お菓子大好き修道女見習いの伯爵令嬢はコワモテ領主の婚約者になるようです

能登原あめ

文字の大きさ
上 下
4 / 20

3 私の家族③

しおりを挟む


 味方のはずのお兄様はこの場にいない。
 旅行なんて行きたくないし、一緒に住むなんて絶対できない。
 修道院の話をして断りたいけど、反対されたら行けなくなってしまいそう。
 すごく言いたいのに言えない。

「デビューの準備の心配をしなくていいんだよ。エメテリオ伯爵はまだ若いからレアルに必要なものがわからないはずだ」

 パルマ子爵様が私を上から下まで眺めて唇を舌でペロリと舐めた。
 ぞぞっとしてお母様の方をみると、私を見てただニコニコしている。子爵様がおかしいことに気づいていないみたい。

「でも……」
「レアル、せっかくだから、まずは一緒に旅行しましょうよ!」

 どうしよう。
 行きたくない。

「お兄様が独りになってかわいそうだわ。……旅行は二人で楽しんで。その間私もお兄様とおしゃべりしたいの」

「レアルは優しいのね……温泉に連れて行ってあげたかったのだけど、うーん……」

 お兄様はこの先独りぼっちだからってつぶやいたらお母様がため息をついた。

「子爵様、しかたないわ。息子はレアルのことを可愛がっているもの、兄妹で過ごせるのも最後よね。旅行から帰ったら一緒に暮らしましょう」

「今回の旅行は急に決めたからしかたないか。急で悪かったね、次は一緒に行こう。レアルに初めての場所、経験をさせてあげたいんだ。世界は広いよ。それにちゃんとしたドレスも仕立ててあげたい」
「まぁ⁉︎ 娘にだけですの? 私も欲しいわ」
 
「……もちろん、君の分も。ただ、レアルはお下がりばかりだろう? 女の子は着飾ったほうが可愛いからね」
「子爵様、娘のことまでありがとうございます」
 
 二人が楽しそうにこれからのことを立てている。

「それじゃあ、旅行の前に買い物に行きたかったら着替えておいで」
「そうさせていただくわ! レアル、お茶の相手を頼んだわよ」
「……はい、わかりました」

 お母様、早く戻ってきて。

「新しいお茶のセットを持ってきてくれるかい? レアルに入れてもらいたいんだ。練習になるだろう? テラスがいいかな」
「……かしこまりました。テラスにお持ちします」

 控えていたアダがこっちを心配そうに見てから出て行った。
 二人きりになんてなりたくないのに。
 でもテラスは外からも見えるから変なことをするはずがない。

「支度に時間がかかるだろうから、外を眺めながらお茶にしよう」
「はい、わかりました」

 立ち上がると子爵が私に手を差し出した。

「小さなレディ、行こうか」

 手なんてとりたくないけれど、子爵様が手袋をしていたから指先に乗せた。

「奥ゆかしい子だ。こうして歩くのもエスコートされる練習だと思えばいい。私がレアルを立派なレディに育ててあげよう」

 ぞわぞわして答えられないでいると、子爵様が私の手をしっかり握り、耳元でささやいた。

「男のあしらい方も教えてあげなきゃいけないね」

 思わず足が止まる。

「レアル、可愛い子だね。育てがいがあるよ……さあ、行こう」
「……はい」

 ご機嫌な子爵様は旅行の計画を話して、私の気をひこうとした。どんなに魅力的なことを言われても一緒に行きたいとは思わない。

 テラスに着いた時にはアダが待機していて心強かった。人目があるから変なことはしないはず。

「素敵な場所だ。さぁ、お茶を淹れてみてくれるかい?」
「……はい、わかりました」

 このテラスはお父様が好きな場所で、よくお茶につき合ってきた。
 淹れ方はお父様流で、まだちゃんと習っていないからアダの淹れ方を思い出す。

 お母様は屋敷でお茶を飲むよりティールームに行くことが好きだからお茶を淹れるところを見たことがない。

「……少し優雅さに欠けるが、味はいいね。しっかりしたマナーの先生をつけてあげよう。私好みの完璧なレディに君はなるんだ」

 その言葉に驚いて、私の持っていたティーカップがソーサーにあたってカチャンと音を立てた。

「ほら、気を抜いてはいけないよ。完璧なレディはそんなことはしないからね」
「ごめんなさい」
「まず、お茶というのはね……」

 子爵のマナー講座を時々頷きながらぼんやり聞いていたら、ようやくお母様が現れた。  
 心からほっとする。

「お待たせしたわね。さぁ、出かけましょう!」
「お茶をどうだい?」
「またにするわ。今から行けばティールームのおいしいケーキが食べられるもの。急ぎましょう!」
 
 お母様は化粧も髪型もさっきとは違う。
 最初からティールームに行くつもりでいたみたい。
 私もここで何時間もお茶につき合うのはもう嫌だから、お母様にさっさと連れ出して欲しいと思った。

「せっかちだな。しかし、これほど美しいレディをティールームに連れて行かないのは罪だね。ではね小さなレディ、またね」
「はい」

 子爵様は小声でいい子にしているんだよ、今度連れて行ってあげるからと言ったけれど、私は聞こえないふりをした。
 




 
 
「お帰りなさい、お兄様」
「……ただいま、レアル」

 お兄様が仕事から帰ってきて、私は駆け寄った。
 いつも出迎えることなんてしなかったからすごく驚いていたけど、気にしていられない。

「なんだ? 母様には言ってないぞ」
「そうじゃないの、お母様が子爵様と旅行に行くことになったのだけど、戻ってきたら私もパルマ子爵家で暮らそうって。そんなのいや。早く修道院に行きたいの」

「子爵家のほうが贅沢はできるぞ? 社交界にデビューさせてもらえるだろう……母様と別れなければ。長続きするかなぁ、気まぐれだから」

 お兄様も気づいていたんだ。
 貴族の結婚って幸せにならないのかな。
 私には貴族社会で生きていくのはややこしい。

「子爵様が『私好みの完璧なレディにする』って言うから気持ち悪いの。ほかにも『男のあしらい方を教える』って。ベタベタ触ってくるし……一日も早く修道院に行きたい」

「あー……なるほど。そういうことか。向こうは子爵でこっちは伯爵だ、任せておけ。それで母様たちは旅行はどこへ?」

 有名な温泉地の名前を上げると、お兄様がにやりと笑った。
 
「修道院に手紙は送っておいたから、二人が旅行中に修道院へ向かうといい。反対方向だし、そのまま会うことはないだろう。どのくらいの期間か聞いているか?」

 私が六週間ほど温泉地で過ごすらしいと答えると、兄が頭の中でなにか計算しているようだった。
 
「それなら十分時間があるな。向こうに着いたら俺と母様に手紙は出してくれ。子爵には旅行中、レアルのために散財してもらわないとな。言わなくても母様がお土産を買わせてくるはずだが、俺からも頼んでおく」

 お兄様の意地の悪い顔が頼もしくみえた。

「寄付金は出してやる。代わりに母様がレアルのために買ってくるものは俺がもらって相殺だ。換金する手間賃があるからな」
「うん、わかった」

 やっぱりお兄様はお兄様のままだけど、私は気づいたら笑っていた。

 

 
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。

当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。 しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。 最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。 それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。 婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。 だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。 これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

処理中です...