お菓子大好き修道女見習いの伯爵令嬢はコワモテ領主の婚約者になるようです

能登原あめ

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6 ベルニ視点

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「こちらはポルボロンです。小麦粉を黄金色に炒ってから材料と混ぜるので、お口の中でほろほろと崩れます。とてもおいしくて手が止まらないお菓子です。小さな子どもからお年寄りまで大人気です。どうぞ! え、と、これで、説明を終わります。聞いて下さってありがとうございました!」

 修道女見習いのレアルがチャラチャラした文官、エメテリオ伯爵の妹だということは一年前にわかっている。
 去年の販売会でも、彼女はバレンティを恐れることなくキラキラした目で見上げていた。

 バレンティはこの十年、自分のことは後回しにして領地をより良くするために力を注いできた。
 髪もヒゲものびっぱなしなのも、彼に言わせると手入れしている時間が惜しいとのこと。

 後継ぎは俺が結婚したら子どもを寄越せなんて馬鹿なことを言っているけど、そろそろ本気で結婚相手を探してほしい。
 
 二十五歳だと言うのに見た目のせいで老けて見られるし損をしている。
 そりゃ十五歳で伯爵となって若造だと足元を見られることが多かったからわからなくはない。
 
 寝室に女性を贈られて無理やり婚姻を結ばせようとする貴族もいたから、女性不信気味でもある。
 だが、いい相手を見つけたんじゃないか?
 
 今日は無理矢理ヒゲだけでも剃れば良かった。
 目の前には好意的に中身を見てくれる貴重な女の子がいる。この機会を逃すわけにはいかない。
 彼女が修道女になる前になんとか婚約をとりつけたいものだけど。

 バレンティがいつになく楽しそうだし、去年可愛いと言っていたのを聞き逃さなくて良かったと思う。
 あの時は小さな子どもを可愛いと言う感覚だと言っていたが、今年は少し大人びたレアルを見て、改めて恋に落ちたのではないか?
 女の子の成長はものすごく早い。

「どれも美味しい。しいて言うなら……ワインの入ったペスティーニョが好きだ。スパイスがきいてさっぱりしている」

「私も好きです! 端っこを味見するんですけど、いくらだって食べられる、って……えへへ、失礼しました」

 修道院長がいるのを思い出したのか、彼女が明るく笑った。
 本当なら社交界にデビューして人気が出ただろうに、エメテリオ伯爵は金の使い方が下手だったから、やりくりできずに寄付金の少ないこの領地の修道院に入れたに違いない。

 もったいない……だがよかった。
 ただ一つ気になることはある。
 エメテリオ前伯爵夫人が数年前にスキャンダルに巻き込まれていた。
 
 彼女は小児愛好家のパルマ子爵の愛人だった時期があるらしい。
 パルマ子爵が高額の寄付をしているいくつかの孤児院から何人も女の子をつれて帰り、メイドとして雇っていたそうだ。

 子爵家には二十歳以上の女性はいないのだとか。
 ただのメイドではないとわかったのは、揃いの首輪を購入するところを紳士に見られて、メイドにつけると開き直ったり。

 ドレスショップで大人が着るには小さなサイズの下着をいくつも買っているところを噂好きのレディたちに見られたりしたそうだ。

 それが潔癖な王妃殿下の耳に入り、王女に二度と会わせないと宣言されて、彼は社交界から追放されるまでになった。

 エメテリオ前伯爵夫人は娘に害が及ぶ前に別れたそうだが、子爵が貢いだ金を返せと泣きついたという噂も流れたらしい。
 
 その後エメテリオ伯爵がドレスや宝石を売り払ったと聞くから、相当金を使わせたのかもしれない。
 もしかしたら明るく可愛いレアルを手に入れるために、色々プレゼントしていたのかも。
 
 レアルは男を怖がる様子もないし、あの明るさは天然のものにみえる。子爵に手を出されたから修道院に入ったという最悪の想像はしなくて良さそうだ。
 今もエメテリオの姓を名乗っているし、隠さなきゃいけない過去はないと言うことだろう。

「バレンティ様、季節が変わるとお菓子も変わるんです。イースターのドーナツとか、春のいちごジャムとか……夏のレモンを使ったお菓子もさわやかでおいしいです。ぜひ食べてもらいたいです」
 
「あ、あ……また寄らせてもらう」
「はい、ぜひ! この修道院の素晴らしいお菓子のおいしさがもっと広まればいいなっていつも思っています」

 二人の会話が微笑ましい。
 バレンティ、がんばれ。修道院に立ち寄る言い訳ができたぞ。

「……少々問題が起きたようで、失礼いたしますね。すぐに戻りますわ」
 
 修道院長が呼び出されて、俺とバレンティ、レアルの三人だけになった。
 扉はわずかに開けているけど、彼女が男全般を怖がる様子はなさそうに見える。

 どうして修道院を選んだんだろう?
 彼女の姉は金持ちに嫁いでいるから、同じように政略結婚という方法も選べたはずだ。
 気になる。

「レアルは結婚したいと思ったことはないの?」
「ありません。貴族の結婚って大変そうですから。お菓子に囲まれて今の私は幸せです」

 バレンティが固まった。
 代わりに俺が話すしかない。

「お菓子が好きな相手と結婚することもできるだろう? 今より自由で、贅沢ができるんじゃないか? そういう生活に憧れないの? 修道女見習いの間はまだ迷っていいと聞いているけど」

 彼女が困ったように息を吐いた。

「兄も同じことを手紙に書いて送ってくるんです。相手が見つかったから王都に戻って結婚しろって。……でもあと半年で十八歳だから、一人で決められるようになるまでここで隠れていようと思います」

「誰かが連れ戻しに来たら困るんじゃない? お兄さんは誕生日を知っているだろうし。手紙が届いてからどれくらい経つの?」

「最後の手紙は二ヶ月くらい前です。二回言われましたけど……修道院の中まで入って来れないですよね……?」

 レアルが初めて不安そうな顔を見せた。
 
「一ヶ月もあれば王都からここへ来れる。つまり、時間がないな」

 さっきまで黙っていたバレンティが彼女をまっすぐ見て言った。

「まだ神の花嫁ではないから今のレアルの立場は弱い。ここは俺の領地で、レアルは俺の領民だ。こんなに菓子を愛するレアルが望まぬ結婚など許すわけにはいかない。……だから俺の婚約者になればいい。もし迎えが来ても守ってやる」

 理由がめちゃくちゃだけど!
 先に好意を示した方が良かった気がするけど!
 方向性は間違ってないよ、バレンティ‼︎
 
 
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