私が恋した夫は、愛を返してくれませんでした

能登原あめ

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1 恋愛小説のように

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 パーティで見かけたあの人は、いつも綺麗な女性を連れていた。
 さらさらの金髪に碧い瞳、整った顔立ちとすらりとした身体。 
 洗練された仕草で女性の手をとってダンスに誘う。

 相手はみんな結婚されているご婦人ばかり。
 結婚する気はないらしくて、未婚の私達には見向きもしない。

 それに、適齢期の若い娘がいる親達は政略結婚であっても関わらせたくないと避ける、それがエナン伯爵の子息ボールガール様。
 
 でも私は思うの。
 ボールガール様も、本当の恋をしたら一途になるんじゃないかって。
 そう、恋愛小説に描かれる恋多き青年が無垢な少女に惹かれて結ばれるように。


「ミレイユ、また食べているの?」

 私はお皿に視線を落とす。
 ケーキが二つと食べかけのババロア。

「とてもおいしいの。……それに、食べる以外に時間を潰す方法がないわ」

 少し前に結婚が決まった二つ年上の従姉が呆れて、私の全身を見る。

「また、太ったんじゃない? 会うたびに大きくなっている気がするわ。……もう、子供じゃないんだから体型に気をつけなさいよ」

「……分かってるけど、おいしそうなものを見ると食べてみたくなるの。どんな味がするんだろうって。でね、本当においしいの。このババロア、オレンジの香りがするのよ」

 はぁ、と従姉がため息をつく。
 
「ミレイユ、あなたは優しくて性格もいい。もう少し見た目に気をつかえば、こんな隅で時間潰さなくてもいいのよ」

 私の家は裕福な子爵家だから、持参金もたくさん持たせてもらえる。
 でも、コロコロ太った私に声をかけてくれるのはお金のない貴族の親達ばかり。

 そこで連れてこられる年の近い子息達はひきつった笑みを張り付けているか、あからさまに馬鹿にするような笑みを浮かべる。

 そんなだから挨拶した後はおしゃべりも弾まなくて、私からそう遠くないところで、金があってもあんな太った女と結婚なんて無理だと怒ったり、笑ったりされる。

 私にだって心はある。
 太っているからって何を言ってもいいわけじゃない。
 傷ついた心を慰めるのは、いつも甘いお菓子たちだった。

 従姉の婚約者と兄の友人がお情けで一度ずつダンスを踊ってくれたけど、その後は兄としか踊っていない。
 兄もダンスは好きではないし、すぐに友人の元へ行ってしまうから、パーティに一緒に来ても別行動になる。

「中身を知ってもらう前に、外見で振り落とされるのは損だわ」
「でも……私ずっと太ったまま生きてきたから、よくわからないの」

 母は幼い頃に亡くなって、父が後妻を迎えず私と兄を育ててくれた。
 父の愛情は食べ物を与えることだったように思う。
 私が嬉しそうに食べると喜んだから……。

「ん、もう……! 本当にもったいないんだから! 仕方ないわね、せめて一緒にドレスを見に行きましょう? もう少し体型にあったラインを選んだ方がいいわ」

 従姉ははっきりものを言うけれど、私の為を思ってくれるからそれほど傷つくことはない。
 私にとって本当の姉みたいに思っている。

「そんなに、このドレスだめだった? すごく楽なのに……」

 胸の下で切り替えのあるドレスは今の主流ときいて、作ってもらった。
 ただ、くすくす笑われるってことは似合ってないってことなのかな。

「今はコルセットなんて締めないけど……。張りのありすぎる生地と、淡い色はやめましょう。……その話は仕立て屋と相談するわ」
「うん、わかったわ。ありがとう。それで……お姉様もケーキをいかが? 絶品よ」

 私は呆れる従姉の前でケーキを平らげた。









「ミレイユに結婚の申し込み? それは良かったね」
「いや、全く良くないよ。相手はあのエナン伯爵の息子だ」

 書斎から兄と父の声が聞こえて、私はその場で立ち止まった。

「あのボールガール? なんでまたあんな奴から……」

 彼より兄の方が年下だけど、同じ学校に在籍していたから面識はあるのだと思う。

「申し込みはエナン伯爵からでね、持参金目当てだろう。最近、領地に水車を使った粉ひき工場を建てたそうだから、早く現金を手にしたいのだと思う」

 政略結婚だとわかっていても、思いがけない申し入れに私は舞い上がる。

「……ボールガールはともかく、エナン伯爵は真っ当な方だし、将来的には安定した暮らしができると思いますが?」

「いやしかし、ミレイユには幸せになってもらいたいんだ。それに奴には今、屋敷に愛人がいるだろう?」

「愛人に出て行ってもらうように婚前契約を結べばミレイユの面子も立つでしょう。向こうが折れるくらい持参金を持たせれば……。貴族同士の結婚ですから。後妻で、子どももいらないと言うような相手のところより大事にされるのでは? うちはただの子爵家ですしね」

 まだ社交界にデビューしてそれほど経っていないけれど、後妻にと二人の方からすでに申し込みがあった。
 どちらも断ったと聞いたけれど……。

「しかし……まだ慌てなくてもいいんじゃないか? まだ十八歳だ。数年待ってみても」
「私にとって可愛い妹ですが、あれは太り過ぎです。あのままでは良縁は難しいのでは。……とりあえずミレイユに聞いてみたらどうでしょう。嫌だと言ったら断ればいいと思います」
「そうだな……ミレイユが頷かなければ、進める必要もない」

 私はドキドキしながら、そっとその場を去った。

 私が頷けばボールガール様の奥様になれる?
 あの方の隣に立つことになるの?
 初めは政略結婚でも構わない。
 
 恥ずかしいなんて思われないように、ボールガール様のために痩せてきれいになりたい。
 そうしたら、あの碧い瞳が私に微笑みかけてくれるかもしれない。

 それに……いつか、いつの日か私のことを好きになってくれるかもしれない。
 だって結婚したら一番近くにいられるはずだもの。

 私はそんな夢を見て、エナン伯爵家からの結婚の申し入れを受けた。

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