お菓子大好き修道女見習いの伯爵令嬢はコワモテ領主の婚約者になるようです

能登原あめ

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4 修道院へ

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「レアル、たくさんお土産を買ってくるわ!」

 初めて見るドレスを着たお母様はとてもはしゃいでいた。
 
「よかったな、レアル。あまり顔に出てないが嬉しそうだ。本当に照れ屋だよな。プレゼントはこっそり部屋で身につけて鏡の前で踊っていると聞いているぞ」

 お兄様が適当なことを言いながら私の肩に手を置いて、周りに仲が良さそうな姿を見せつける。

「お兄様ったら……」

 やりすぎだと思って見上げたら、この状況を楽しんでいるのか私の髪をいじり始めた。

「それはそれは……そんな可愛らしい姿も見てみたいものだね」

 子爵様が小声でつぶやいて、お兄様の耳にも届いたみたいで眉がピクリと動いていた。
 
「気をつけて楽しんできてくださいね」
「次の旅行はレアルも一緒だよ。じゃあ、お土産を期待していて」

 子爵様が私の顔をじっとり見て笑った。
 
「あ、りがとうございます。お気をつけて」
「妹のことはまかせてください。では!」
 
 お母様と子爵様が旅行に出発すると、兄は新作の帽子をとりに出かけてしまった。
 計画の最終確認はもうすませてあるから、私たちのおしゃべりの時間もおしまい。今までで一番お兄様と話したと思う。
 
 私はお兄様が出かけている間に必要のないドレスや宝石を買い取ってもらえたから良かった。
 思ったより高額で、その場にお兄様がいたら半分くらい奪われていたかもしれないから。

 お母様たちが旅行に出て二日目の朝、私はアダと一緒に馬車に乗って修道院へ向かった。

 




 

「お嬢様、本当にここまでで大丈夫ですか?」
「門をくぐるだけだもの。ここまで着いてきてくれてありがとう。あなたがいてくれたからあの屋敷でも過ごせたの……気をつけて帰ってね」

「私もお嬢様のおそばにいられて幸せでした。どうかお元気で」
「手紙を出すわ、彼と幸せになってね」

 伯爵家を出て一ヶ月、御者をしてくれたのはアダが結婚する相手。
 伯爵家に戻ったら彼はお兄様の侍従兼御者兼執事となるらしい。
 お兄様が結婚して、家族が増えたらアダも仕事復帰できそう。そうなったらいいなって思う。

「二人きりで帰るって新婚旅行みたいね」

 思わずそう言ったら、二人が顔を見合わせて赤くなる。二人はお互いに大好き同士だから、とてもいい夫婦になりそう。
 
 私はこっそりアダに売らなかったネックレスを渡した。お祝いのお金で渡したかったけど、受け取ってくれないのはわかっていたから。

「レアルお嬢様、どうかお元気で」
「アダもお元気で」
 
 笑顔でお別れした後、私は大きく深呼吸をしてから女子修道院の扉を叩いた。
 ほんのり甘い香りがするのは、今日もお菓子を作っていたのかな。

「エメテリオ伯爵様から手紙をいただいています。十八歳になるまでは見習いですから、成人したら修道女になるか別の道を行くのか決めるように」
「はい、わかりました。これからよろしくお願いします」
 
 建物の中は質素で静かで薄暗くて寒かった。
 でもいやな感じはない。
 修道院長も、ほかの修道女たちも口数は少ないけど私にいろんなことを教えてくれた。
 勉強を教えてもらうこともあって、毎日が充実している。

 ここは穏やかで、率直で、温かい場所。
 お菓子の材料を運んだり、袋に包んだりするだけでもとても楽しい。
 この地では小麦が採れるそうだし、高級品の卵も蜂蜜も手に入る。牛乳も必要なだけ使うことができた。

 それらの材料で作られるお菓子はどれも飽きのこないものばかり。
 くるみのパウンドケーキにアーモンドのクッキー、プリン、それから干した果物で作るおやつ。

 学ぶことがすべて新鮮で楽しい。
 だんだん材料を測ったり、生地を丸めたり、私のできることが増えてきた。
 毎日同じようで、毎日少しずつ変化している。
 
 同じ年頃の子はいなくて、子どもの私が珍しかったのか、みんなよくしてくれて悪い人なんていない。
 お菓子作りは体力が必要だから、小さな揉め事なんて起こしていられないのかもしれない。

 たくさん助けてもらいながら私は静かに修道院で過ごし、色々と仕事を覚えていった。
 
 お菓子の切れ端を余分にもらうことも多かったからか、どんどん私の背が伸びて、高いところも簡単に手が届く。
 小柄な修道女たちの代わりに私が役立つことも増えて嬉しい。
 お菓子について覚えることがとても楽しかった。

 だからかな。
 まだ見習いなのに、いつ頃からか周りに修道院長を目指すように言われた。
 経験豊富な修道女たちまで、私に帳簿のつけ方を覚えるように言う。
 お父様がつけていたから少し覚えていて、計算のお手伝いもすることに。

「修道院は平等な場所だけど、修道女たちをまとめるのは貴族出身なの。何かと教育を受けているから帳簿をつけたり、領主様とやりとりすることもあるわ。あと寄付金の多さも関係しているわね……レアルは伯爵家の生まれでしょう? がんばるのよ」

 寄付金はお兄様が用意してくれた以外にここまでくる間に残った私の所持金も使うところがないから渡した。もしかしたら多いほうだったのかな。
 
「でも私はまだ見習いですし」
「修道院長しか知らないレシピもあるのよ」
「え⁉︎ 本当ですか⁉︎ がんばります! 私、もっともっとがんばります!」

 修道女たちは笑いながらがんばってねと言った。
 私が十七歳になるまで、この修道院はのんびりした場所だった。





 

「今度のお祭りは領主様も見学に来るから、皆様気を引き締めて頑張りましょう」

 修道院長がそう言うと、みんなの体がこわばった。
 領主様はとても大柄でたくましくて、髪もヒゲもモジャモジャしたいかめしい顔をしていて、強くて怖そうだと言う。
 
 普段は華奢な神官のおじいちゃん以外と会うことのない修道女たちは領主様のことを尊敬していても、話しかけられると困るらしい。

「領主様は怖くないのに」

 お兄様はここへ来る前にサクリスタン伯爵領主様のことを流行遅れを着た粗忽そこつな田舎者だって笑っていたけど、私はそうは思わない。
 
 だって昔助けられたことがあるから……。
 この街の人々も穏やかで温かいのは、心優しく強い領主様が住んでいるからじゃないかと思う。

「今年もレアル、あなたが売り子をやればいいわね!」
「そうね、それがいいわ。一番若いし、度胸があるもの!」
「やっぱり若い子のほうが嬉しいものね」

 みんなに言われて頷きかけた時、最近入ってきたばかりのフレチャ伯爵家の令嬢セリアが口を挟んだ。

「私だって十七歳よ。やらせてください!」

 彼女は去年社交界にデビューしたそうだけど、なにか不祥事を起こしたらしく、多額の寄付をして入ってきたそう。
 彼女も見習いなのに次の女子修道院長を狙っていて、静かで穏やかだったこの場所が時々騒がしくなる。
 
 修道院長が祈りの時間以外にも神に祈る姿が増えた気がするし、古くからいる修道女たちはセリアに近づかない。彼女はいつも文句ばかり言っているし、平民と話したくないなんて言う。

「いいでしょう。当日は二人が中心となって売り子をするように」

 修道院長の言葉に私とセリアは元気よく返事をして、ほかのみんなはほっとしたようにため息をついた。
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