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22 恋を失った代わりに手に入れたもの (終)
しおりを挟むボールガールとセゴレーヌが慌ただしく去った後、私は再び椅子に腰かけて二人に声をかけた。
「フェラン様達を呼んでお茶を淹れなおしましょうか」
複雑な顔をしたダミアンが、あの二人勘違いしたまま行っちゃったなぁとつぶやく。
「ごめんなさい、ダミアン」
「いや、いいよ。俺だって来月結婚するから、二人に負けないくらい幸せになるよ」
ダミアンは学校で知り合った街に住む女の子と長くつき合っていた。
貴族という身分は合わないのだと養子の話が出ても断り、街で仕事を探そうか迷っていた時期もあった。
今はフェラン様の元でしごかれながら、ゆくゆくは工場長を目指すらしい。
土砂崩れの影響はほとんどなかったものの、いい機会だからと工場を大きくした。
その費用は二年とかからず回収できそう。
「あいつらが帰って来ないか、俺がここに残って見張るよ。ウードにも懐かれているしな」
ダミアンはとても子供に好かれる。
今だって、長男が大人しく抱かれて眠っているから。
長男が生まれた後ウードはすぐにフェラン様の養子となった。
「ありがとう。……子供達が成人するまではここにいると思うよ」
アルシェがそう言うと明るく笑った。
「それは心強い。……じゃあ、フェラン様達を呼んでくる」
残された私達はお互いを見つめ合う。
「私、性格悪いわね」
「全然、そう思わなかった」
「……もっと、性悪な女を演じてもよかった?」
「演じるだけなら」
今さらやり直そうだなんて、本当に虫が良すぎる。
「アルシェは彼らが戻ってくると思う?」
「……どうかな? 御者が戻ったら話を聞いてみよう」
フェラン様とウードを連れてダミアンが戻った。
結局、顔を合わせることなく立ち去ったボールガールに対して仕方ないと力なく笑う。
ウードがいるからそれ以上踏み込んだ話はしなかったけど、血のつながった息子だから思うところはあるかもしれない。
それから隣国から戻ったくたびれた様子の御者に、話を聞いた。
「街の元締めが経営する宿に泊まるというので、荷物を降ろして逃げてきました。きっと、財産の全てを奪われるでしょうね……。いきなり大通りから外れろと言うので悪い奴が現れないかと冷や冷やしましたよ」
無事に戻って来れたので子爵様には楽しい話を伝えることができますが、なんて笑っていた。
「子爵はきっと大笑いするだろうね」
アルシェも楽しそうに言う。
王制ではなくなって二十年と経っていない若い国だから、しっかり統制がとれてないのかも。
王都のように大通りから一本外れたら名店があるわけではないらしい。
なんだかちょっと物騒。
この国から自由を求めて向かう者達も多く、帰って来たという話がないのは楽園だからというより闇の部分に触れてしまった人が多いのかも。
きっと成功している人はごくわずかなのだわ。
御者の話を聞きながら、そう思った。
「急いで戻らなくていいのでしょう? ここで疲れを完全に癒してから戻ったらどう?」
「ありがとうございます。ですが、子爵様にとてもいい部屋を用意していただいたので、それほど疲れていません。早く帰って話したくてうずうずしています」
そんな御者を一晩泊まらせて、一週間も経たずに兄から手紙が届いた。
伯爵家の屋敷が適正な価格で売れたから、兄が立て替えた小切手代を差し引いていつでも渡す準備ができているとのこと。
そのうち息子が王都の好きなところに建てられるようにしっかり貯めておかなければ。
ダミアンの結婚式のすぐ後に私は娘を産んだ。
予定より早く、長男より小柄な子。
「私達が楽しそうに暮らしているから、早く出てきたかったのかもしれないわね」
アルシェが頷いて、私の頬に口づけを落とす。
一人目の時もそうだったけれど、無言なのは話すと泣きそうになるからかもしれない。
歳の差なんて気にしていないけど、彼は私の前で頼れる大人の男でいたいみたい。
そんな彼が愛おしい。
「アルシェもここで休んでいったら? 寝ていないのでしょう?」
「大丈夫。ミレイユこそ休める時に休んでほしい」
「……そばにいて欲しいの」
すでに医者は帰った後だし気を利かせた使用人達はすでに部屋から出ている。
それについさっき娘はゆりかごで眠りについたばかり。
「少しだけでいいから、お願い」
アルシェが横になって、そっと私を引き寄せた。
彼に抱きしめられると安心する。
青白い顔に手を伸ばし、目の下のクマに触れた。
「目を閉じるだけでいいから」
「ミレイユ」
ほんの少し困ったような顔をするから、そっと唇を奪う。
「きっと、私達……あの子の泣き声で目を覚ますから」
「そうだね」
お互いの額をつけて見つめ合い、笑みを浮かべた。
私が柔らかい彼の髪を撫でているうちにアルシェの瞬きが多くなって、すう、と寝息が聞こえる。
愛する夫とともに過ごす、何気ない日常の幸せ。
あの恋を終えることができなかったら、手に入れることができなかった。
「ありがとう、アルシェ」
目覚めた時にこの温もりに包まれていたくて、彼の背中に腕を回す。
眠る彼の心音を聴きながら、目を閉じた。
終
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最後までおつきあいくださりありがとうございました。
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