私が恋した夫は、愛を返してくれませんでした

能登原あめ

文字の大きさ
上 下
19 / 23

18 伝える想い

しおりを挟む

             side アルシェ


「二人でちゃんと話し合いなさい。私はここで大家族を形成したいものだがね」

 フェラン様はそう言って、僕を置き去りにした。
 テラスで話すなんて、誰に聞かれてもおかしくなかったのに。
 こうなってしまったら正直に話すしかない。

「ミレイユ様、逃げないで下さい」

 一歩後ずさった彼女に大股で近づいて手をとった。
 腹をくくってしまえば、前に進むしかない。

 あたりに人気がないのは、もしかしたらフェラン様が人払いをしてくれたのかも。

「…………」

 柔らかく肉づきのよかった彼女の指は、今ではとても華奢で折れてしまいそうに感じる。
 僕が成長したのもあるかもしれない。
 そっと包むように握るだけで、緊張で手の中が汗ばんだ。

「すみません。全部聞こえてしまいましたか?」

 ミレイユ様が何を考えているかわからないけど、どんな言葉を選んだら受け入れてもらえるのかと頭を悩ませる。
 目を伏せる彼女の前に片膝をついた。

「ミレイユ様、僕はあなたのことを愛しています。昔のあなたも、今のあなたも……変わらず好きです。僕はこれから先もミレイユ様ただ一人を愛し続けます」

 ミレイユ様の瞳が揺れる。
 
「僕はセゴレーヌあの女の子供で、しかも平民です。ミレイユ様とは身分差があるのもわかっていますし、歳も下で今の僕は結婚相手として相応しくないのは承知しています」

 貴族籍に入る話は不確かで、貴族になれるから結婚してほしいなんて嘘をつくみたいで言えない。

「僕はミレイユ様だけを一生大事にしますし、あなたを幸せにしたいです。ミレイユ様、相応しい男になるまで結婚を前提として恋人になって下さいませんか?」

 彼女の指先を握りしめたまま祈るように見つめる。

「アルシェ、私……初めての結婚じゃないわ」
「知っています。それでもあなたがいいです」
「子供も産めないのよ……」

 彼女が視線を逸らしてぽつりと言う。
 彼女は傷ついていて、今もまた自らの言葉で傷をえぐる。

「僕はミレイユ様と一緒に過ごしたいんです。あなたがいればいいんです」
「……アルシェとセゴレーヌ彼女はまったく別の人間よ。関係ないわ。でも……彼女が反対するかもしれない」
「僕はもう成人しているので、問題ありません」
「お兄様が反対するかも」
「……何度も認めてもらうまで許しを乞います」

 ミレイユ様が片手を胸に当てて何度も呼吸を繰り返す。

「私、太っていたわ。また太るかもしれない」
「どちらも、可愛いです。ミレイユ様のすべてが好きです」
「……私、あの人に恋して、好きだったのに……今は全くそんな気持ちがないの。綺麗さっぱり消えてしまった。もしかしたらアルシェ、あなたのことも……そうなってしまうかもしれない」

 ミレイユ様は申し訳なさそうに言うけれど、嫌われていないことがわかって嬉しい。
 それに、伯爵は彼女のことを蔑ろにしすぎたのだから、気持ちが冷めるのも当然だと思う。

「不実な態度をとられ続けたら誰でもそうなると思います……僕はずっとミレイユ様を愛してきました。いつでも僕に優しく穏やかに接してくれるあなたのことを、これからも裏切ることはありません。ずっと好きでい続けます。だから僕を、好きになってほしいです」

 ミレイユ様がほろりと涙を流し、泣き笑いのような表情を浮かべていたから、慌てて僕は立ち上がってハンカチを取り出す。

「……愛してます、ミレイユ様。あなたを泣かせたくないのにどうして……」
「アルシェ、好きよ……。あなたはいつも私がつらい時にそばにいてくれた。私も、ずっとあなたと一緒にいたい、です」

 僕を見上げる顔が頼りなげでとても愛しくて。
 初めてミレーヌ様を抱きしめた。

「夢を見ているみたい……」

 彼女のささやきが僕の胸にも染み込んだ。









 フェラン様も子爵も一切反対しなかったけれど、ミレイユ様を守るために爵位は持つように言われた。
 それと、なるべく早く結婚するように、とも。
 悩んだ末に僕はとある子爵家の養子になっている。

 王族のパーティの招待状がほとんど届かない、これといった特産のない小さな領地と聞いたことのない家名。
 豊かな土地ではないけれど、のどかな領地に穏やかな人々。

 王都からものすごく離れた辺鄙な土地だから、華やかな土地に憧れる人間からしたら、物足りなく思えるのかもしれない。

『山に囲まれて落ち着いた場所ね』

 僕とミレイユ様は一目で気に入った。

 話を聞けば何年も王都へ行くこともなくのんびり過ごしているようで、子供のいない子爵夫婦に歳を重ねてから住んでくれればいいと言われている。

 周りの協力もあって、三か月で結婚することになり、ダミアンが僕以上に喜んで涙ぐんだ。
 今は、一度頷いたミレイユ様が考え込むようになって心配している。

 過去の結婚の失敗がどうしても引っかかるらしい。
 これからはずっと一緒にいられるのだから、あの男とは違うって、時間をかけてわかってもらうしかないと思っているけれど。

「アルシェ……私は、女性としても機能してないの……黙っているのはあなたを裏切っているみたいで……ごめんなさい。……でも、男性は必要なことなのでしょう?」
「…………」

 何に対して話しているかピンときたものの、軽々しく大丈夫だとも言えない。
 どう答えたらいいか考えているとミレイユ様がつらそうに涙を浮かべた。
 だから率直に伝える。

「……ミレイユ様、僕には経験がありません。だから必要かと言われるとよくわかりませんが、あなたが嫌がることはしたくないし、精一杯優しくしたいです」

 努力します、そう付け加えると困ったように笑う。

「アルシェったら……真面目なんだから……」
「……ミレイユ様、抱きしめていいですか?」
 
 嫌がることはしたくない、なんて格好つけたそばからミレイユ様に触れたくなってしまった。

「いいわ」

 そっと抱きしめて緊張する身体を包み込む。
 温かくて、なぜか僕が癒やされている。
 絶対に手放すことなんてできない。

「大好きです。こうしているだけで幸せですが、僕は欲張りかもしれません」
「……? 言ってみて」
「恋人としての時間を楽しみたいです。……口づけしても、いいですか?」

 もう少し触れたい。
 できれば断らないで欲しい。
 じっとみつめると、ゆっくりと目蓋が閉じられた。
 そっと頬に手をすべらせて、顔を近づける。

 目蓋が震えている。
 愛おしさが胸に溢れた。

「ミレイユ様、大事にします」

 そっと唇を重ね、未練がましく柔らかい唇に指で触れた。
 もう一度口づけしたいけれど、彼女を怖がらせたくない。
 
 ゆっくりと目蓋が上がり、ミレイユ様が吐息を漏らすようにささやく。

「私、口づけは初めてだったの……もう一度してくれる?」

 言われた意味がすんなり頭に入ってこない。
 結婚していたのに、口づけもしたことがなかったなんて。

 お互いの心音が聞こえるくらいきつく抱きしめ、腕の中に閉じ込める。
 少し落ち着かないと、ミレイユ様が望まないことをしてしまいそうだった。
 ふう、と息を吐いてから顔を上げる。

「ミレイユ様、嬉しいです……その、口を開けてもらってもいいですか?」
「うん……?」

 知識しかないから、上手くできるかわからない。
 薄く開いた唇に優しく触れた後、そっと唇の内側を舌でなぞる。
 彼女がぴくり、と震えたけれど嫌がる様子は見えないから、角度を変えて口内に舌を這わせた。
 温かくて甘い。

「んっ……」

 今、愛する人に触れている。
 上顎の辺りをなぞると驚いて声を上げるから、上唇を軽く食んでから、顔を上げた。
 もっと探りたいし、貪りたい。
 でもこれ以上は自分の理性がもたないかもしれない。

「アルシェ……」

 潤んだ瞳に下半身に熱がたまり、そっと身体を離す。

「いや、でした……?」

 首を横に振って驚いただけだと言うけれど、ミレイユ様がぎゅっと手を握っているのが見えた。

「……アルシェ、私のことはミレイユって呼んで。もうすぐ結婚するんだもの」

 彼女が結婚を取りやめたいなんて言い出さなくてよかった。

「……それは、結婚してからでもいいですか? その……理性がもたないかもしれませんので……」
 
 今だって僕は口づけに浮かれている。
 ますます赤くなった彼女がわずかに頷いた。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】脇役令嬢だって死にたくない

こな
恋愛
自分はただの、ヒロインとヒーローの恋愛を発展させるために呆気なく死ぬ脇役令嬢──そんな運命、納得できるわけがない。 ※ざまぁは後半

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

処理中です...