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14 王都へ
しおりを挟む「じゃあな、レアル。結婚式は呼ばなくていいから、今言っておく。結婚おめでとう。幸せになれよ」
お兄様は気が早い。
でもとても遠いから往復するのはとても大変だと思う。
周りのお祝いムードに本当に結婚するような雰囲気になっちゃっているけど、少しも予定は立てていないし、あと三ヶ月もしたら私たちは元通りの生活になる。
考えるとちょっとさみしい。
私ってもしかして修道女として足りないのかな。
ある修道女が外の世界のことは知らないほうが幸せなのよって少し悲しそうに笑った。
今ならわかる。
バレンティ様との食事や、お出かけがとても楽しくて、これから修道院で無言で食事をとることを考えると憂うつになる。
戻ったら今みたいにバレンティ様に会えなくなるんだもの。
「なんだよ、俺と会えなくなるのが寂しいのか……今度はレアル、お前が王都に来いよ」
お兄様がそう言って私の髪をくしゃくしゃにした。
お兄様と会えなくなるのはほんの少し……さみしいかも?
「ひさしぶりにお兄様の顔を見ることができて嬉しかった。でも次からは勝手に決めないでね」
「まあな。だが、うまくいっただろ?」
グスタボ様はガルシア伯爵夫人に紹介された女性と向かい合って話している。会ってそれほど経っていないのに、仲良く話しているように見えるから、このままうまくいくんじゃないかな。
婚約者もいないお兄様が羨ましそうに見てるし、ガルシア伯爵夫人に誰か紹介してもらってもいいかも。
お兄様と対等に話せる強い女性ならうまくいくんじゃないかな。
「そうだね、よかったね」
私がそんなことを考えながら頷くと、バレンティ様がお兄様に話しかけた。
「後のことはすべて俺に任せてください。レアルを幸せにします、義兄上」
「よろしくな。あんたなら幸せにしてくれるんだろうな、妹をさ」
バレンティ様のほうが大きくて大人っぽく見えるけれど、確かお兄様より二つくらい年下だと思う。
落ち着いていてバレンティ様のほうがやっぱり頼りになるし格好いい。
「もちろん、レアルを泣かせない」
「そうしてくれよ。……レアル、金をねだりに帰って来るなよ」
わたしに向けてにやりと笑った。
「お兄様のほうこそ。私、ここで幸せになるから」
そう言うとバレンティ様が私の肩に手を置いてグッと引き寄せた。
力が強くて私はバレンティ様の胸にもたれかかることに。
お兄様はあきれたように見ているし、バレンティ様はなぜか満足そうな顔。
「いい加減、二人きりになってからやれよ。結婚式はお前の誕生日な? 子どもが早く産まれそうだ」
「お兄様ったら!」
「ははっ…………冗談だって」
バレンティ様が節度は守ってる、なんて言って怖い顔をしてた。
「じゃあな」
「気をつけてね」
爽やかにお別れすることになると思ったのだけど。
突然私の目の前にくたびれた一人の男が現れた。
薄汚れているし、最後に見た時よりかなり痩せ細っている彼は――。
「レアル、なのか……? いや、違う。私の可愛いレアルはどこへ行ったのだ⁇」
「お前は……パルマ子爵か? いや、もう爵位は売ったんだっけな? なぜここにいる?」
お兄様がぎろりとにらんでいたけど、子爵様だった彼は私の中から幼い頃の面影を探しているみたい。
「私は……エメテリオ伯爵の跡を追いかけてきただけだ! ああ……っ、あの時私と旅行に行って屋敷に囲ってしまえばよかった! 食事と運動の制限をして妖精のような私好みのレディにしたのに!」
バレンティ様が低くうなって私を腕の中に抱きしめた。ぞわぞわして私もバレンティ様に身を寄せる。あの時旅行を断って本当によかった。
「彼女は私の婚約者だ。薄汚い目で見るな」
バレンティ様の声が聞こえていないのか、元子爵は一人でブツブツつぶやいている。
「私のレアルはもういない! まさか、こんなことになるなんて! とうとうレアルの居場所をつかめたと思って……ううっ」
元々小さい方ではなかったけど、修道院に入ってから急に背が伸びた。修道院に食材の寄付もあったからお父様が亡くなった頃より栄養がとれていたと思う。
「こんなのあんまりだ!」
「…………」
そんなことを言われても、今の自分のことが嫌いじゃないし、私には答えようがない。
「子どもは成長するだろ。きれいに育ったじゃないか。……バレンティ、こいつの始末は俺にまかせてくれないか? 連れてきてしまったのは俺の責任だからな」
お兄様だけじゃなくて、周りのみんなが白い目で見ているけれど、彼は大粒の涙を流して泣いている。
「この領地に二度と足を踏み入れないようにしてもらえるなら……レアル、それでいいか?」
バレンティ様が私に声をかけてきたので、頷いた。
「はい。気持ち悪いので……お兄様におまかせします」
もう何年も忘れていたのに、あの頃のことを思い出して嫌な気持ちになった。
元子爵を視界に入れたくなくてバレンティ様に顔を向ける。
「大丈夫か? 一発代わりに殴ってこようか?」
「いえ、きっと兄が……」
文官として法のギリギリのところを攻めるような気がする。お兄様には悪友も多いようだから……。
「悪かったな、レアル。……じゃあな」
「義兄上、道中気をつけて。どこを通る?」
「海沿い。とてもいい港があるからな」
ニヤリと笑ったお兄様が、どこからか取り出した紐で元子爵を縛った。
「気持ち悪い……? 私が気持ち悪い、のか……?」
茫然とした顔でつぶやく元子爵にお兄様が頷いている。気分が悪いという意味だったけど、わざわざ訂正する気になれなかった。
お兄様が仕事に困っているだろうからいい所を紹介してやる、なんて言って荷台に載せて笑っている。
どう見ても悪いことをする人の笑い顔。
きっと帰る途中で一度乗ったら二度と戻って来られないという船に乗せるつもりなのかも。
借金が払えなくなった人や罪を犯した人が乗る船で、船で働かせた後、ある日何もない孤島に置き去りにされるらしい。
高額な前金を受け取った紹介者や借金取りは笑顔になり、泳いで戻れない距離だから文句を言うこともできないという。
少し前にバレンティ様から近隣の領地に不定期で現れる船だと聞いたばかり。
「じゃあ、本当に帰るよ。レアル、安心していいからな。俺には耐えられそうにない静かなところだが、お前は平穏に過ごせ」
「はい、ここはとても豊かでいいところですよ。……お兄様もお元気で」
グスタボ様たちとも最後の挨拶をした後、慌ただしく帰って行った。
「レアル、さみしいのか?」
馬車が遠ざかる様子を眺めていると、バレンティ様が声をかけてきた。
「そうですね……みんながいて賑やかでしたから」
だってもう、バレンティ様の婚約者でいる必要もなくなってしまった。
「レアル、話がある。俺の書斎に来てもらっていいか?」
とうとう婚約解消の話かもしれない。
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