最後だ。
 
 けれど、私たちの馬車は前日の雨による崖崩れに巻き込まれてしまった。







 目が覚めると、結婚して3年に戻っていた。
 信じられないけれど、時間が巻き戻ったらしい。

「よりによって、どうして……どうせなら、結婚前が良かったのに」

 夫が多忙で夜の営みは数えるほど、そんな中で授かることもなく、義父母からはちくりちくりと嫌味を言われる日々。
 実際に巻き戻る前は結婚して丸5年で妊娠したのだもの……悲しい結末を迎えたけれど。

 これから先ずっと周りからチクチク子どものことを言われるのはいやだ。耐えられない。
 
「申し訳ありません、跡継ぎを生めない私と離縁してください」
「しかし……」

 夫は真っ青になって渋った。
 実は彼も記憶があるんじゃないかと思うそぶりがあって、ずいぶん優しい。
 
 愛人の元へ行かず、夜もおとなしく屋敷にいた。
 ベッドへ誘われたけど、体調が悪いと言って断ってからは誘ってこない。
 こちらをうかがうようにチラチラみてくるのもイライラする。

 すべてが今さら。
 夫に記憶があろうがなかろうが、どうでもいい。
 再構築なんて、軽々とできることじゃない。
 
「ドロシア、あなたの決断を尊重するわ。……どこか修道院を紹介しましょう」
「跡継ぎは大問題だ。子爵家の次女にちょうど成人した娘がいるよ。嫁は若ければ若い方がいいからな」

 義父母の後押しがあって私たちはあっさり離婚することになった。
 だいたい逆らえない夫も気持ち悪い。
 すんなり離婚できてよかったのだけど。
 
「……ドロシア……」
「旦那様、今までありがとうごさいました」

 もちろん、修道院は丁重にお断りした。子供が産めない女として今後も結婚は望めないだろうけど、割り切って前に進むしかない。
 
 住み込みで家庭教師になればいい。別に貴族相手じゃなくて、裕福な商家なんかがいい。金払いのいいところよ。
 結婚はこりごり。

 夫は最後の夜に私の寝室にやってきてこう言った。

「また会えるよね?」

 一体何のために? 
 
「だって私たちは嫌いあって別れるわけじゃない」

 は?
 いや、大嫌いですけど。
 
「それはお互いのためになりません。お互い別々の道を歩きましょう。さようなら」
「それなら最後に抱かせてほしい。思い出の夜にしよう。それで……考え直してもらえたら……」

「いやです、無理です」
「今夜までは夫婦だろう? 明日書類が揃うまでは私たちは間違いなく、夫婦だ」

 そう言って私に手を伸ばす。

「ごめんなさい。けじめはつけましょう。よくないわ」
子どもができないんだから。一回くらいいいだろ?」

 その言葉に私は思わず平手打ちを食らわせた。
 バチン、と鈍い音がして手のひらがしびれる。

「旦那様、最後なので言わせていただきます。私たちはただの政略結婚ですし、あなたのことなんて好きじゃありません。それに、女心が少しもわかってないですよね。次に結婚される方はもっと大事にしたほうがいいですよ」

「……そんな」

 涙目で赤い頬を押さえてこっちをじっと見つめる。

「私たちに縁はなかったのです。この家のために跡取りが必要でしょう?」
「だから、今夜。もしかしたら奇跡が」

「起こりません。きれいにお別れしましょう……。明後日には婚約者候補と会うと聞いてますし。では明日は早いですからお互いに別々の部屋で休みましょう。……おやすみなさいませ」
「…………」







 
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