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9 ボールガールは考えた①
しおりを挟む妻は俺が好きだ。
いつもじっと静かに控えて、屋敷に訪れるのをいじらしく待っている。
それはとても自尊心がくすぐられるけれど、妻はまるまると太った醜い女で好みじゃない。
女性は俺の隣に並んで見劣りしないくらい美しくなければ。
少しは痩せたが、いつも屋敷は甘ったるい菓子の匂いがして綺麗になる努力を怠っている。
女としての点数はつけられない。
しかし妻の実家のおかげで領地の工場の運営もうまくいっているし、改装費用を出してもらった離れは快適だ。
幼馴染の美しいセゴレーヌは気心が知れている分、話も価値観も合うから気楽に過ごせる。
彼女の実家は財力がないから、妻と別れてまで再婚しようとは思わないが。
祖母から相続した別宅に住まわせている男爵未亡人のブリジットは相当金がかかるが若く美しい。
大きな目を潤ませて見つめられると、庇護欲にかられてなんでも買ってしまう。
美しい女を愛でるのは男の特権だ。
誘われれば応えるのが紳士の嗜みだろう。
俺にはそれだけ魅力があるということだから。
あとは妻との間に後継ぎさえ授かれば、もっと自由に過ごせるというのに。
二年ほど経っても一向に妊娠の兆しがなく、婚前契約書を読み返した。
結婚して丸三年、彼女が二十一歳になっても子を授からなかった場合、養子を迎えても良いという項目。
縁戚から養子を迎えるよりも、俺が髪や瞳の色が妻と同じ美しい女を孕ませれば、ほぼ実子と変わりない。
それを妻が産んだことにすれば石女とも呼ばれることもないし伯爵夫人としての面目も保つのだから、俺はなんて気遣いができる男だろう。
下町で未経験の貧しくも美しい女を見つけて、金を払う代わりに子を産んでもらう約束をした。
今から仕込んだとして、生まれる頃には契約上の時期も過ぎて問題ないはずだ。
彼女と数度抱き合った後、俺の子を孕み、腹が大きくなってから屋敷に連れていって妻に世話をさせた。
最初は驚いていた妻だったが、その後家令から二人が仲良くしていると聞いた。
やはり寛容で伯爵夫人の器なのだとつくづく思う。
息子を領地で育てると言うし、セゴレーヌの子供達まで面倒をみるというのだから、この結婚は最初に思ったほど失敗ではなく成功だろう。
従順だし金を生む良い結婚相手だ。
それから毎年領地の様子の手紙と十分な収入が手元に届いた。
今年は妻が向こうへ行ってから五回目の入金があったばかり。
領地には気の合わない父もいるし、問題があれば何か言ってくるだろう。
わざわざ顔を出す必要はない。
たまには顔を見せにおいでなどと言って、王都に呼ぶつもりもない。
それよりも、愛人のブリジットが住む別宅の老朽化が進み、小火が起きた。
余計な修繕費を出すくらいならと、妻のいなくなった屋敷へと呼び寄せた。
セゴレーヌは最新式の離れを気に入っていたし、これまで愛人同士が揉めることもなくうまくやっていたから問題など起こるはずもない。
しかし、ブリジットは何を思ったのか屋敷の中が地味すぎると勝手に改装を始め、少しでも口答えをした使用人を首にしていった。
気づいた時には別宅の使用人達以外見知ったものは一人もいない。
従者だといって若い男ばかり彼女の周りにいるし、やけに派手に飾り立てられた室内に驚いた。
「家令や侍女長はどうしたんだ?」
俺が幼い頃から働いていたのに、黙ったままいなくなるなんておかしい。
「ちゃんと退職金を渡して辞めてもらったわ。口ばかりで仕事をしないんだもの」
訊けば書斎の金庫から、代々受け継がれた宝石や金を渡したらしい。
古臭かったからいらないでしょう、と。
金庫はすでにからっぽで、明らかに渡しすぎだった。
「ボールガール様、またお金を入れておいてくださいね」
「…………」
別宅に彼女用の金庫を用意していて、同じ鍵で開くようになっていたから今までと同じように自由に使えると思ったのだろうと思う。
「……ここにあった金は今年一年の屋敷の維持費と生活費だったんだ」
「まぁ……、領地から送金していただかなくてはね」
ブリジットが可愛らしく笑うけれど、全く笑えない。
「今年は領地で土砂崩れがあって、工場も被害を受けたらしい。そのため改修工事であちらにも余裕はない。……手紙には、あと数年は厳しい状態が続くと書いてあった」
だからきっと妻は領地で慎ましく暮らしているだろうし、ブリジットにもそうしてもらいたいのだが……。
俺が難しい顔をしているのをみて、不思議そうな顔で小首を傾げた。
「……大変ですのね」
「そうだ。屋敷の改修も、ドレスを買うのも、しばらく我慢して欲しい」
「…………」
目を潤ませて俺を見上げてきたけれど、首を横に振った。
頭の中は別宅を土地ごと売り払うことと、離れの金庫の鍵を替えて、いくら手元に金があるか確認しなくては、ということ。
妻は余計なことはしないし、やりくりがうまかったと思うが、目の前の愛人は見た目がいいだけの観賞用だ。
絵画と一緒で心が癒される。
それに少女の心を残したまま大人になった彼女にはこれ以上言っても伝わらないだろう。
愛らしくてそこが長所だと思っていたが、ここまで金を使い込まれてしまうと苛立ちしか感じない。
「伯爵家に代々伝わる宝石は買い戻さなければならない。はぁ……今夜は離れに行くよ」
「はい……おやすみなさいませ」
セゴレーヌとはもう何年も身体の関係はないし、今夜はブリジットと楽しむつもりだったがとてもそんな気分になれなかった。
翌日は別宅を売りに出すために不動産屋を訪ねると、かなり安いが即金で買い取ってくれた。
今は現金が欲しいから、しかたない。
それに別宅がなくなったところで屋敷も領地もある。
この金でエナン伯爵家に受け継がれた宝石を買い戻さなくては。
ブリジットが宝石を渡した相手を覚えていればいいが……。
しかし。
「誰も、いない……?」
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