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12 ボールガールは考えた④

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「私があなたに恋したのは昔です。アルシェもダミアンもとても格好良く育ったでしょう? 私、二人のことがとても大好きですのよ」

 妻の言っていることがよくわからない。
 どうして子供など産んでいるんだ?
 俺との間に授かることはなかったのに。
 驚きすぎて頭が真っ白になった。

「いままで放置していて悪かったよ、可愛い人。君の心の中に俺が消えてしまうことなんてないはずだ。これからはずっと一緒にいるからやり直そう。君のためなら何でもする!」

 妻が俺をじっと見つめた後、首を傾げる。
 隣でセゴレーヌが何言ってるのよ、と怒り狂っているがそれどころではない。
 今を逃したら、妻を取り戻すことはできない。
 俺の勘がそう言っている。

「可愛い人、ですか……私の名前を覚えていらっしゃるのかしら……? いえ、今さら呼ばなくて結構ですわ」

 名前を覚えているかだと?
 妻の名前くらい……。
 そういえば俺は妻の名前を呼んだことがあったか?
 いや、まさか、ないなんてことはないはずだ。
 だって妻の名は…………?

 考えてみれば、寝台で間違って呼ぶくらいなら統一して可愛い人と呼んでいたな。
 ここはなんとかうまく切り抜けないと。

 俺は今、年老いた愛人より若く美しい妻を選ぶべきだ。
 この住み心地の良さそうな屋敷には美しい使用人達までいるのだから。

「まず。爵位を息子に譲ってくださりありがとうございます。しっかり育てますからご安心ください」
「ああ。そう言えばウード、と言ったか。今はどこに?」

「今、フェラン様と庭で遊んでいますわ。ほら、ここから見えますよ。本当のおじいちゃまですもの、とても仲がいいんです。あの子には息子の補佐をしてもらいますから、行く末は心配しなくて大丈夫ですわ」

 フェラン様……? 
 父のことを名前で呼ぶような仲なのかと勘繰る。
 それに、息子の補佐とは……?
 意味がわからない。

「……後継ぎはウードだろう?」

 満面の笑みを浮かべる妻の肩に、アルシェが手を置いた。
 まったく、妻に馴れ馴れしくて腹立たしい。

「いいえ。ダミアンが抱いているこの子ですわ。私の産んだ子が正統な後継ぎだと、婚前契約書に書いてありましたでしょう?」

 結婚の条件のひとつでしたよね、と。

「結婚三年後の、君が二十一歳を超えたら、養子を考慮すると書いてあったじゃないか。俺の血を受け継いだ子を養子に迎えて何が悪い。何も間違っていないはずだ」

 妻が楽しそうに笑って、二十一歳の誕生日まであと十日ありましたの、と言った。
 妻の誕生日を勘違いしていたのか?

 女性の誕生日は一度聞いたら忘れないのが自慢だったのだが、これまで一度も祝ったことがなかったから記憶があやふやになっていたのか……?

「まさか……」
「ポーラさん、予定よりかなり早く産気づきましたから。それに、今回他の女性に子どもを産ませたのは、夫婦関係を破綻させる原因となる行為という項目に当てはまるでしょう? 愛人については今さら何も言いません。初めからわかってましたし、政略結婚ですから。……私の産んだ子が領地を相続するという条件があるのに、二十一歳を待たずに子を仕込み、偽って後継ぎにしようとしたのはいけないことですよね」

 それからフェラン様に相談しましたとすまして言い、窓の外を見やる。
 
「とても頼りになる素晴らしい方ですよね。大人で、知的で、ものすごく……すごく素敵な方」

 妻のうっとりとした声はなんだ。
 孫にはずいぶん甘いらしく、にこにこ笑って好きなように遊ばせている。

 俺が見てきた父の姿と全く違う。
 あれは一体誰だろう。
 まさか、妻が父を誘惑したのか……?
 だからあんなに穏やかな表情で幸せそうに見えるのか……?

「すぐに教会に書類を持って行き破婚の手続きをしました。契約を破ったら、片方の意思で結婚の解消の申し立てができると書いてありましたから」
「破婚している、のか……? もう、すでに……?」
 
 さっきからずっと笑顔を浮かべたまま。
 目の前の妻は、すでに俺の妻ではない……?
 こんな、腹の中を見せないような女だっただろうか。

「ええ、直接会って話したいと思っているうちに時間が経ってしまいました……何度かお会いしたいと手紙に書いたのですが」

 そう言えば、そうだった。
 王都での生活が忙しく後回しにしてしまった自分はなんて愚かなんだ!

「今は、新しい形の家族としてここで幸せに暮らしています。フェラン様と彼らと、子供達と……異性に囲まれるのは幸せですのね。ようやく、気持ちがわかりました。今とても充実しております」

 なんてことだ。 
 俺を好きだと言って優しく見つめてくれた女は、二人の男達を愛おしげに見つめている。
 それに父とも……?

 なんて惜しいことをしてしまったのだろう。
 ああやって見つめられるのは俺だけだったのに。
 それに実家の後ろ盾もあるから金に困ることなどない。
 隣国になど行かなくとも……。

「そんな……許せないわ……! これまでの仕返しよね? 私の子供達に手を出すなんて……」

 ずっと黙っていたセゴレーヌがぶつぶつとつぶやく。

「ミレイユを愛してはいけませんでしたか?」
「ずっと見向きもせず部屋に入るなって追い出したくせに」

 アルシェとダミアンが言い返す。
 セゴレーヌは俺同様子供が得意ではなかったから、今さらのように感じるが……。

「でも! あなた達は私の子供でしょう?」
「どうかな……? ミレイユの方がよっぽど母親らしかった」

 ダミアンの言葉に、セゴレーヌがありえないとわめく。
 確かにありえない。
 子供のように可愛がっていた相手に手を出すのか?

 これは俺が色んな女に手を出してしまった業なのだろうか。
 彼女くらい美しかったら男が寄ってきて当然なのか……昔の俺みたいに。
 あの時は見る目がなかったのだ。
 もっと早く気づいていたら!

 それにあんな小さな子に爵位も譲ってしまうなんて悪夢を見ているようだった。
 父を堕として味方につけるなんて、どうあがいても今までのことをなかったことにできない。
 
 伯爵家の血が途絶える。
 まぁ、歴史の浅い家だが俺の代で全く関係ない者に……いや、彼女はあの子供の父親が誰か言っていないぞ?

 もしかしたら父の子であってもおかしくない。
 恐ろしくて訊けないが。

 あり得る。
 父が破婚を認めて、一番最初に子種を与えた可能性がある。
 当時他の奴らは若すぎたし……そういえば家令も全体的に整ったいい男だったな。

 つまりここは、彼女のハーレムが形成されているのか……?
 あぁ、想像して具合が悪くなってきた。
 これも、俺が先に裏切ったからか……。
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