2 / 23
⑴
1 恋愛小説のように
しおりを挟むパーティで見かけたあの人は、いつも綺麗な女性を連れていた。
さらさらの金髪に碧い瞳、整った顔立ちとすらりとした身体。
洗練された仕草で女性の手をとってダンスに誘う。
相手はみんな結婚されているご婦人ばかり。
結婚する気はないらしくて、未婚の私達には見向きもしない。
それに、適齢期の若い娘がいる親達は政略結婚であっても関わらせたくないと避ける、それがエナン伯爵の子息ボールガール様。
でも私は思うの。
ボールガール様も、本当の恋をしたら一途になるんじゃないかって。
そう、恋愛小説に描かれる恋多き青年が無垢な少女に惹かれて結ばれるように。
「ミレイユ、また食べているの?」
私はお皿に視線を落とす。
ケーキが二つと食べかけのババロア。
「とてもおいしいの。……それに、食べる以外に時間を潰す方法がないわ」
少し前に結婚が決まった二つ年上の従姉が呆れて、私の全身を見る。
「また、太ったんじゃない? 会うたびに大きくなっている気がするわ。……もう、子供じゃないんだから体型に気をつけなさいよ」
「……分かってるけど、おいしそうなものを見ると食べてみたくなるの。どんな味がするんだろうって。でね、本当においしいの。このババロア、オレンジの香りがするのよ」
はぁ、と従姉がため息をつく。
「ミレイユ、あなたは優しくて性格もいい。もう少し見た目に気をつかえば、こんな隅で時間潰さなくてもいいのよ」
私の家は裕福な子爵家だから、持参金もたくさん持たせてもらえる。
でも、コロコロ太った私に声をかけてくれるのはお金のない貴族の親達ばかり。
そこで連れてこられる年の近い子息達はひきつった笑みを張り付けているか、あからさまに馬鹿にするような笑みを浮かべる。
そんなだから挨拶した後はおしゃべりも弾まなくて、私からそう遠くないところで、金があってもあんな太った女と結婚なんて無理だと怒ったり、笑ったりされる。
私にだって心はある。
太っているからって何を言ってもいいわけじゃない。
傷ついた心を慰めるのは、いつも甘いお菓子たちだった。
従姉の婚約者と兄の友人がお情けで一度ずつダンスを踊ってくれたけど、その後は兄としか踊っていない。
兄もダンスは好きではないし、すぐに友人の元へ行ってしまうから、パーティに一緒に来ても別行動になる。
「中身を知ってもらう前に、外見で振り落とされるのは損だわ」
「でも……私ずっと太ったまま生きてきたから、よくわからないの」
母は幼い頃に亡くなって、父が後妻を迎えず私と兄を育ててくれた。
父の愛情は食べ物を与えることだったように思う。
私が嬉しそうに食べると喜んだから……。
「ん、もう……! 本当にもったいないんだから! 仕方ないわね、せめて一緒にドレスを見に行きましょう? もう少し体型にあったラインを選んだ方がいいわ」
従姉ははっきりものを言うけれど、私の為を思ってくれるからそれほど傷つくことはない。
私にとって本当の姉みたいに思っている。
「そんなに、このドレスだめだった? すごく楽なのに……」
胸の下で切り替えのあるドレスは今の主流ときいて、作ってもらった。
ただ、くすくす笑われるってことは似合ってないってことなのかな。
「今はコルセットなんて締めないけど……。張りのありすぎる生地と、淡い色はやめましょう。……その話は仕立て屋と相談するわ」
「うん、わかったわ。ありがとう。それで……お姉様もケーキをいかが? 絶品よ」
私は呆れる従姉の前でケーキを平らげた。
「ミレイユに結婚の申し込み? それは良かったね」
「いや、全く良くないよ。相手はあのエナン伯爵の息子だ」
書斎から兄と父の声が聞こえて、私はその場で立ち止まった。
「あのボールガール? なんでまたあんな奴から……」
彼より兄の方が年下だけど、同じ学校に在籍していたから面識はあるのだと思う。
「申し込みはエナン伯爵からでね、持参金目当てだろう。最近、領地に水車を使った粉ひき工場を建てたそうだから、早く現金を手にしたいのだと思う」
政略結婚だとわかっていても、思いがけない申し入れに私は舞い上がる。
「……ボールガールはともかく、エナン伯爵は真っ当な方だし、将来的には安定した暮らしができると思いますが?」
「いやしかし、ミレイユには幸せになってもらいたいんだ。それに奴には今、屋敷に愛人がいるだろう?」
「愛人に出て行ってもらうように婚前契約を結べばミレイユの面子も立つでしょう。向こうが折れるくらい持参金を持たせれば……。貴族同士の結婚ですから。後妻で、子どももいらないと言うような相手のところより大事にされるのでは? うちはただの子爵家ですしね」
まだ社交界にデビューしてそれほど経っていないけれど、後妻にと二人の方からすでに申し込みがあった。
どちらも断ったと聞いたけれど……。
「しかし……まだ慌てなくてもいいんじゃないか? まだ十八歳だ。数年待ってみても」
「私にとって可愛い妹ですが、あれは太り過ぎです。あのままでは良縁は難しいのでは。……とりあえずミレイユに聞いてみたらどうでしょう。嫌だと言ったら断ればいいと思います」
「そうだな……ミレイユが頷かなければ、進める必要もない」
私はドキドキしながら、そっとその場を去った。
私が頷けばボールガール様の奥様になれる?
あの方の隣に立つことになるの?
初めは政略結婚でも構わない。
恥ずかしいなんて思われないように、ボールガール様のために痩せてきれいになりたい。
そうしたら、あの碧い瞳が私に微笑みかけてくれるかもしれない。
それに……いつか、いつの日か私のことを好きになってくれるかもしれない。
だって結婚したら一番近くにいられるはずだもの。
私はそんな夢を見て、エナン伯爵家からの結婚の申し入れを受けた。
1
お気に入りに追加
778
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活
ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。
「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」
そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢!
そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。
「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」
しかも相手は名門貴族の旦那様。
「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。
◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用!
◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化!
◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!?
「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」
そんな中、旦那様から突然の告白――
「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」
えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!?
「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、
「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。
お互いの本当の気持ちに気づいたとき、
気づけば 最強夫婦 になっていました――!
のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

最低限の信頼関係さえ崩壊した今、夫の望みは実現させません。
田太 優
恋愛
仕方なかったとはいえ、愛の無いまま結婚したことを後悔していた。
本当なら幼馴染と結婚したかったが、幼馴染はもっと条件の良い相手と結婚してしまった。
今でもまだ幼馴染への想いは消えていない。
そして思いがけず、幼馴染から会いたいという手紙が届いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる