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13 ボールガールは考えた⑤
しおりを挟む「お二人とも、早く出発した方がよさそうですわ。ここで馬を替えることになっていますから、今から向かえば暗くなる前に山を越えられるでしょう。兄が麓の宿をとっているとのことなので、今夜はそちらでお休みください。もう二度とお会いすることはないでしょうね。それではお二人とも隣国でお幸せに……餞別にこちらをどうぞ。特別に用意しましたわ」
綺麗な装飾が施された箱は可愛らしくリボンがかけられている。
宝飾品か?
最後と言いながら金品を用意してくれるなんて、やはりまだ俺に想いが残っているのではないか?
セゴレーヌがひったくるように受け取った。
「さようなら、二度と戻ってこないわよ、こんなところ! お前達も、二度と顔を見せるんじゃないよ! さあ、ボールガール、行きましょう」
「……もうやり直せないのか」
たくさんの男の影がちらついていても、彼女は美しく魅力的だった。
俺が塗り替えればいいんじゃないか?
いつかきっと再び俺のことを好きになるはず……。
俺の言葉に彼女がゆっくり立ち上がる。
大きくふくらんだお腹に目が吸い寄せられてギョッとした。
「無理ですわ。あと数ヶ月もしたら産まれますの。……なにかと相性がいいみたいですわ」
含みのある言い方に、彼女と会っていなかった数年間が実に、実に悔やまれる。
アルシェが彼女を支え、子供を抱えたダミアンが隣に立った。
昔の彼女は太っていたが初々しくて純粋だったのに。
もっと優しくすればよかった。
そうすれば俺は全てを手に入れることができたのに。
今の美しい彼女は熱のこもった目で俺を見ない。
むしろ……。
「さようなら」
「……さようなら」
セゴレーヌに引きづられるようにして歩き出した俺の耳に、俺を巻き込むなという呟きが聞こえた気がしたが、またしても意味がわからなかった。
ただ、かすかに彼女の柔らかい笑い声が聞こえた。
山の麓の宿は料理はまあまあ良い。
しかし食堂の真横の部屋で、夜遅くまでうるさいし風呂は水しか出なかった。
色々なことを忘れたくてセゴレーヌの寝台に潜り込んだが、このところの心労のせいか全く元気にならない。
「今日はいろんなことがあったわ。明日も早いし眠りましょう?」
面倒くさそうな態度をとられるとこっちだってやる気がなくなる。
それに相手はお婆さんだから仕方ない。
俺のせいじゃない。
きっと疲れ過ぎたんだな。
美女となら、きっと大丈夫だ……。
「あぁ、おやすみ」
朝、御者が二階から降りてきて、おはようございますとにこやかに挨拶した。
まさか俺達より上の階に泊まっていたのか?
訊ねる前にセゴレーヌが朝食はいらない、匂いだけでお腹いっぱいで吐き気がすると騒ぎ出す。
「では、昼食を包んでもらって出発しますか?」
「ああ、よろしく頼む」
腹を空かせたまま馬車に乗った。
「すぐに国を越えますので、急げば夕方前には大きな街に着きます。小用の時だけ止まりますので好きな時に食事にして下さると助かります」
御者の言葉に頷く。
最新式のこの馬車は普通のものの二倍は速い。
彼に任せておけば間違いないだろう。
頃合いを見て昼食の包みを開ける。
「なんだこれは! どういうことだ!」
人参と林檎に、セロリだと……?
御者に声をかけると、どうやら宿で手違いがあったらしい。
これは馬のために用意されたものだろう。
「すみません。私はもう口をつけてしまいまして……そちらも生で食べられるものですから……」
この先にしばらく村などはないらしい。
申し訳なさそうな御者の顔に、セゴレーヌがため息をつく。
「仕方ないわね! 夜は豪華なものを食べましょう! 私は林檎にするからあなたは野菜ね」
馬車で酔ってしまったセゴレーヌはそれで足りるかもしれないが……。
仕方なく野菜で空腹をしのぎ、豪華な異国の晩餐を夢見た。
森を抜け街に入り、華やかな通りから一本外れたところにあるこじんまりした小綺麗な宿に決める。
ここがいいとピンときた。
御者は何か言いたげだったがそんなことは構わない。
貴族が泊まるにはやや庶民向けだが、家が決まるまでは出費は抑えたい。
宿屋でとりあえず一週間分の宿代を払い、手続きをしている間に御者の手で宿屋の前に全ての荷物を降ろされ、そのまま彼は何も言わずに立ち去ってしまった。
礼儀のなっていない男だ!
文句を言ってやりたいが二度と会うことはないし、チップを渡さなくて済んだから結果的によかった。
宿屋の従業員に手伝ってもらって、それらを部屋に運び込む。
さらに手間賃を取られてしまい、手持ちの金はわずかしかない。
あの荷物はなんだ、夜逃げかとジロジロみられて恥ずかしかったが気にしていられなかった。
部屋に運び込むと、持ってきた時より荷物が減っている気がするのは目を離した隙に盗まれたのか?
もしかしたらこの辺りは思ったより治安が良くないのかもしれない……。
「……ボールガール、私の宝石箱がない! 母が大事にしていたネックレスだったのに‼︎ まさか、盗まれた⁉︎」
ああ、やっぱり。
小さな部屋に荷物を運び込んだから、確認するのも大変だ。
しばらく不自由だがしかたない。
結局宝石箱は見つからなかったが、小切手もある。
セゴレーヌの母親から結婚する時にくすねたネックレスだそうだから、盗まれてもしかたないかもしれない。
もともと彼女が持つものじゃなかったんだろう。
突然、セゴレーヌが浮かれた声を上げた。
「そうだわ! これこれ! きっと餞別って宝石かしらね? ずっしり重くて箱も小さいもの!」
餞別に渡された小箱のリボンを、引っ張って箱を開ける。
「嘘でしょ⁉︎」
箱の中にはナッツの砂糖がけ。
「最低! 期待させておいて、酷い女ね!」
「悪気はないんだろう……」
ついつい弁護してしまった俺の口の中へ、セゴレーヌが大きな塊を押し込んだ。
「んぐぅ……っ!」
口の中に刺さり、息が止まるかと思った。
その後腹をすかせて部屋を出ると食堂が閉まったと知り、もう夜は外に出ないほうがいいと他の泊まり客から声をかけられる。
腹が空きすぎたセゴレーヌが、怒り狂いながらナッツの砂糖がけを食べ尽くした。
「……今夜は早く寝よう」
「部屋の風呂が水しか出ないなんて、壊れているわ! 明日には別の宿に行きましょう。こんなところ嫌よ」
「一週間分支払っているんだ」
「それなら部屋を変えてもらわなきゃ!」
宿の従業員が湯に浸かりたければ別料金になるといい、手元のお金ではわずかに足りない。
近くに大衆浴場があるが、午後からだと教えてもらった。
先行きが不安になる。
翌日銀行で小切手が換金できないと言われて、あやしげな仕事を紹介され更なる地獄へ堕ちるのだった。
******
お読みくださりありがとうございます。
ざまぁが足りない方向けに次回この続きのおまけがあります。
読まなくても話は通じますので、
もう十分な方は迷わず次次回へお進みくださいませ。
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