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過去
夢であったなら
しおりを挟む翌日アンベールは顔を合わせるなり、笑顔で結婚が決まって嬉しいと言った。
温度差があるのは仕方ないし、彼は悪気はなかった。彼が求めているのは家族としての愛情なのだろうと思う。
私は、一呼吸置いてから答える。
「……これからも、アンベールとお呼びしても?」
「もちろん、今まで通りにしてほしい」
「では、公式の時は陛下と呼ぶわ。……よろしくね」
アンベールが私に抱きついた。
小さくて細い腕。まだ子どもなのだと思うと、庇護欲もあるけれど、婚約を白紙にされたことを恨む気持ちもあって、やるせない。
だから、これまで通りの態度は今すぐとれない……複雑で、でも、どうしようもない。
ただ、彼のように素直に心を晒すことはとても危険なことだと私は知った。
今までのように感情を晒すのが怖い。
あの日、ドレスの話も結婚の話もしなかったなら、そう何度も思う。
これからは今まで以上に自分の立場を考えて、話さないと。
私が感情のままに振る舞って、家族やレオに迷惑をかけたくないから。
それに、レオからもらった手紙にはいつまでも私を待つと書かれていた。
それはとても嬉しくて、でも私達の幸せが約束されたわけでもなくて、胸が痛い。
とても細く、いつ断ち切れてもおかしくない縁で私達は繋がっている。
午後には、国中に私とアンベールの婚約の御触れが出た。
アンベールが成人していないのだから、私の成人を待たずに三ヶ月後……先代の王の喪が明けてすぐに結婚式を挙げることとなった。
久しぶりの明るい話題で国中が活気付く。
宰相の晴れやかな笑顔を見て、色々な方面で経済効果を見込んだのかもしれない、この人が一番乗り気だったのだと気づいた。
たった三ヶ月だなんて異例のことで、準備や他国への対応でものすごく大変だろうけど、決めた人達が寝る間を惜しんでやればいいと思う。
今はアンベールも落ち着いているし、私は王宮に滞在したまま王妃教育も始まった。レオのために頑張ってきたから難しくはない。
しばらくの間、しばらくの間だけ。
そう何度も唱える。
アンベールだって、年頃になったら同じ年頃の令嬢に目がいくはず。
一日も早くそんな相手が現れればいいと強く願った。
婚約の御触れが出てすぐの夜会で、私はレオを見かけた。
胸がきゅっと苦しくなる。私達が婚約していたのは周知の事実で、私が見つめていることを周りに気づかれるわけにはいかない。
でも、好きなのは変わりなく、どうしても目で追ってしまう。
彼の碧い瞳にもう一度見つめられたら……。
ふと、私の視線に気づいたようにこちらを向いた。
真っ直ぐ見つめる瞳が、私を諦めていないと伝えてくる。
レオが好き。レオだけ。
これ以上はいけないと、私は視線を下げた。
胸が熱い、涙が出そうになる。
「ジュスティーユ、具合が悪いのか?」
アンベールが首を傾げる。
「いえ、緊張したのかも。何か飲み物をいただくわ」
侍従から差し出された冷たい果実水を口に含んだ。
「ありがとう」
「もう、顔も見せたしそろそろ出ようか」
成人前の私達は立ち上がった。
視線を巡らせると、レオの姿は見えなくなっていて、寂しい。
でも仕方ないのはわかっている。今の私達は近づいてはいけないから。
それから一月も経たないうちに、辺境伯が亡くなったという知らせがあり、それ以降レオが王都にやってくることはなかった。
もちろん私とアンベールの結婚式にも参加することはなく。
辺境伯が亡くなったのも悲しいし、私がレオとの結婚を夢見て注文したドレスは、はりきった王室お抱えの職人達に宝石を縫いつけられてまるで別物の豪奢なドレスとなった。
それもとても悲しくてやるせない。こんなドレス姿はレオに見られなくてよかった。
私が泣けない代わりに、お母様はずっと涙を流して目元を抑えている。
「しっかりおやりなさい」
お母様はそう言って再び溢れた涙を拭い、お父様は私をみてわずかに頷いた。
それから、やって来たアンベールがにっこり笑う。
「ジュスティーユ、すごくきれい」
結婚が決まってから、アンベールは私を正式名で呼ぶようになった。
ジュジュと呼ぶのは子どもっぽいからという理由で。かえってその方が良かったと思う。
レオにジュジュと呼ばれるのが好き。
耳元で囁かれるとくすぐったくて、でも嬉しい。
「私はジュスティーユより、きれいな人を見たことがないよ!」
アンベールが僕と言うのもやめて、私というようになった。
こんな状況じゃなければ彼の成長を喜べたと思う。
「ありがとう、アンベール。あなたもとても格好いいわ」
彼が嬉しそうに無邪気に笑い、周りから盛大な祝福を受けた。
「ジュスティーユ、踊ろう」
アンベールに手を取られて、私達は公式で初めてのダンスを踊る。
約束したのは、レオで。
本当はレオと踊るはずだった。
レオと踊れたらきっと本物の笑顔を浮かべたと思うの。偽りの笑顔じゃなくて。
笑顔の人々に囲まれながら、私の心は自由に考える。
それでも、少しぎこちないダンスも周りには微笑ましく映ったらしい。
幼い頃からの絆で結ばれた、賢い少年王と六歳年上の美しい元公爵令嬢の王妃。
王の初恋が実ったという、嘘で塗り固められた二人の幸せの物語は、それと知らない国民に喜びをもたらした。
もうすでに、二人の恋物語を芝居小屋で上演していて毎回盛況となっていると言うし、今日の二人の姿絵は飛ぶように売れるだろうと言われている。
「ジュスティーユ、これから、国を盛り上げていこう」
「はい、陛下」
国が平和であれば、私の大切な人達も穏やかに暮らせるはず。
この結婚の役割はそういうことなんだ。
だから私はそれに素直に頷いた。
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