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9 領主様と婚約? ③
しおりを挟む「婚約、おめでとう」
婚約式には、ベルニ様のご両親も参加してくださって、私を温かく迎えてくれた。
「バレンティは私たちの息子のようなものだから、とても嬉しい。このまま結婚しないんじゃないかと思っていたからあなただけが息子を救いだせたのよ。きっと神様が巡りあわせてくださったのね」
ベルニ様の母親、ガルシア伯爵夫人は涙を拭きながら言う。
「バレンティ様はとても素敵な方なので、私だけということはないと思います……」
「いいえ! パーティーにも行かず鍛錬ばかり! 今ではあんなに体が大きくなってしまって、か弱い令嬢たちが近づくはずがありません! 笑わないでしょう? 笑わないのよ! でもあなたは怖がらないし、すらっとしてとてもお似合いの夫婦になると思うの。……成人する誕生日に結婚したらどうかしら? 準備なら任せてほしいわ」
「叔母上、気が早い。婚約したばかりなんだ」
バレンティ様がそう言って間に入ってくださったけど、ガルシア伯爵夫人は嬉しそうに続けた。
「そうよね、嬉しくてつい……。あのね! 私は全面的にあなたの味方よ。困ったことがあってもなくても、相談してちょうだいね。あぁ、天国のお兄様に今日はとてもいい報告ができそうだわ!」
「母様……」
「叔母上……」
ベルニ様とバレンティ様が少し困ったようなあきれているような同じトーンで呼びかけていて思わず顔がゆるんだ。
「……ごめんなさい、とても嬉しくて……」
「気にかけてくださってありがとうございます。長く修道院で暮らしていたので知らないことがたくさんあるかと思います。ご迷惑をおかけすることも」
「レアル、気にしなくていい。君はそのままでいいんだ」
バレンティ様が私の言葉をさえぎって言う。
「そうよ、バレンティの言うとおり! 私たちがいるからまかせてちょうだい。まずは新しい生活に慣れるほうが先よね」
「母様、お茶会を開こうとか考えてはダメですからね。いきなり買い物に連れ出すのもだめですよ」
「ええ、ええ、もちろん、わかっているわ……そこまでせっかちじゃないわよ」
ベルニ様親子の会話に驚いていると、彼の父親のガルシア伯爵がにっこり笑って言った。
「みんなにぎやかなんだ。少しずつサクリスタンの地に慣れていくといい」
「はい、ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
みんな素敵な人ばかり。
半年後を考えてほんの少し申し訳ない気持ちになったけど、婚約したのだもの。
「彼女は修道院のお菓子に理解が深くて、これからも通うことになっているんだ」
質問を重ねるガルシア夫妻にベルニ様が丁寧に答えてくれて、私はこれからも気兼ねなく修道院へ通えることになった。
「奉仕活動はとても大切ですからね。バレンティの母もそうだったわ。よく甘い匂いを漂わせていたわね」
「春のお祭りの時に届けられる菓子、あれは特別だよね。バレンティも好きだろ?」
「あぁ。嫌いな奴なんているのか?」
春のお祭りに作るカスタードクリームのようなプリンは温かいまま領主館に届けられる。
少しのシナモンとレモンの皮を少し入れていて、大好きなお菓子の一つ。
「クレマ・カタラーナ、おいしいですよね」
「そうそう、カタラーナ! 表面がパリッとしているのがいい」
ガルシア伯爵も頷いている。
おしゃべりしながらの晩餐なんて、ずいぶんひさしぶりだった。
突然だったのに豪華で手をかけた温かい料理にも胸がいっぱいになる。
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
「……それでは失礼するよ。改めて婚約おめでとう。騒がしくてすまなかったね」
邪魔したら悪いからと、ガルシア伯爵が挨拶した後みんな帰ってしまった。
「レアル、部屋に案内するよ」
「先ほど着替えた部屋ではないんですか?」
「あれは客間ではあるが……こっちだ」
バレンティ様の腕につかまって階段をのぼり、すぐ左の扉に入る。
「ここを使ってほしい」
「ありがとうございます。とても素敵な部屋ですね。……ですが、本当にいいのですか?」
ここは家族用のプライベートな部屋に見える。それにさっきの客間よりかなり広い。
「ああ。使用人たちが整えてくれたんだ。みんな、君を歓迎している」
「嬉しい……食事も皆さんと一緒にお話ししながら食べたのもひさしぶりで、すごく楽しかったです。忘れていました」
「これからは二人の時が多くなるが、なるべく話すようにする」
「いえ、その、無理には……話したいことがある時にお話を聞かせてもらえると嬉しいです」
わかった、そう言ってバレンティ様は部屋を案内してくれた。
ソファにテーブル、鏡台に大きなベッド、扉を開けると浴室、衣装部屋まである。
「バレンティ様、この部屋はもしかして……?」
「代々伯爵夫人が使っている。だが、もう何年も使われていなかったから、部屋も喜んでいると思う」
「さすがに恐れ多くて……私は何年も衣装部屋くらいの広さの部屋で暮らしていたので、眠れないかもしれません」
「……天蓋を下ろせばいい」
ベッドの周りに繊細なデザインの布地がたっぷり下がっている。
「わかりました。……そうしてみます。なんだかまだ現実じゃないみたいな気がしています。バレンティ様も突然だったと思うのですけど……?」
「いや、どうかな。レアルが来てくれてよかったと思っているから、夢とは思いたくない」
「バレンティ様は大人ですね。とても落ち着いているから……」
「そんなことはない。俺は!」
少し早口で言うから、ふとバレンティ様を見上げた。
視線が合って、ずっと私のことを見ていたのかも。
「……バレンティ様?」
「話はまた明日にしよう。もしも……万一、いや、大丈夫と思うが、そこの扉は俺の部屋とつながっている。レアルの部屋側から鍵がかかるようになっているが、何か助けが必要な時は声をかけてほしい」
私が未来の伯爵夫人の部屋を使わせてもらうのだから、バレンティ様が隣なのは少し考えればわかることなのに、なんだか少し恥ずかしくなった。
「はい、わかりました……大丈夫と思います」
「侍女を呼ぶから、今夜はゆっくり休むといい。朝食を一緒にとろう」
「はい、わかりました。……おやすみなさい」
「おやすみ」
今日はいろんなことがありすぎた。
本当にお兄様は迎えをよこすのかな。
騒いで大事にしてしまったとしたら、とても申し訳ない。もしかしたらこのまま平穏に半年が過ぎるかも。
疲れているのに頭がはっきりしていてなかなか眠れない。
何度かバレンティ様の部屋とつながる扉を見てしまったのも、向こう側からかすかに動いている物音が聞こえたから。
もしかしたらバレンティ様はこの時間も仕事をしているのかもしれない。
邪魔することはできなくて、眠くなるまで彼の足音を聞いていた。
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