異世界でパクリと食べられちゃう小話集

能登原あめ

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駆け落ちした君を大切にできなかった俺は逆行後改心したけど彼女が見つからない①☆

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*    クズ男主人公の悔恨もの。男的にはバッドエンド、NTR風味のエロシーン(あっさりめ)です。ヒロイン(?)的にはハッピーエンド。胸糞注意、別名義改稿して全3話となりました。

 





******

  
「ちゃんと、約束を守っただろ」

 ダックスの視力は日々弱くなり、今ではぼんやりと見えるだけだった。
 愛しい人の墓標の前に座り込み、冷たい石を撫でる。

「ようやく、君と会えそう、だ……」

 控えめな妻との暮らしは慎ましく淡々としていたけれど、失って初めてわかった。
 彼女の優しさ、忍耐強さ、大きな愛を。

 どうか、生まれ変わったら次は大切にして最期まで共に過ごしたい。
 強くなるから、どうか守らせて欲しい。
 
 





 そうして新しい生を授かったのだと思ったのに、ダックスは過去へと戻っていた。
 最愛の妻だったリタと出会う半年前に。
 

 ダックスはハグランド伯爵家のできの悪い次男だった。
 幼い頃から兄と比べられ、どんなに頑張っても兄には及ばず褒められることも期待されることもない。
 
「あなたは顔だけはいいから、どこかに婿入りできるといいわね」

 母がそう言うと、父も兄も否定することなく笑った。
 父は自身に似た長男を可愛がり、誰にも似ていないダックスを他人を見るような目で見る。
 跡継ぎでないとはいえ、この扱いの差は幼心に傷ついた。
 
 夜会に出る年頃になると、女性からちやほやされ、ダックスは母と愛人の間にできた子だろうということを知った。
 それならば父に嫌われるのもわかる。
 だが母は少しも味方をしてくれなかった。

 愛情を知らないまま育ち、その生い立ちを知る貴婦人達に心も体も甘やかされ、堕ちていくのは簡単だった。
 ギャンブルを覚え、負けた時は男娼の真似事をして負債を減らす。
 一度だけどうにもならずに父が借金を返してくれたが、次にやったら除籍すると伝えられた。

「……この際、未亡人でもいいから早く結婚しろ」

 ダックスはギャンブル好きなことや女癖が悪いことが社交界に知れ渡っていたため、適齢期の女性に敬遠されていた。

 火遊びをしたいと近づく令嬢がいないわけでもなかったが、愛されて当然と思っているわがままな娘の相手などごめんだ。
 結婚に夢などないし、いつかはすることになるだろうと思っていてもついつい先延ばしにしてしまう。

 ダックスのことをアクセサリーのように連れ歩くマダムたちと後腐れなく楽しんでいる現状で、気がつけば二十五歳。
 
「前向きに考えてみるか……」

 結婚してくれそうな未亡人に粉をかけてみたものの笑ってかわされるし、ダックス宛てに縁談の申し込みの一つもなかった。
 皆、ダックスとの関係は刺激的だから恋人や愛人としてつき合いたいのだという。

 兄は頭の切れる伯爵家の堅苦しい娘を迎え入れ、ダックスは彼女を一目見て気が合わないと感じた。
 きっと兄夫婦は出来の悪い次男を早く追い出そうと考えているだろう。

 慌てて結婚などしたくない。
 このまま毎日を楽しく暮らせればいい。
 いつ死んだって誰も悲しまないし、それならば好きに生きていいはずだと。





 そんな生き方をしてきたダックスが、リタと出会うまでの半年ですべてを正しくすることはできないだろう。だが、やれることはなんでもやった。

 まずは女性たちと別れ、つき合いのあった賭博仲間と距離を置いた。
 父と兄に頭を下げ、嫌いだった領地で大人しく過ごす。
 気味が悪いものを見るような父と、また何か悪巧みをしているのではないかといぶかしげにみる兄。

 これまで酷い態度だったから仕方ないが、社交シーズンに領地にいるなんて何か危ないことをやったと思われているのかもしれない。
 だが、なんと思われてもいい。

 ダックスは領地を歩いて周り、領民の暮らしを眺めた。
 あの時はリタと駆け落ちしたが、今回は逃げずに領地で平民として暮らすのはどうだろうかと。
 リタの義母は意地悪な女だから、ダックスの悪評と彼女が平民になるというのであれば喜んで縁組を決めるのではないかと思う。
 ただ、リタの父親に承諾してもらえるくらいには正しい行いをしたい。

 領地の経営に関わらせてもらえるのが一番だが、そうでなくてもこの街には仕事がある。
 前回は貴族がやる仕事じゃないなんて選り好みしたが、今はあれこれ文句をつけるつもりもなかった。

 もし駆け落ちすることになっても、この領地に紛れ込んでも家族に目をつぶってもらえるくらいには気持ちを入れ替えたことをわかってもらいたい。
 正直何年も自堕落な生活を送ってきたから半年というのは時間が足りないが。

 そうして次の社交シーズンを迎え、彼女と出会ったバルコニーへと向かった。
 今回はこれまでの仲間や親しくしてきた女性達から何も情報を仕入れていない。
 主催に挨拶した後は、ただ目立たぬように過ごして彼女が現れるのを待ちわびた。
 しかし――。

 最愛の女性、リタ・メアリー・ウォーカーはその夜姿を表さなかった。
 もしかしたら今回の夜会じゃなくて次の夜会かもしれない。 
 あの頃は酒を浴びるように飲んでギャンブルをし、女性と過ごしていたのだから。

 ダックスはリタを初めて意識した日のことを思い出した――。

 
 



 

「……あら、ウォーカー家の長女はまた同じドレスよ。貧しいわけでもないでしょうに……惨めなものね。それでもああやって夫を探しに来るなんて」

「彼女より妹のほうが美人でしょう? すでに侯爵様から縁談の申し込みがあって決まりそうなんですって」

「先妻の子だから子爵夫人はおもしろくないのでしょうね。でもここで見つけられないと三十も年上の男爵家に嫁がされると聞いたわ」

「ええ⁉︎ それは可哀想ね。……でも考えようによっては早くに自由になれるかもしれないわ」
「そうね、お相手次第よね」
「子爵夫人の性格を考えたら……」
「ろくでもない相手よねぇ」

 酒を飲みすぎて庭園で休んでいると、バルコニーに出てきたマダムたちがおしゃべりを始めた。
 ひそひそ話も風に乗ってよく聞こえてくる。

 ダックスはその会話からリタに興味を持った。
 お互いに結婚相手とは考えられない立場だが、同じ匂いがする。

 リタ・メアリー・ウォーカーは、いつも地味なドレスを着てポツンと壁際に立つ。
 地味ながら顔立ちは整っていて、背筋をピンと伸ばして前を向いていた。
 その夜もいつもと変わらない姿だったが、時間が早く過ぎるのを待っているようにも見える。
 
 彼女と話す機会はそれから一月と経たずにやって来た。
 たまたまダックスが涼みに出たバルコニーに、先にいたのがリタだったのだ。

「はじめまして、俺はダックス・ハグランド。君は?」
「…………リタ・メアリー・ウォーカーです。私はもう行きますのでごゆっくりどうぞ」
「一緒にバルコニーにいたくらいで妊娠することにはならないさ」
「…………」
 
 最初は警戒していた彼女だけれど、たびたび会ううちに少しずつ話すようになった。
 お互いに満たされない思いを抱えていたから、惹かれ合ったのかもしれない。
 ひっそりとバルコニーで親交を深めていく。

 後妻とその後に生まれた妹と弟にいじわるされて居心地が悪いということ。
 父親は無関心だということ。
 リタは控えめな女性で自ら告げ口することはほとんどなかったが、実母の形見のネックレスを後妻に奪われた時はとても落ち込んでいた。

 次に会った時に彼女に似合いそうなネックレスを……母からくすねてこっそり加工してもらった。今までこうして手に入れたものを気づかれたことはないし、自分の懐もほぼ痛まない。

 ネックレスについている宝石は全て外してデザインを変えているし、その中のいくつかの宝石を加工賃とデザイン料として渡していた。石を割ったり削ったりすることもあるようで、別物にしか見えないのだから職人の腕を信じている。

「代わりにはならないが、これを」
「そんな……受け取れません」
「どうして?」

 女性は宝石に花にチョコレート、もらえるものはなんでも好きだろう、そうダックスは思っていたからリタの反応は不思議だった。

「だって、私たちはそのような関係ではありませんから」

 彼女の瞳が揺れるのが好きだった。
 ダックスの言葉、態度に翻弄され、流されまいと毅然きぜんとした態度を取る。

「リタが受け取らなかったら捨てるだけだ」

 最終的に預かると言う形でためらいつつも受け取ってくれたリタ。
 ダックスは彼女にどんどんのめり込むようになった。
 リタに酷い態度をとらないようにさせるために、子爵夫人後妻――彼女の義母とも寝た。
 後妻がダックスになびいてくる様子は本当におかしい。彼女の自尊心をくすぐりながらささやくのも忘れない。

「あなたに似ていない地味な娘、ちょっとからかって俺を好きになるか賭けているが、毎回同じドレスなんてあなたの評判を落としてしまう。寛大な姿を見せたほうがもっと素晴らしさが伝わるのに、もったいない」

「……おかしいと思っていたのよ。リタなんかに声をかけるから。ヴィアのほうが美しいでしょう?」

 女は目をパチパチさせて笑う。
 気をつけてはいたし噂にはなっていないようだが、二人が一緒にいる姿を見ている者もいるようだ。

「フフッ。ヴィア嬢は婚約が整っているでしょう? さすがに無駄な戦いはしたくない。それに、俺は昔から成熟した女性が好きです」

 精神的に落ち着いた女が。
 目の前の女ではなく、頭の中にリタを思い浮かべる。すると自然と笑みが浮かんだ。

「どうせなら、彼女を着飾らせて恋にのめり込んだ娘に仕立てればいいのでは? そのほうがおもしろいでしょう?」

「あらあら、あなたって本当に悪い男。大切な娘を笑い者にしようというの?」
「そんなつもりはありませんよ」

 そう言って眉を上げると、女は歪んだ笑みを浮かべる。
 それから、リタは毎回別の似合わないドレスを着るようになった。







「お義母様が、妹のドレスを下さるようになったの……似合わないわよね」

 リタが自嘲気味に笑う。
 ダックスの望んだように新しいドレスではなかったものの、同じものばかり着るよりいいだろうと思った。
 フリルやリボンがふんだんに使われたドレスは甘ったるくてリタの良さをくすませるものの、王女も好んで身につけている。

「リタはリタだよ。それに、最近の流行りのドレスだろう?」
「……ええ、そうね」

 硬い声で答えるリタの頬に触れる。
 
「だいたい、流行りのドレスなんてみんな似合っていないよ。着こなせているのは王女様くらいだ」

「……ダックスらしい答えね」
「リタは何を着ても可愛いよ」

 何も身につけないのが一番美しいだろうが。
 本当は彼女を自分のものにしてしまいたい。しかし彼女は嫁に出る身だし、ダックス自身も婿入りする必要があった。

 これまで遊んできたから文官としての能力も武官としての能力もない。
 ただ顔だけがいい男、それがダックスだ。 
 自立して妻を養うなどできそうにない。

「俺が跡継ぎだったら、君を娶るのに」
「……そう、できたらよかったわ」

 リタが心の底からそう言っているように聞こえて、ダックスは彼女を抱きしめた。
 これまで未婚の女性に手を出したことはないし、これからもそのつもりでいる。彼女は誠実でつまらない男と幸せになるべきだ。

 そうしてひっそりと育んできた二人の関係はある日突然終わりを告げた。
 
「ダックス、私、ウィリアムズ男爵の元へ嫁ぐことが決まりました。今後はもうお会いすることはないでしょう。来月にも領地に向かい式を挙げることが決まりましたので」

「ずいぶん急だね」
「……最近の私を気に入ってくださったそうなの。妹のドレスでも、効果がありますのね」
「そう、か……しかたないね」

 喪失感を感じながら、ダックスは答えた。
 仕方ない、もとから彼女を手に入れることなどできなかったのだから。
 
「ダックス様、一度だけ……私を抱いてくださいませんか? 相手は私が三人目の妻となるお方……最初くらいは好いた方がいいのです……」

 羞恥に染まる彼女をダックスはたまらず抱きしめる。
 愛さずにはいられなかった。
 けれど結ばれることはないこと、社交界の暗黙のルールに従っていたことに気づく。

 (別に、一度くらいならバレないのではないか?)

「俺も好きだよ、リタ。……いつがいい?」
「……今夜、このまま……」

 その夜二人は体を重ねた。
 燃え上がった二人に一度限りなどということは通じない。
 恋に溺れた二人は、夢を見た。
 互いの手を取り合って一緒に生きることを。

 
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