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19 夢かもしれない

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 夢をみているみたい。
 アルシェが私を好きだと、愛していると言った。
 
 欠陥だらけの私を丸ごと受け入れる、そう言って片膝をついて愛を乞われるなんて、恋愛小説みたいで私は胸が痛くて苦しくなった。

 アルシェのことはダミアンと同じように好きだったのに、いつから気持ちが変わってきたのだろう。
 兄と連絡を取るためにアルシェに協力してもらうようになって、二人でいる時間が増えたからかもしれない。

 ずっとあの人だけを見つめてきたから、アルシェの視線に気づいたのは領地に来て落ち着いた頃だった。
 目が合うと優しく微笑むし、気がつくと見つめられていて。

『ミレイユ様、こちらをどうぞ』

 眠れない夜にはなぜかお茶を届けてくれたり、寒さの厳しい時は温石を用意してくれたり、優しい心遣いが嬉しかった。
 一緒にいる時間が長かったから、アルシェは私のことを私以上にわかっているみたい。

 特に領地に来てから何気ない態度で心を配ってくれるから、私は少しずつ癒されて。
 好きだと気づくのは早かったけれど、ずっとこのままだと思っていた。
 
 アルシェは私を慕ってくれていたけど、ダミアンみたいに家族のように思ってくれているだけで、それ以上の意味はないのだと何度も心に言い聞かせる。

 それでも二人で過ごす時間が楽しくて、いつの間にかアルシェのことを考える時間が増えた。
 昔のように夢見ることはなかったけれど。

 だから今、好きな人との結婚が決まって嬉しい。
 でも、アルシェは本当に私でいいのかと不安になる。
 みんなには祝福されたけど、私は夫婦の営みが楽しめない。

 今では三人の子育てに追われている従姉によいものだと聞いていた。
 王都にいた頃の茶会ではみんなあけすけに楽しんでいる話をしていたし、エナン伯爵は床上手よね、なんて言われていたから。
 あの人に関してはポーラの言い分の方が正しいと思うようになったけれど。

 アルシェと結婚の話がなくなるのは嫌だったけれど、思い切って打ち明けた。
 いつの日か、彼から冷たい目を向けられるのが嫌だったから。
 人の気持ちは変わるもの、それなら早いうちがいい――。

「……口づけしても、いいですか?」

 私の決心はあっさり覆された。
 アルシェは全く経験がないと言ったけど、私に触れる指も唇もとても優しかった。

 口づけが初めてなのだと打ち明けると、さっきよりも深くて丁寧な口づけを受けて――。
 アルシェの熱が愛おしくて、胸がいっぱいになる。
 
 初めての恋は勘違いしてしまったのかもしれない。
 あの人を理想の相手だと勝手な想像をして思い込んで、振り向いて欲しくて執着した。

 一方通行の想いは苦しかった。
 だけど今はあの時とは違う。

「アルシェ……」

 名前を呼ぶだけで、私を見つめて微笑んでくれる。
 
「ミレイユ様」

 好きな人に愛を込めて名前を呼んでもらえるのは、なんて幸せなんだろう。
 早く彼と対等な関係になって名前を呼んでもらいたい。
 
 







 二度目の結婚式は秘めやかに執り行われた。
 領地にやってきているという太った若奥様は噂のままベールに包まれていて、そのままにしている。
 フェラン様の確かな存在感があるからこそ、注目されないのかもしれない。

 私とアルシェは屋敷で働く者と思われているから、使用人達にも真実は伏せておくように伝えている。
 そのほうが気兼ねなく出かけることができて楽しいし、領民の様子がよくわかるから都合が良かった。
 
 式の参加者も最小限で、お兄様とダミアン、ウードを抱えたフェラン様のみ。
 シンプルなドレスはアルシェの好みを取り入れた。
 
「……幸せにな」
「はい、お兄様。色々とありがとうございます」

 久しぶりに会った兄はほっとしたように笑った。
 普段より豪華で好きなものが並んだ晩餐も、胸がいっぱいで喉を通らない。

 隣を見れば、アルシェが私のことを愛おしそうに見つめてくれる。
 すべてが夢みたい。

 一番最初に改装された部屋はアルシェと私の過ごす部屋。
 ゆくゆくはこの屋敷を出ていく身なのに申し訳なかったけれど、この領地が栄えているのは子爵家からの援助があったからで、私達が出て行った後は次の領主がまた改装すればいいとフェラン様に言われた。

 広くて大きな屋敷だし先に東側の部屋から終わらせるとのことで、ダミアンやウードはすでに西側の仮の部屋に移っていた。
 今夜は私達しかいないみたい。

 湯浴みをして髪と肌の手入れをしてもらううちに緊張が増す。
 新しい寝衣は、こっそり訪れた店で店員に勧められたものを二着買った。

 扇情的なものも慎み深いものも、あの人を思い出すものは選びたくない。
 人気のあるものの中からアルシェが喜んでくれそうな控えめで可愛らしいものと、店員がおすすめしてくれたものを選んだ。

 それらを目の前にして、どちらを着たらいいか悩んだ末に、アルシェのために選んだ一枚にした。
 きっと喜んでくれると思うのに、不安な思いが募っていく。
 侍女達が下がり、ぼんやりと鏡を見つめた。

 昔と違ってずいぶん痩せたと思う。
 アルシェは私の外見について傷つくようなことは今までに一度も言ったことはない。

 それほど悪い見た目ではないと思う。
 痩せたことで腫れぼったい顔はすっきりして、思ったよりも目が大きいことに気づいた。

 これまで顔の大きさを目立たせるだけだと思っていた広がりやすい地味な茶色の髪は、丁寧に手入れされて小さな顔を縁取るように美しく波打っている。

 もっと自信を持っていいのだと、目を閉じて深呼吸した。
 落ち着くまでそうしてから、ゆっくりと目を開ける。
 そこには一人の美しい女と、金色の髪をした整った顔の細身の男が映っていた。
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