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13 エメテリオ伯爵視点
しおりを挟む一体何が起こっているんだ?
グスタボが爵位を継ぐのに結婚が条件だから、妹の紹介料と仕事を休んだ分の給料を確実にもらうためにこんなど田舎に来たというのに。
妹が修道女になってしまう成人前に、恋物語のように劇的に結婚させてしまおうと思った。
政略結婚は嫌だと言っていたが、昔は王子が姫を救い出す物語を好んで読んでいたから、問題ないはずだったのだが。
グスタボは押しに弱くて優柔不断だし奥手だが悪いやつじゃない。
社交界の派手な令嬢より、レアルが修道院育ちというのも気に入ったようだしうまく二人はまとまるはずだった。
女としては少し背が高いが太ってもいないし顔は俺同様に中々きれいだ。
よりによって無骨でコワモテで筋肉の塊のような男と結婚するのか?
あれが格好よくみえるのか……?
ベルニならまだわかる。そこまでゴツゴツしていないから。
どう考えたって脅迫されているとしか思えない。
「まだ見習いですけど、嘘なんて一つも言っていません! お兄様こそ目が悪いのでは? バレンティ様はとってもとっても格好いいじゃないですか」
「レアル……ありがとう」
「私は本当のことしか言ってませんから」
「そう、なのか……?」
サクリスタン伯爵が首を傾げていて、その反応が正しいだろう。
「……バレンティ様は鏡を見ないのですか?」
「朝は見るが、いや……とりあえず、客人方は疲れているだろう。みんな晩餐まで部屋でひとまず休んでくれ」
俺は一体何を見せつけられているんだ?
初々しいカップルを祝いに来たんじゃない。
グスタボとの恵まれた縁組に来たんだが?
それぞれ客室に案内されて、湯浴みをした後グスタボと合流した。
「なぁ、どういうことだよ。どうしたらいいんだ……俺の結婚計画が……」
「俺も予想外の展開に驚いている。こんなところまで来て手ぶらで帰るわけには行かない」
「だけどさ! レアルをこっこり王都に連れ帰っても、サクリスタン伯爵が追いかけてきて殺されそうだ」
「…………だな。何か弱みがないか晩餐の時に探りを入れてみよう」
あの様子では妹のほうがサクリスタン伯爵を好きだ。
考えたくないが、修道院という特殊な世界でゆがんでしまったのだろう。
伯爵がレアルを諦めるような何かを考えなくては。
晩餐の席には、サクリスタン伯爵と妹、ベルニとその両親のガルシア伯爵夫妻も招かれていた。
「レアルはとても素晴らしいお嬢さんね。私たちはとても嬉しいの。エメテリオ伯爵、心配しなくても大丈夫よ。私たちが親代わりとなって見守るから安心してちょうだい」
すでに俺たちの目的を聞いているのだろう。
レアルは渡す気がないと、ガルシア伯爵家夫人の表情が物語っている。
「妹は未成年ですし、私がエメテリオ伯爵家の当主ですから」
負けるわけにはいかない。
「そうですわね。ではバレンティとの挙式の日取りを決めてしまいましょうか。レアルの誕生日がいいわ」
中々圧が強い。
やり手ババァは苦手だ。
「あの! 僕はずっとレアルのことが気になっていて、ひと月近くかけてプロポーズするために会いに来ました」
グスタボが大声で主張するが、ガルシア伯爵が首を横に振る。
「すでにバレンティと正式な婚約式をして、ここに正式な書類がある。私たちのサインとレアルの保護責任者である修道院長のサイン、それを神官に認めてもらったものだ」
「…………」
グスタボがシュンとして黙ってしまった。
まずい。このままでは押し切られてしまう。
「妹には広大な土地の領主夫人は荷が重いですよ。その点グスタボは子爵家で気負わずにすみます。なぁ、レアル? 貴族のつき合いはしたくないと言っていたよな」
修道院に入ったのも貴族との政略結婚が嫌だという理由もあった。母の愛人から離れたかったのも大きいだろうが。
あの男の秘密はすべてさらしたし、金も巻き上げたから二度と社交界には戻ってこないはずだ。
屋敷も何もかも手放して下町の賭博場にふらりと現れるらしいが、小汚い格好だと言うからその日暮らしをしているのだろう。
「バレンティ様はほとんどの時間を領地で過ごすって言っていました。私は王都の社交界が苦手なんです」
「その通りだ。どうしても行かなければならない時以外王都に行くつもりはない」
レアルの言葉に続けてサクリスタン伯爵が言う。
お互いに見つめ合って微笑んで……気が合っている。お似合いかよ。
「アルメンゴル子爵家こそ、今貴婦人の間で人気の化粧水の販売を手掛けているのだから、社交界をうまく渡り歩ける女性を選んだほうがいいわ。レアルも素晴らしい女性だけど、化粧水を売り込むには裏表使い分けられるしたたかな女性にしたほうがいいもの……ねぇ、私が誰か紹介しましょうか、レアル以外で」
ガルシア伯爵夫人の言葉に、グスタボが大きく頷いた。は?
「ぜひ、よろしくお願いします! できれば一緒に王都へ向かってくれる年下の可愛い女の子がいいです」
「…………」
「…………」
いいのか、それで。
さっきレアルが気になってたって言ってたが……まぁいいか。
「あなたより年下がいいのよね? 二人、心当たりがいるの」
一人目は修道女見習いのセリア。
彼女は去年社交界をひっかき回した迷惑女だ。
高位の貴族令息に色目を使い、何組も婚約カップルをぶち壊して、王太子の婚約者にまで嫌がらせをした。
だが顔は可愛い。肌も綺麗だ。
しかし社交界の女性が受け入れるかどうか。
グスタボも記憶にあったようで、黙って首を横に振っていた。
「何よ、あんたたち! ガルシア伯爵夫人が社交界で一番人気の化粧水の広告塔になれるっていうから来てやったのに。私はこの国一番の修道院長を目指しているのっ。時間を無駄にしたわ!」
ガルシア伯爵夫人は涼しい顔をしていて、あなたの志は高くて立派よ、なんて言っている。
次に紹介されたのは子爵家生まれでわずか結婚一年で相手が亡くなって出戻ってきた年下の美女だ。
悪くない、いや、少し羨ましい。
八回婚約したがすべて相手から高望みしてしまったと辞退されている身としては、このババアに紹介してもらうのも悪くないかもしれないな。
「彼女は侯爵家に嫁いでいたから、顔が広いわ。それにここ数年は実家の商会を手伝っていたの。ずっと王都に行きたがっていてね……」
なんて好都合。うまく合致してるじゃないか。
「よかったな、グスタボ。俺がここに誘わなかったら出会えなかったよな?」
「あ、あぁ! ありがとう? ありがとうでいいのか?」
「合っているぞ。おめでとう、グスタボ!」
この一週間、大変精神的に疲れた。
これで領主館でベタベタする妹カップルを眺め続けるのも終わりだ。
毎朝手つなぎして散歩だとか、毎晩眠くなるまでおしゃべりをするとか、きれいなドレスに着替えてティールームに二人揃っていくとか。
最初は深夜の足音がものすごく怖かったが、レアルが眠れなくて続き部屋を開けるかもしれないと、眠らずに待っているサクリスタン伯爵のそれだと知ってからイライラした。
妹だって兄がいる時に同じ部屋で眠らないだろうに。
足音が聞こえない日は二人が一緒に過ごしたのかとか余計なことまで考えて嫌になった。
俺ももう反対するつもりはない。
勝手に幸せになればいいだろ。
日差しの強いど田舎で俺の肌が焼けるのは困るし、毎日いちゃつく奴らと甘いお菓子を見るのもうんざりだ。
「グスタボ、紹介料はおまけしてやる、早く帰ろうぜ」
「あ、うん……だな」
この数年後、ガルシア伯爵夫人の紹介で俺好みで同じ価値観の侯爵令嬢と結婚することになるのだが、すぐに家計を掌握し、馬車馬の如く働かされて金を吸い上げられるようになることを今の俺は知らない。
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