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⑴
7 子供が増える
しおりを挟む部屋に戻って、私宛てなのにすでに開封されていた手紙を開いた。
父が胸の痛みを訴えた後、そのまま亡くなったからすぐに帰ってくるようにという、兄の動揺が垣間見える走り書きに近い手紙。
もう一通は父の葬儀の案内状だった。
読みながら悲しみとなんとも言えないどす黒い感情に支配され、怒りに手が震える。
亡くなった父との別れだけじゃなく、兄と会って悲しみや戸惑い、色々な気持ちを分かち合いたかった。
あの人は本当に何も分かっていない。
私の恋心はすでに砕け散っていて、視界が開けた気がする。
亡くなったのはたったの十日前。
父と最後に会ったのは半年前ほど。
うまくいっているのかと尋ねる心配そうな顔を見たくなくて、少しずつ会わなくなってしまったのは自分のせい。
もっと会いに行けばよかった。
もっとたくさんおしゃべりすればよかった。
これから先、父の声を聞くことも温かい腕を感じることもできない。
兄もいつでも帰ってきていいと言っていたのに、私は恋にしがみついて、あの人の心が私に向くのを待って意地を張った。
そんなことがあるはずはないのに。
考えないようにして、目も耳も塞いでいたのは自分だった。
いったい彼のどこがよかったのだろう?
馬鹿みたい。
私、馬鹿だわ。
私を思ってくれていた父との時間を大切に過ごせばよかった。
後悔に涙が溢れるけれど、どうしたって時間は戻ってこない。
ひとしきり泣いた後、何度も深呼吸をして息を整えた。
鏡に写った自分の赤くなった丸い顔が歪んで見える。
昔よりかなり痩せた。
最新のドレスを着こなすにはあと八キロ程絞ればいいのだと思う。
暴飲暴食はだいぶ昔にやめたけれど、ここまで痩せたからという甘えがあった。
もう誰にも笑われたくない。
強くなりたい。
これからは私を慕ってくれる人達を大事にしたい。
それに自分自身をぞんざいに扱い過ぎたから、まず私が私を大事にしよう。
文箱を開けて、兄に宛てた手紙を書く。
蝋で封をする頃には、お腹の奥底へ怒りや後悔、悲しみに決意、諸々の感情をぎゅっと押し込めた。
お茶を飲めば、もう少し気持ちがおさまるはず。
でも使用人を呼び出すのが嫌だった。
彼らも仕事だから、いつも通りの無表情だろうと分かっていても。
――トントン。
扉が叩かれて私はため息をついた。
誰かわからないけれどポーラやあの人ではないはずだから、ついでにお茶を頼めばいい。
「どうぞ」
「……ミレイユ様、こちらをお持ちしました」
あっという間に私の背を追い残し、今では私を見下ろすようになったアルシェが、ティーセットを持ってやって来た。
「…………ありがとう」
彼はいつも私が欲しいと思った時に欲しいものを差し出してくれる。
きっと大人の都合で振り回されてきたから人の機微に聡いのだと思う。
幼い頃の栄養が足りなかった影響か細身のままだけど、十八歳になって子供っぽさは抜けてきた。
アルシェは生い立ちの影響を強く受けているのか元々の気質か、少し影があるものの整った顔立ちが目立つようになったと思う。
ダミアンはアルシェよりも背が高くがっしりとしていて、性格も人懐っこくて明るいから、同じ兄弟なのにずいぶん違う。
二人とも金髪なのと、母親には全く似ていないのが共通しているところかもしれない。
この国は金髪の人間が多いけれど。
「これもどうぞ」
アルシェが困った顔をしてハンカチを渡してくる。
「涙のあとがあるので」
乾いた後では、ハンカチで押さえても無くならないのではと思ったけれど、優しい気持ちが嬉しくてそれを受け取った。
「……お茶も、ハンカチもありがとう。ちょうど飲みたかったの」
「よかった……僕が入れましょうか?」
私は思わず眉を上げる。
「とうとうお茶まで淹れられるようになったの?」
「はい。好みのお茶が飲みたいと思ったので」
「……じゃあ、やってみせて。一緒に飲みましょう」
「はい」
手順通りの慎重な手つきで二人分のお茶を淹れ、私の目の前にそっと置いた。
口に含むと私好みの香りと味で。
「おいしいわ……ありがとう」
少し斜めに座って正面からのぞき込まない彼の気遣いと、お茶の温かさにほんの少しだけ心が落ち着いていく。
「練習した甲斐がありました」
はにかむような、それでいて少し得意げな笑みに、私もつられる。
アルシェ達には私の子が産まれたら領地の運営の補佐をしてもらうつもりでいた。
でも少し、予定が変わりそう。
「……アルシェは何事も飲み込みが早いわね」
「そうでしょうか。……お茶に関しては何度もダミアンにつき合ってもらいました」
「あら……私だってつき合ったのに」
「ミレイユ様を驚かせたかったんです」
「じゃあ、成功ね。すごく驚いたわ。……それに、嬉しかった」
「…………」
アルシェが黙ってしまったから、そのまま静かに一杯のお茶を飲み干して、私は口を開いた。
「あのね……さっきの話、聞こえていた?」
「…………」
「誰が見ているかわからないから、すぐには実家に帰れないと思うの。代わりに内緒で手紙を届けてくれないかしら?」
先ほど書いた手紙をアルシェの前に置く。
今、この家の中で信頼できるのはアルシェとダミアンだけ。
「この後、誰にも見つからないように届けて来ます」
「うん……ありがとう、アルシェ」
「ミレイユ様の為ならなんだってします」
「アルシェったら、真面目すぎるんだから」
確かな味方がいるのは心強い。
二杯目のお茶は、私に力を与えてくれた。
ポーラは下町育ちの平民なだけあって、健康だった。
暇を持て余しては私を呼び出す。
あまりにも騒がしいので最近は三回に一回くらい応じている。
最初は視界に入るのも不快で、表情を取り繕うことさえできなかった。
「旦那様にさぁ、金のためにカラダを差し出したんだ。妻が妊娠しないから、代わりに子が欲しいってね」
ポーラがあははと笑った。
私がにらむと肩をすくめる。
「奥様さぁ、子供が産めなくても気にすることないさ。だって明日のパンを気にすることもない、伯爵夫人なんだろ? けっこうな身分じゃないか」
それに私、初めてじゃなかったけど、とにやりと笑う。
「旦那様、ヘッタクソだよなぁ。大きい声じゃ言えないけど! これ内緒にしてよ? 恋人とはとっくに別れていたし、種は旦那様だから安心して!」
「……内緒にするには、大きい声だと思うわ」
使用人にも聞こえているんじゃないかしら?
だって、背を向けているけど肩が震えているみたい。
そんな話をあけすけにするなんて驚くし、あまりに裏表がなさすぎて毒気を抜かれた。
気づいたら私も笑っていて。
「苦行だよ、苦行! あーんなに、自意識過剰でうまいと思っているくせに、お粗末でさぁ。……もうやらなくてすんでいいじゃん。私、大きな病気もしたことないけどさ、とにかく無事を祈ってよね」
ずけずけとものを言うポーラに腹立つこともあったけど、姿を見せないあの人の顔を思い浮かべるより何倍も穏やかな気持ちでいられた。
そして、騒がしい二ヶ月になりそうだと思ったのに、一ヶ月もしないで旦那様と同じ金髪の男の子が生まれた。
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