私が恋した夫は、愛を返してくれませんでした

能登原あめ

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20 夢のような ※微

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「……綺麗ですね」

 鏡越しにアルシェと見つめ合う。
 
「いつ、入ってきたの……?」
「今です。……扉がないから気づきませんでしたか?」

 二人の部屋をつなぐ扉はなく、カーテンが吊り下げられているだけだった。
 もともとフェラン様の両親が使われていた部屋だそうで、当時の流行りの造りらしい。
 家具もカーテンも壁紙もすべて新しくなっていて、この空間にもそわそわしてしまう。

「アルシェ……」

 名前を呼ぶと後ろからそっと抱きしめられた。
 鏡越しに目が合うのも恥ずかしくて胸がどきどきして体温が上がる。
 
「ミレイユ、怖がらないで下さい。一緒に進めましょう」
「はい……その、名前を呼ばれるのが嬉しい。もう、そんなふうにかしこまった話し方をしないで……」

 アルシェが困ったように笑う。

「なるべく言葉は気をつけるけど、難しいかもしれません。……名前を呼ぶのもドキドキしているから」
「それでもいい……私達の間に距離を置かなければ……」

 彼に手を引かれて向かい合わせになる。
 真摯な眼差しに私は釘づけになった。

「僕はもう離れません。ミレイユ、今夜はあなたに一番近づかせてください」

 そう言った後で顔を真っ赤にするから、私もつられて赤くなる。
 
「ミレイユ様、ごめんなさい。僕、何を言ってるのかな……今、すごく緊張してます」
「あなただけじゃないわ。……私も」

 思わずお互いに微笑み合って、ほんの少し肩の力が抜けた。

「嫌だったら遠慮しないで言って……」
「わかったわ、アルシェ」
「掴まって」
「……っ!」

 私を縦抱きにしてゆっくり寝台へと運ぶ。
 細身でも危なげなく私を抱える力があるのは、やっぱり男の人だからかもしれない。
 呼吸が大きく響いて恥ずかしくなって、ぎゅっとしがみついた。

「好きです」

 耳元で吐息まじりにささやかれて、私もと答えたけれど胸がもっと苦しい。
 ゆっくりと寝台に下されて、アルシェが上からのぞき込み、そっと顔を近づけた。

 目を閉じて彼を待つ。
 アルシェの口づけも好き。
 大事にされているのが伝わるから。

「……アルシェ」

 少し強く押しつけられた唇は、少し乾いていて緊張しているのかもしれない。
 おずおずと彼の背中に腕を回して、抱きしめる。
 私より高い体温がこんなに心地よいなんて知らなかった。

「ミレイユ様……あなたに触れるのは愛しすぎて、つらい」
「つらい? このまま眠る……?」

 私はそのほうがアルシェに幻滅されないですむし、あの痛みを感じなくてすむからいいけど。

「それは、いやだ」

 少し子供っぽい言い方に、目を丸くする。
 
「触れたいんです。でも、少し怖い」

 男の人でも初めては怖いものなのかもしれない。
 愛おしさで胸がいっぱいになった。

「アルシェ、口づけして」
「ミレイユ……愛しています」

 唇を重ね、それから啄まれ、熱い舌が忍び込んで私の口内をじっくり辿る。
 歯列をなぞられたり、逃げ惑う舌を絡めとられたりして呼吸もままならない。

「……ん」

 苦しくて、でも求められるのが嬉しくて、身体が熱くなった。
 背中が汗ばみ、目元が潤んでくるのはどうしてだろう。
 
「綺麗ですね」

 顔を上げて私の寝衣をじっと眺めた。
 アルシェの視線に落ち着かなくなる。

「いつもこんなものを?」
「……違うわ。私達の初めての夜だから、アルシェに喜んでもらいたかったの……おかしい?」

 不安になった私に、アルシェが首を横に振る。

「……僕のため? 嬉しい……」

 本当に嬉しそうな笑顔を浮かべるから、なんだか泣きたくなった。

「ミレイユ?」
「……アルシェ、私……あなたと結婚できてよかった……」
「…………」

 黙ったまま私を抱きしめて頭を撫でる。
 泣きたくなんてないのに、アルシェが優しすぎて。
 
「好き」
「僕も好き」

 アルシェか私かわからないけれど、少し速い心音を聞いているうちにほんの少しだけ落ち着いた。
 背中に回した手を上下に撫でる。

「……続けていいですか?」
「うん」

 顔を上げたアルシェの目が赤い。
 どうして、泣きそうになっているのと思う。

「今、すごく幸せです」
「私も……」

 また言葉が戻っていると思ったけれど、それもアルシェらしい。
 幸せで胸がいっぱいで私も言葉が出ないでいると、彼が寝衣の上から何かを確かめるように身体をなぞった。

「もしかしたら、その辺で売っている人形のほうが丈夫かもしれない」

 人形と比べられて困惑する私に、訳のわからないことばかり口走ってごめんなさい、とアルシェもあいまいに笑った。
 
「脱がせていいですか?」
「……はい」

 そう答えたけれど、素肌を晒すのは恥ずかしい。
 すうっと寝衣のリボンを引いた後、アルシェがごくりと唾を飲んだ。
 臍のあたりにそっと手を置き、その熱がじんわりと私に伝わった後でゆっくりと上に向かう。

「とてもきれい」

 胸を覆い、指の腹で膨らみを撫でる。
 そのまま先端の周りをくるりと辿ってから先端をそっと摘まれた。

「あ……っ」

 お腹の中が痺れるような思いがけない刺激に声を漏らす。

「ここ、触られるの好きですか?」
「……わからないわ。初めて触れられたから……」

 一瞬固まったように見えたアルシェが身体を倒して先端を口に含み、吸い上げた。

「アルシェ……!」
 
 彼の肩に手を押し当てるけれど、やめさせるどころか舌で転がしたり弾いたりするから自分から身体を押しつけるみたいに寝台から背中が浮く。

「……嫌じゃなかったら続けさせてください」
 
 嫌ではない、けれど。
 息が上がって恥ずかしい声をあげてしまうから。
 じっと見つめるとアルシェも見つめ返してくるから、小さく頷いた。

「可愛い、ミレイユ」

 アルシェの探究心が旺盛なのは、初めてゆえなのか。
 反対側の胸も同様に口に含み、私に絶えず甘い刺激を与え続けた。
 
「アル、シェ……、あ……っ」

 考えることを放棄した私の全身を愛おしむように口づけを落とす。

「噛みついたら、痛いかな」
 
 足首を舌でぺろりと舐めてから、甘噛みするからこれまで感じたことのない感覚に驚いた。
 それに膝の裏はくすぐったくて、腿まで辿られると恥ずかしさに囚われる。

「アルシェ……、噛まないで」
「うん、痛くしないように気をつけるから……」

 下生えを優しく撫でてから、顔を寄せた。
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