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6 もう一人

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 子供を授かる兆しのないまま、半年が過ぎた。
 最近はアルシェとダミアンの部屋を屋敷に用意していて、泊まることも増えている。

 初めはセゴレーヌが夜会に行っている間、子供達を残していくのが心配だからという理由で。
 それならボールガール様と劇場へ出かけていた時はどうしていたのかと思ったけれど、私にとっては晩餐を共にする相手ができて嬉しいから黙っていた。

 部屋でひっそり食べなくていいのだもの。
 食堂でおしゃべりをしながら食事をとるのは楽しいし、心なしか使用人達も子供達に目をかけている気がする。

 彼らは見向きのされない子供達を不憫に思っていたのかも。
 私が来て離れに追いやったから、ますます冷遇されると考えたのかも。
 今はそう考えている。

 ボールガール様に、可愛くて賢い子達だから一緒に過ごせて楽しいわと微笑むと喜んでくださった。
 彼の腕に指を絡めていたセゴレーヌは、奥様は見た目通り懐の深い方なのねと笑われて、見下されているのが分かったけれど、私は微笑み続けた。

 これまでずっと子供達のことを使用人に任せてきたからか、元々の気質なのか、セゴレーヌは子供達に愛情を持っていない。
 今では私と子供達はとてもいい関係を築いていると思う。

 月に一度の行為の後で、ボールガール様に尋ねた。
 今回も昼間で、私の居室だったから。

「とても賢い子達だと思うので、家庭教師をつけてあげたいのですが……勝手に手配したらいけないでしょうか?」
「君に任せる。全寮制の学校に入れるには金がかかるからね」

 ボールガール様も母親であるセゴレーヌも二人にお金をかけるつもりはないらしい。
 身なりを整えて、自身の髪を直すボールガール様に私は笑顔を向けた。

「わかりました、お任せください。きっと彼らは役に立つでしょう」

 セゴレーヌに文句を言われることも感謝されることもなく、それから子供達は離れへ帰ることがなくなった。
 会いたくなったら戻ってもいいのよと伝えたけれど、首を横に振りここで学びたいと二人とも言う。

 子爵家の援助を受けて雇った家庭教師達は、とても有能で二人の特性や理解度に合わせて初歩から教えてくれた。
 二人がいきいきとして、屋敷の中が活気づく。

 これまでよりも一日の時間の進みが早い。
 せっかくだからと、私も語学や歴史の授業を聞く。
 そして、実はアルシェが十四歳で、ダミアンが十二歳なのだと今さら知った。

 思ったよりも私と年の差がなくて驚く。
 同じ年頃の子達より身長は低く体重も軽いからといって、見た目だけで子供扱いしすぎたかなと反省した。

 一緒に暮らすようになってだんだん肉づきがよくなってきたから、もっと背が伸びるような料理はないか、料理長とも相談が必要だと思う。
 
 そうして日々忙しく過ごし、ボールガール様との間に子供に恵まれることも、関係が改善されることもなく三年の歳月が流れた。









「今日からポーラの世話をしてほしい。俺の子を妊娠している、あと一ヶ月か二ヶ月で産まれるから、俺達の子として君が産んだことにしよう」

 私と同じか少し年上で、同じような茶色の髪と茶色の瞳。
 ボールガール様に似ていなくても、彼女の髪と瞳を受け継いだなら私の子と偽れるかもしれない。

「…………」
「奥様、未来の伯爵が私のお腹の中にいるの。よろしくね」

 ボールガール様が使用人達を集めて、このことは内密にするように、と言った。

「奥様は子供の扱いが上手なのでしょ? ちゃあんとこの子も育ててくださいね。私が産むまでの間、お貴族様の暮らしを楽しんで、充分なお金がもらえれば十分よ!」

 呆然とする私にポーラが大口を開けて笑った。

「旦那様ぁ、奥様のそのお腹、妊婦と変わらないわねっ。それなら、十分周りを騙すことができるし、お葬式にも行けたんじゃないの?」
「……お葬式?」

 ボールガール様が、はぁ、っと面倒くさそうにため息をつき、手紙を二通私に寄越した。

「……もう済んだことだ。読めばわかる。じゃあ、ポーラと子供のことは頼んだよ」

 この三年、ほとんど屋敷にこもっていた。
 夜会も茶会も出席せず、買い物だって商人を家に呼んだ。

 手紙はどちらも実家から届けられたもの。
 嫌な予感がして、早く部屋に戻って読みたい。

「あぁ、それ。奥様の父親が亡くなったって旦那様が話してくれたよ? 奥様ってお嬢様なんだねぇ。綺麗なことしか見てこなかったでしょ」

 父が亡くなった?
 
「どうして……どうしてすぐに教えてくださらなかったのですか? 一目でも父にお会いしたかったのに……!」

 ボールガール様に対して声を荒げたのは初めてだった。
 少し驚いたようだったけど、

「死んだ人間に会っても、何か変わるわけでもないのに。それに妊娠中で体調が悪いと伝えてある。十分だろう」

 ボールガール様は首を傾げて言い放ち、私に背を向け歩き出した。
  
「…………」

 喉が詰まって彼にかける言葉が出てこなかった。
 彼には人を労わる気持ちや思いやりが全くないみたい。
 それは私が相手だから……?

 そういえばエナン伯爵がうまく親子関係を築けなかったと言っていたのを思い出す。
 だからといって、これは酷過ぎる。

「奥様ぁ、お腹が重くて立っているのがつらいわ。私の部屋を用意してくれない?」

 あのお腹には夫の赤子がいて、私には……。

「…………侍女長、彼女を客室に案内して。ポーラさん、無事に産まれるように祈っているわ」

 彼女にこれ以上恥を晒されるのも、大きなお腹を目にするのも嫌だった。
 それに使用人達が憐れみの目を私に向けているように感じる。

 早く部屋に戻りたい。
 一人になりたい。

 すべてが屈辱だった。
 ボールガール様はずいぶん前から私を裏切っていたのだ。

 二人の愛人のことも、女遊びをしていることも最初からわかっていたし我慢することはできた。
 
 けれど、父が亡くなったことを隠したことや、こんな……他の女を孕ませて後継ぎにする計画を立てていたことはとうてい許せない。
 
 この一年、彼の足が遠のいていたのはエナン伯爵から爵位を引き継いで忙しくなったからだと思っていたし、実際そう言っていた。

 これまでなんのために耐えてきたのだろう。
 彼に恋して、ずっと、好きだった。
 私だけを見つめてほしいと何度も願った。

 痛くて苦しくて辛い行為はまったく無意味で、無駄なことで――。

 心の中で何かが壊れた。
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