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屑でごめん②[改稿版]※☆
しおりを挟む* 彼女の最期を思わせる描写が出てきますので苦手な方はご注意下さい。
******
二〇六年四月。
私が十八歳の春、貴族の子女のための高度な教育を施す学園に入学した。
すでに一般的な教育は終えたものの、学習意欲の高い上昇志向の中流貴族や高位の貴族が多く、人脈を広げたり、婚約者のいない者はさらなる出会いを求めたりと、より有意義に過ごす。
私はここで二年間、目立たないように静かに過ごしたい。
「憂鬱だわ……」
入学式の前日に舞踏会に出たせいで睡眠が足りていない。
馬車を降りて歩き出したものの、日差しが強くて思わずくらりと身体が揺れた。
「おっと……失礼。大丈夫かい?」
サッと現れた男性に抱きしめられるように腰を支えられた。
太陽の影で表情はよくわからないけれど、周りがざわついていることから有名な高位の貴族なのかもしれない。
「……申し訳、ございません。少し、日差しが強くて驚いてしまいました。もう、大丈夫ですので……」
「いや、顔色が悪い。このまま、保健室に送るよ」
「いえ、でも……」
こうして出会ったのがこの国の第二王子様だった。
それから時々声をかけられるのだけど、さすがに彼と関わるのは恐れ多い。
それから図書館で侯爵令息と出会ったり、木の上で降りられなくなった猫を騎士団長令息が助けてくださったり、飛び級して入ったという子爵令息と一緒に研究課題をこなすことになったりして、私達は親交を深めた。
彼らには婚約者がいることもわかっていたしそれ以上近づくつもりはなかった。
二〇七年五月。
私の事情が変わったのは、入学して一年と少し経った頃。
週末に行われる仮面舞踏会は月に二回参加して見知らぬ男と寝ていたけれど、それだけでは足りない、今のままでは間に合わないかもしれないと、私は覚悟を決めた。
どうせ、学園内で浮いているもの。
人気のある彼らと一緒にいたことで、女生徒に妬まれ、話しかけても無視されることが多くなった。
一人で過ごしていると彼らが寄ってきて……結局、私には女の子の友達が誰もいない。
教科書を隠されたり、私の課題だけゴミ箱に捨てられてしまったり、昼休みに女生徒等に呼び出されたこともあるけれど、たいてい通りがかった男子生徒に助け出されてますます反感を買った。
だけど私にとってそれらは些末なこと。
卒業まであと一年切ったのだから、やれることはやり切ろう。
まずは好意を寄せてくれる彼らともっと親しくなるしかない。
なるべく目立たないやり方で、後腐れのない関係を望んでいたけれど、もう無理らしいから。
あとは彼らが秘密を共有してくれたらいいのだけど。
******
「異世界転移? あなた、神様?」
黒髪に赤い瞳を持つ艶麗な男がほんの少し口角を上げた。
こんな展開、小説で読んだことがある。
「神かぁ、いいね。じゃあ、それで。うちの新人が間違えて君たちの魂を狩っちゃったんだよね。どうしようかなぁ、って」
君たち?
魂を狩っちゃった?
黒っぽい空間に私達二人だと思っていたけれど、背後に幼なじみが倒れていた。
「なん、で……?」
「君は一命を取り留めるはずたったんだよね、一週間ほどは。予定外に彼が君を助けようとして二人とも屋上から落ちちゃってね」
「嘘……」
日本での私の話。
私は結婚目前で、幸せの絶頂だった。
だけど、婚約者は浮気していた上認知した生まれたばかりの娘がいた。
相手が一人で育てるからと籍は入れてないと聞いてこのまま結婚するか迷ったけれど、そのアパートに入り浸っていることを知って、さすがに取りやめた。
落ち込んでいた私を慰めてくれたのが、同じマンションに住む幼なじみのリョウ。
彼は自宅で仕事をしていて、私が帰る頃息抜きに外に出てくる。
だからコンビニで酒を買って自宅マンションの屋上にある共有の庭園でお喋りをすることが増えた。
そんな風に過ごして三ヶ月ほど経った頃、私の怒りも胸の痛みも少しずつ和らいで、あんな男と結婚しなくてよかったと、前を向こうと思えるようになった。
リョウとちょっとおしゃれして、ご飯や映画に行くくらいいいんじゃないかなって。
彼はこの数年彼女もいなくて、リハビリにつきあってって言われている。
自分も単純だって思うけど、彼からのほんの少し友情を超えた好意は自尊心の砕けた女には嬉しかった。
幼なじみといっても、別の高校に通うようになってからはしばらく顔を合わせなかったから懐かしいのに新鮮で。
だけど。
元婚約者の知人から、私たちが予定していた式場で予定日に彼は認知した子供の母と結婚式を挙げたと聞いた。
慰謝料はもらわなかったけれど、式場のキャンセルの手続きや費用などは全てあの男にまかせて、溜飲を下げたはずだった。
その日も二人、屋上で呑んでいた。
「信じられない! あの男も、あの男の両親もどういうつもり? その女だって、私が準備した披露宴をあげるとか、ありえない‼︎」
「……それは。……ないね」
「だよね! あ、お酒足りないから買ってくる。リョウは?」
私の家族はみんな飲まない。
「俺の家に箱でビール届いたんだよね。持ってくるから待ってて」
「やった! ありがとう!」
リョウの後ろ姿を見送り、立ち上がった。
最初から飛び降りようと思ったわけじゃない。
今回の顛末を話していくうちに自分が可哀想になってしまったのもあって。
何かに誘われるように高い柵を乗り越え、縁ギリギリのところに座って足をブラブラさせた。
風が気持ちいい。
このまま落ちてもいいかもしれない。
「俺もそこに行くから待ってて」
「リョウ? 早かったね。……ここ、気持ちいいよ」
柵を越えて、私の横に座る。
「……結構、酔ってる?」
「うん、そうかな? なんだか、何もかもどうでも良くなっちゃって」
「うん。そっか」
私の手をぎゅっと握る。
「明日、出かけようか。休み、だよね? ずっと家にいるからさ、たまにはうまいもん食べたくなるんだ」
「うん……そうだね。……リョウは優しいね」
「そんなことないよ。そうと決まれば、戻ろうか」
「うん、そうだね」
一緒に立ち上がって、彼が柵の方を向いた瞬間、私は手を払い一歩踏み出した。
「ごめん、リョウ」
***
後ろに横たわる彼の身体はぴくりともしない。
「……リョウ!」
彼に触れて、その冷たさに驚く私に男が声をかけた。
「……彼、死んでないよ。眠っているだけ。……助けたい?」
「もちろん! だって、私のせいで……」
そうだよね、って男が嗤う。
「君にやってもらいたいことは二つ。ベッカという男爵令嬢の身体に入ること。今は瀕死の状態なんだよ。彼女の魂を連れてくる代わりだから、まぁ、性格が変わっても高熱のせいにでもすればいい」
「…………」
「これからはそこで寿命まで生きて。あの世界の均衡を保つために必要なんだ。彼女はまだ死ぬわけにはいかない」
もともとベッカは可憐で美しく、男性を虜にしてしまう女性らしい。
彼女の記憶を引き継ぐから、言葉もわかるし身体がこれまでのことは覚えているらしく、学園の卒業パーティーまで愛らしく笑顔を振りまいていればあとは寿命まで好きに過ごしていいんだと言う。
「はい……」
「もうひとつは、男と寝ること。ただ寝るんじゃなくて、膣内に精液をいっぱい出してもらって」
「…………はい?」
「精液がさ、彼の生命エネルギーに変換されるってわけ。だから、若い奴からたっぷり搾り取ってよ」
目の前の男に担がれてる?
思わず眉をひそめる。
「こんなことで嘘は言わない。運がいいことにさ、十八から二年間学校に通うことになっているんだ……そこで、若い男からもらうといい。……その間妊娠しないから。一応、避妊薬も渡しておこう」
「…………どのくらいしたら、いいの?」
私自身経験はあるし、一度死んだ身だからどうなってもよかった。
幼なじみが生き返って、彼が真っ当な人生を送れるなら。
割り切ってたくさんできる相手がいいから、誰かセフレになってくれれば好都合。
「んー? 若さとか、エネルギーの強さにもよるから、早ければ五人くらいで済むかもしれないし、もしかしたら百人相手にするかもしれないね。いろんな男がいいよ」
回数じゃなくて、人数?
そんなの学園内の男を端から手を出すことになるんじゃないの?
「……わかった。秘密の仮面舞踏会の招待状が手に入るようにしてあげるよ。いわゆる乱交パーティだけど、人数はこなせるからね」
そう言われて思わず顔をしかめる。
「君のチート能力は『処女膜再生』だから。毎回出血して痛がるとかさ、同じ男も不審がるだろ? なるべく違う男にしたほうがいいのは、そういう理由もあるし、生命力の強さは君にはわからないから、弱い男と何度もやったって苦行だと思う。時間をかけたら彼の命も消える。期限は学園の卒業パーティーの前まで」
二年間にそんなにやれるもの?
これまでの人生感をくつがえされる。
「大丈夫だよ。君の魂もベッカの器も綺麗だから。男の方から近寄ってくるさ……彼の様子は時々連絡するよ。そのほうがやりがいあるでしょ? 五、六割くらい満たされれば、多分彼も目を覚ますからね。身体を動かせるようになるのが八割ってところかな」
「……私から質問がある時はどうしたらいい?」
「じゃあ、ベッカの日記帳に書いて。俺は中身を全部読んでいるからね。返事する」
目の前の男は、ベッカの魂を相当気に入っているのだろうか。
「わかった。……私がたくさん交わればリョウは生き返るんですね? 約束してください」
騙されるのはもう嫌だ。
「いいよ。約束する。君の魂はとても魅力的だから、対価は君の死後の魂ね」
やっぱり彼は悪魔か死神なんだろう。
「……そうそう、彼への生命が満タンになったらその能力は消えるから。ずっと痛いなんていやでしょ?」
あぁ、これは、彼を巻き込んだ私への罰なのだと思った。
***
二〇五年十二月。別の世界で目覚めた日。
目が覚めた時、私は身体が熱くてつらくて、今も夢かもしれないと思った。
だけど、起き上がれるようになって鏡を見た時、今の自分を受け入れた。
ストロベリーブロンドで小さな顔に大きなエメラルド色の瞳。
一回りくらい若返っているんだ。
こんなに可愛かったら清楚系ビッチを狙えるかもね。
そう考えて乾いた笑いが出る。
私のすべてをリョウのために使おう。
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