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1 私の家族①
しおりを挟む七つ年上の姉は私の憧れだった。
いつもおしゃれで着飾るのが大好きで、明るくて私に優しい。
十歳上の兄はいつもヒラヒラした服を着て鏡の前にいることが多くて、私たちと話すより友人とどこかへ出かけてしまう。
着飾ってパーティーに行くことが大好きみたい。
領地を持たない私たちエメテリオス伯爵家は代々文官の家系で年中王都暮らし。
貧しいと思ったことはなくて、逆に兄と姉、母がキラキラしたものを身につけているからお金は十分あるのだと思っていた。
九歳の私は父の従兄弟の領地へ年に一度旅行に行くのが一番の楽しみで、いつまでもこの生活が続くのだと思っていたのに――。
「レアル、私結婚するからこの家を出ていくわ」
十六歳の姉がそう決めたのは、三ヶ月前に父が急死したため。
働き過ぎだと、葬儀に訪れた人たちが言っていた。
「お兄様の稼ぎだけでは暮らしていけないのよ。私は今まで通り生活したいし、お金のない暮らしなんて嫌。あと二年は花嫁見習いとして婚約者の扱いだけど、贅沢させてくれるって」
今年デビューしたお姉様にはいくつか縁談が届いていたけど、嬉しそうじゃなかった。
私が知らない間に恋していたのかな。
「お姉様は、結婚相手を好きなの?」
「まさか! 貴族の結婚は契約なの。絵本みたいに王子様なんて現れないのよ。レアルもあと数年したら誰か知らない人と結婚するの」
「知らない人?」
「そう、知ってるかもしれないし、初めて会うかもしれない。お金持ちを選ぶのよ」
私の侍女のアダは恋人がいて、もうすぐ結婚すると聞いているけど幸せそうにみえる。
ほかにも古くからいる料理長は侍女長に一目惚れして結婚したらしい。
恋して両思いになって結婚するって本にも書いてあったのに。
「貴族はみんなそうなの?」
「ほとんどそうよ。お母様もお祖父様に決められたって」
私もいつか結婚する時は好きな人とするんだって思っていた。
でもそんな日は来ないみたい。
平民だったら自由に結婚できたのかな。
「私、結婚したくない。お姉様について行ってはいけないの?」
「さすがに九つで私の侍女にするわけにいかないわ。結婚しないなら仕事をするか修道女になるかだけど……修道院なんて辛気臭いところで生活できないわよ」
お父様が亡くなって、その数ヶ月後にはお姉様も出て行ってしまった。
お兄様の稼ぎとお父様が遺したお金では今までのように暮らせないからと使用人たちも減らされて毎日薄いスープと黒パンを食べる。
お姉様がドレスを私に残してくれたから直して着ることになって、お母様がよかったわと笑顔になった。
私は同じくらいの歳の子たちより少し背が高いから、お直しの上手な侍女のおかげでデイドレスを着ることができる。
だけどお兄様は新しい服を仕立てているし、お母様も見たことのないアクセサリーをつけている。
お母様の友だちの子爵様が仲良くすると買ってくれるのだって。
私にも欲しいものをねだったらいいって言われたけど宝石もドレスも興味がなくて、お菓子と言ったら笑われてしまった。
「まぁ、この子ったらまだまだ子どもね」
「可愛いじゃないか」
彼はパルマ子爵と言って、お母様より少し若い。
私の髪を撫でて、異国式の挨拶だと言って頬をくっつけて笑っているのが気持ち悪かった。
「まぁ、本当に子どもが好きなのね」
「それはあなたの子どもだからだよ、マダム」
お母様と子爵様は部屋に閉じこもることもあるけど、よくパーティーに出かけている。
彼は時々屋敷にやって来て、お母様が見ていないところで手を握ったり、私を抱きしめてきたり……ぞわぞわしてしまう。
それでも近くに私の侍女のアダが控えていて、よく助けてくれた。
「私はあと少しで辞めることになっていますから……心配ですわ」
私が十歳になったからもう専属の侍女は必要ないとお兄様に言われてしまった。
侍女が結婚するからちょうどいいタイミングだって。
「お姉様の侍女にしてもらうにはせめてあと四年は我慢しないといけないの、あの人が近くにくると怖い。ずっと部屋にいちゃだめかな」
「……レアルお嬢様は伯爵家の生まれですから、王宮の侍女も目指せると思いますよ。もう一つ別の道もありますが……」
いつも明るい侍女が言うかどうか迷っているみたい。
「言って。教えてほしいの」
「……私の故郷の女子修道院は入る時に寄付金がほとんどいらないんです。その……お菓子を作って販売しているので」
「お菓子を作っているの⁉︎ どこ? 行きたいわ! そこに入りたい」
「そう言うと思いました。修道女は神様と結婚することになるんです。十八歳までは見習いですけど……」
王都の修道院に入るためにはものすごい寄付金が必要で私には用意できない。
でもその修道院ならお姉様のドレスやこっそりもらった宝石を売ったら入れる。
「奥様に知られたら反対されるかもしれません。先に伯爵様を味方になっていただくほうがいいですよ」
「そうするわ! 私、結婚するよりお菓子が食べたい」
「レアルお嬢様、お菓子は作って売るんですよ。多分、食べられないと思います」
「それでもいい。この屋敷にいるより私は幸せだと思うの! 知らない人と結婚するより神様のほうが怖くない」
久しぶりに明るい気持ちになれて、私はぐっすり眠ることができた。
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