お菓子大好き修道女見習いの伯爵令嬢はコワモテ領主の婚約者になるようです

能登原あめ

文字の大きさ
上 下
15 / 20

14 王都へ

しおりを挟む


「じゃあな、レアル。結婚式は呼ばなくていいから、今言っておく。結婚おめでとう。幸せになれよ」

 お兄様は気が早い。
 でもとても遠いから往復するのはとても大変だと思う。
 周りのお祝いムードに本当に結婚するような雰囲気になっちゃっているけど、少しも予定は立てていないし、あと三ヶ月もしたら私たちは元通りの生活になる。

 考えるとちょっとさみしい。
 私ってもしかして修道女として足りないのかな。
 ある修道女が外の世界のことは知らないほうが幸せなのよって少し悲しそうに笑った。
 
 今ならわかる。
 バレンティ様との食事や、お出かけがとても楽しくて、これから修道院で無言で食事をとることを考えると憂うつになる。
 戻ったら今みたいにバレンティ様に会えなくなるんだもの。
 
「なんだよ、俺と会えなくなるのが寂しいのか……今度はレアル、お前が王都に来いよ」

 お兄様がそう言って私の髪をくしゃくしゃにした。
 お兄様と会えなくなるのはほんの少し……さみしいかも?

「ひさしぶりにお兄様の顔を見ることができて嬉しかった。でも次からは勝手に決めないでね」
「まあな。だが、うまくいっただろ?」

 グスタボ様はガルシア伯爵夫人に紹介された女性と向かい合って話している。会ってそれほど経っていないのに、仲良く話しているように見えるから、このままうまくいくんじゃないかな。

 婚約者もいないお兄様が羨ましそうに見てるし、ガルシア伯爵夫人に誰か紹介してもらってもいいかも。
 お兄様と対等に話せる強い女性ならうまくいくんじゃないかな。

「そうだね、よかったね」

 私がそんなことを考えながら頷くと、バレンティ様がお兄様に話しかけた。

「後のことはすべて俺に任せてください。レアルを幸せにします、義兄あに上」
「よろしくな。あんたなら幸せにしてくれるんだろうな、妹をさ」

 バレンティ様のほうが大きくて大人っぽく見えるけれど、確かお兄様より二つくらい年下だと思う。
 落ち着いていてバレンティ様のほうがやっぱり頼りになるし格好いい。
 
「もちろん、レアルを泣かせない」
「そうしてくれよ。……レアル、金をねだりに帰って来るなよ」

 わたしに向けてにやりと笑った。

「お兄様のほうこそ。私、ここで幸せになるから」

 そう言うとバレンティ様が私の肩に手を置いてグッと引き寄せた。
 力が強くて私はバレンティ様の胸にもたれかかることに。
 お兄様はあきれたように見ているし、バレンティ様はなぜか満足そうな顔。
 
「いい加減、二人きりになってからやれよ。結婚式はお前の誕生日な? 子どもが早く産まれそうだ」
「お兄様ったら!」
「ははっ…………冗談だって」

 バレンティ様が節度は守ってる、なんて言って怖い顔をしてた。

「じゃあな」
「気をつけてね」
 
 爽やかにお別れすることになると思ったのだけど。
 突然私の目の前にくたびれた一人の男が現れた。
 薄汚れているし、最後に見た時よりかなり痩せ細っている彼は――。

「レアル、なのか……? いや、違う。私の可愛いレアルはどこへ行ったのだ⁇」
「お前は……パルマ子爵か? いや、もう爵位は売ったんだっけな? なぜここにいる?」

 お兄様がぎろりとにらんでいたけど、子爵様だった彼は私の中から幼い頃の面影を探しているみたい。

「私は……エメテリオ伯爵の跡を追いかけてきただけだ! ああ……っ、あの時私と旅行に行って屋敷に囲ってしまえばよかった! 食事と運動の制限をして妖精のような私好みのレディにしたのに!」

 バレンティ様が低くうなって私を腕の中に抱きしめた。ぞわぞわして私もバレンティ様に身を寄せる。あの時旅行を断って本当によかった。

「彼女は私の婚約者だ。薄汚い目で見るな」

 バレンティ様の声が聞こえていないのか、元子爵は一人でブツブツつぶやいている。

「私のレアルはもういない! まさか、こんなことになるなんて! とうとうレアルの居場所をつかめたと思って……ううっ」

 元々小さい方ではなかったけど、修道院に入ってから急に背が伸びた。修道院に食材の寄付もあったからお父様が亡くなった頃より栄養がとれていたと思う。

「こんなのあんまりだ!」
「…………」
 
 そんなことを言われても、今の自分のことが嫌いじゃないし、私には答えようがない。
 
「子どもは成長するだろ。きれいに育ったじゃないか。……バレンティ、こいつの始末は俺にまかせてくれないか? 連れてきてしまったのは俺の責任だからな」

 お兄様だけじゃなくて、周りのみんなが白い目で見ているけれど、彼は大粒の涙を流して泣いている。
 
「この領地に二度と足を踏み入れないようにしてもらえるなら……レアル、それでいいか?」

 バレンティ様が私に声をかけてきたので、頷いた。

「はい。気持ち悪いので……お兄様におまかせします」

 もう何年も忘れていたのに、あの頃のことを思い出して嫌な気持ちになった。
 元子爵を視界に入れたくなくてバレンティ様に顔を向ける。

「大丈夫か? 一発代わりに殴ってこようか?」
「いえ、きっと兄が……」

 文官として法のギリギリのところを攻めるような気がする。お兄様には悪友も多いようだから……。

「悪かったな、レアル。……じゃあな」
「義兄上、道中気をつけて。どこを通る?」
「海沿い。とてもいい港があるからな」

 ニヤリと笑ったお兄様が、どこからか取り出した紐で元子爵を縛った。 

「気持ち悪い……? 私が気持ち悪い、のか……?」

 茫然とした顔でつぶやく元子爵にお兄様が頷いている。気分が悪いという意味だったけど、わざわざ訂正する気になれなかった。

 お兄様が仕事に困っているだろうからいい所を紹介してやる、なんて言って荷台に載せて笑っている。
 どう見ても悪いことをする人の笑い顔。

 きっと帰る途中で一度乗ったら二度と戻って来られないという船に乗せるつもりなのかも。

 借金が払えなくなった人や罪を犯した人が乗る船で、船で働かせた後、ある日何もない孤島に置き去りにされるらしい。

 高額な前金を受け取った紹介者や借金取りは笑顔になり、泳いで戻れない距離だから文句を言うこともできないという。
 少し前にバレンティ様から近隣の領地に不定期で現れる船だと聞いたばかり。

「じゃあ、本当に帰るよ。レアル、安心していいからな。俺には耐えられそうにない静かなところだが、お前は平穏に過ごせ」

「はい、ここはとても豊かでいいところですよ。……お兄様もお元気で」
 
 グスタボ様たちとも最後の挨拶をした後、慌ただしく帰って行った。

 

「レアル、さみしいのか?」

 馬車が遠ざかる様子を眺めていると、バレンティ様が声をかけてきた。

「そうですね……みんながいて賑やかでしたから」

 だってもう、バレンティ様の婚約者でいる必要もなくなってしまった。

「レアル、話がある。俺の書斎に来てもらっていいか?」

 とうとう婚約解消の話かもしれない。

 
 
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

処理中です...