望まれて少年王の妻となったけれど、元婚約者に下賜されることになりました

能登原あめ

文字の大きさ
上 下
6 / 10
過去

夢であったなら

しおりを挟む


 
 翌日アンベールは顔を合わせるなり、笑顔で結婚が決まって嬉しいと言った。
 温度差があるのは仕方ないし、彼は悪気はなかった。彼が求めているのは家族としての愛情なのだろうと思う。
 私は、一呼吸置いてから答える。

「……これからも、アンベールとお呼びしても?」
「もちろん、今まで通りにしてほしい」
「では、公式の時は陛下と呼ぶわ。……よろしくね」

 アンベールが私に抱きついた。
 小さくて細い腕。まだ子どもなのだと思うと、庇護欲もあるけれど、婚約を白紙にされたことを恨む気持ちもあって、やるせない。
 だから、これまで通りの態度は今すぐとれない……複雑で、でも、どうしようもない。

 ただ、彼のように素直に心を晒すことはとても危険なことだと私は知った。
 今までのように感情を晒すのが怖い。
 あの日、ドレスの話も結婚の話もしなかったなら、そう何度も思う。
 これからは今まで以上に自分の立場を考えて、話さないと。
 私が感情のままに振る舞って、家族やレオに迷惑をかけたくないから。

 それに、レオからもらった手紙にはいつまでも私を待つと書かれていた。
 それはとても嬉しくて、でも私達の幸せが約束されたわけでもなくて、胸が痛い。
 とても細く、いつ断ち切れてもおかしくない縁で私達は繋がっている。
 
 午後には、国中に私とアンベールの婚約の御触れが出た。
 アンベールが成人していないのだから、私の成人を待たずに三ヶ月後……先代の王の喪が明けてすぐに結婚式を挙げることとなった。
 久しぶりの明るい話題で国中が活気付く。
 宰相の晴れやかな笑顔を見て、色々な方面で経済効果を見込んだのかもしれない、この人が一番乗り気だったのだと気づいた。

 たった三ヶ月だなんて異例のことで、準備や他国への対応でものすごく大変だろうけど、決めた人達が寝る間を惜しんでやればいいと思う。

 今はアンベールも落ち着いているし、私は王宮に滞在したまま王妃教育も始まった。レオのために頑張ってきたから難しくはない。

 しばらくの間、しばらくの間だけ。
 そう何度も唱える。
 
 アンベールだって、年頃になったら同じ年頃の令嬢に目がいくはず。
 一日も早くそんな相手が現れればいいと強く願った。



 



 婚約の御触れが出てすぐの夜会で、私はレオを見かけた。
 胸がきゅっと苦しくなる。私達が婚約していたのは周知の事実で、私が見つめていることを周りに気づかれるわけにはいかない。
 
 でも、好きなのは変わりなく、どうしても目で追ってしまう。
 彼の碧い瞳にもう一度見つめられたら……。
 ふと、私の視線に気づいたようにこちらを向いた。
 真っ直ぐ見つめる瞳が、私を諦めていないと伝えてくる。

 レオが好き。レオだけ。

 これ以上はいけないと、私は視線を下げた。
 胸が熱い、涙が出そうになる。

「ジュスティーユ、具合が悪いのか?」

 アンベールが首を傾げる。

「いえ、緊張したのかも。何か飲み物をいただくわ」

 侍従から差し出された冷たい果実水を口に含んだ。

「ありがとう」
「もう、顔も見せたしそろそろ出ようか」

 成人前の私達は立ち上がった。
 視線を巡らせると、レオの姿は見えなくなっていて、寂しい。
 でも仕方ないのはわかっている。今の私達は近づいてはいけないから。

 それから一月も経たないうちに、辺境伯が亡くなったという知らせがあり、それ以降レオが王都にやってくることはなかった。
 もちろん私とアンベールの結婚式にも参加することはなく。

 辺境伯が亡くなったのも悲しいし、私がレオとの結婚を夢見て注文したドレスは、はりきった王室お抱えの職人達に宝石を縫いつけられてまるで別物の豪奢なドレスとなった。
 それもとても悲しくてやるせない。こんなドレス姿はレオに見られなくてよかった。
 私が泣けない代わりに、お母様はずっと涙を流して目元を抑えている。

「しっかりおやりなさい」

 お母様はそう言って再び溢れた涙を拭い、お父様は私をみてわずかに頷いた。
 それから、やって来たアンベールがにっこり笑う。

「ジュスティーユ、すごくきれい」

 結婚が決まってから、アンベールは私を正式名で呼ぶようになった。
 ジュジュと呼ぶのは子どもっぽいからという理由で。かえってその方が良かったと思う。

 レオにジュジュと呼ばれるのが好き。
 耳元で囁かれるとくすぐったくて、でも嬉しい。
 
「私はジュスティーユより、きれいな人を見たことがないよ!」

 アンベールが僕と言うのもやめて、私というようになった。
 こんな状況じゃなければ彼の成長を喜べたと思う。

「ありがとう、アンベール。あなたもとても格好いいわ」

 彼が嬉しそうに無邪気に笑い、周りから盛大な祝福を受けた。

「ジュスティーユ、踊ろう」

 アンベールに手を取られて、私達は公式で初めてのダンスを踊る。

 約束したのは、レオで。
 本当はレオと踊るはずだった。
 レオと踊れたらきっと本物の笑顔を浮かべたと思うの。偽りの笑顔じゃなくて。

 笑顔の人々に囲まれながら、私の心は自由に考える。
 それでも、少しぎこちないダンスも周りには微笑ましく映ったらしい。

 幼い頃からの絆で結ばれた、賢い少年王と六歳年上の美しい元公爵令嬢の王妃。
 王の初恋が実ったという、嘘で塗り固められた二人の幸せの物語は、それと知らない国民に喜びをもたらした。
 もうすでに、二人の恋物語を芝居小屋で上演していて毎回盛況となっていると言うし、今日の二人の姿絵は飛ぶように売れるだろうと言われている。

「ジュスティーユ、これから、国を盛り上げていこう」
「はい、陛下」

 国が平和であれば、私の大切な人達も穏やかに暮らせるはず。
 この結婚の役割はそういうことなんだ。
 だから私はそれに素直に頷いた。
 


 
しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

「離婚しよう」と軽く言われ了承した。わたくしはいいけど、アナタ、どうなると思っていたの?

あとさん♪
恋愛
突然、王都からお戻りになったダンナ様が、午後のお茶を楽しんでいたわたくしの目の前に座って、こう申しましたのよ、『離婚しよう』と。 閣下。こういう理由でわたくしの結婚生活は終わりましたの。 そう、ぶちまけた。 もしかしたら別れた男のあれこれを話すなんて、サイテーな女の所業かもしれない。 でも、もう良妻になる気は無い。どうでもいいとばかりに投げやりになっていた。 そんなヤサぐれモードだったわたくしの話をじっと聞いて下さった侯爵閣下。 わたくし、あなたの後添いになってもいいのでしょうか? ※前・中・後編。番外編は緩やかなR18(4話)。(本編より長い番外編って……orz) ※なんちゃって異世界。 ※「恋愛」と「ざまぁ」の相性が、実は悪いという話をきいて挑戦してみた。ざまぁは後編に。 ※この話は小説家になろうにも掲載しております。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

不実なあなたに感謝を

黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。 ※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。 ※曖昧設定。 ※一旦完結。 ※性描写は匂わせ程度。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。

処理中です...