上 下
7 / 8

7 

しおりを挟む


 13歳で優秀な生徒だけが通える寄宿学校に入学したレジナルドは、勉強と研究が忙しいと言って16歳になって初めて屋敷に帰ってきた。
 
 まっすぐ愛情を受けて育った彼は、ジョン・ジョーを若くしたら今の姿なのだと思うくらい見た目は似てきたけれど、中身はとても聡明で、ライナスの影響を強く受けている。

 来月から海を渡って留学し、そのまましばらくは帰ってこれない。
 学業のことはライナスとやりとりをしていて、カトリオーナが聞くのは父子で相談して決めてから。

 それは少し不服でもあるけど、2人のことを信用しているから口に出さなかった。
 
「すごく頑張ったのね。とても高度な研究機関だって聞いているわ」
「……学ぶことは楽しいです。これからも頑張ります」

 レジナルドは照れ笑いした。
 寄宿学校に入ってから、話し方まで変わっている。
 成長を感じて嬉しいのに、離れていく寂しさを感じていた。

 息子はこのまま研究職につくことになるかもしれない。
 寄宿学校で出会った侯爵令嬢に見染められ、その父親から今後のためにぜひにと言われた。

 しっかり学んで、誰にも文句を言わせないくらいの立場を手に入れることが彼の目標。
 すでにレジナルドには侯爵家のサポートがついていて、結婚への道筋ができているのだとか。

 もちろん自分たちも息子を応援することに決めた。
 
 一月の間、家族全員が勢ぞろいしたからとても賑やかで、毎日がものすごく楽しい。
 あと数年したら次男も学校に通うようになる。
 
 全員がそろうこともだんだん少なくなってしまうのだろう。
 考えるだけでさみしい。楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
 
「せっかくだから街で一緒に買い物して、食事をしましょう」
 
 レジナルドが船に乗る前日、カトリオーナと2人で出かけた。
 彼のために万年筆と、こっそり頼んでおいた懐中時計も取りに行くことに。

「向こうの気候はどうなっているのかしら。心配だから衣類はもう少し買い足しましょう」
「いえ、十分です。それより本屋に寄りたいです」
「……わかったわ。本屋へ寄ったら食事ね?」
 
 2人で楽しく料理を食べ、最近興味があることや、これからやりたいことについても話す。
 最初は少しぎこちなかったけれど、好きなことを話す表情はとてもいきいきしていて、昔と変わらない。
 
 その後は彼を時計の専門店へと連れて行き、店主に頼んでおいた懐中時計を出してもらった。

「このままつけて帰る? それとも箱に入れてもらう?」
「ありがとうございます。つけて帰りたいです」

 なんだかもう、すっかり大人みたい。
 寮に入る前はカトリオーナと同じくらいの背丈だったのに、今は首が痛くなるほど見上げるくらい背が伸びた。

「今日はレジーと過ごせて嬉しかったわ」
「私も、一緒に過ごせて楽しかったです。時計も……すごく嬉しい。これを身につけてこれからも頑張ります」

 レジナルドが胸元の懐中時計をぎゅっと握る。

「すぐに会えない距離でさみしいわ……時々手紙を書いてね」
「はい……あまり綺麗な字じゃないけど」

 ぽそっとつぶやくから、思わず彼の頬に手を伸ばして撫でる。

「元気だ、って一言でもいいのよ」
「それなら、多分。……期待しないで待っていて下さい」

 レジナルドがくすぐったそうに肩を上げて笑った。つられてカトリオーナもほほ笑む。
 ちょうど迎えの馬車がやって来て、2人は笑顔のまま乗り込んだ。

 
 



 
 翌日家族全員でレジナルドを船まで見送りに行った後、泣き出した子どもたちだけ屋敷に降ろして、夫婦は商会へ向かった。
 
 仕事を片づけた後、2人で街の様子を眺めながら歩く。

 今日も街は賑わっている。
 何が流行っていて、何がすたれてきたのか店や人々を見て、商会の今後の展開を考えるのだ。

 兄が羊毛の生産、オリジナルの商品作りに力を入れていて、主力商品でもある。
 ふと、視線を感じて辺りを巡らす。

「ローナ? どうかしたのかい?」

 目ざとく気づいたライナスが声をかける。
 特に知り合いの姿は見えないから、首を横に振った。

「何でもないわ。……ねぇ、最近はあの髪飾りが流行っているのね。次はなにかしら……?」
「難しいな。女性が身につけるものはローナのほうが詳しいから」

「男性だって、贈るじゃない。流行りのものを選ぶでしょう?」
「それは、何か催促しているのかい?」

「そうじゃないわ」
「いや、せっかくだから見ていこう。妻が綺麗でいると鼻が高い」

 ライナスが宝飾店を目指して歩く。

「リーったら……記念日でも何でもないのに」
「そんなもの関係ないさ」

 2人は笑い合い、ライナスが店の扉を開けた。







 レジナルドから新生活の様子をつづった手紙が届いた頃、ジョン・ジョーの会社が破産するという噂が浮上した。

 新しく立ち上げた事業にこれまでの資産のほとんどをつぎ込んだところ、共同経営者で恋人だったという女性が不正を行って、大金を持ち去り負債を抱え込んだという。

「それは大変ね」

 今は見かけてもどうということはない。
 彼はその後結婚したようだったけど、長続きしなかった様子。
 
 あの長身の秘書とは長い間愛人関係にあったらしく、それが原因かもしれないしそうではないかも。
 秘書はずっと独身のままで、結局一年ほど前に仕事を辞めたようだった。

 噂では共同経営者で恋人だった女性に目の敵にされ、身一つで追い出されたのだとも。
 
 ジョン・ジョーは金も家族も恋人も何もかも失ったらしいけど、今の私には何の関係もない。
 
 

しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

ガネット・フォルンは愛されたい

アズやっこ
恋愛
私はガネット・フォルンと申します。 子供も産めない役立たずの私は愛しておりました元旦那様の嫁を他の方へお譲りし、友との約束の為、辺境へ侍女としてやって参りました。 元旦那様と離縁し、傷物になった私が一人で生きていく為には侍女になるしかありませんでした。 それでも時々思うのです。私も愛されたかったと。私だけを愛してくれる男性が現れる事を夢に見るのです。 私も誰かに一途に愛されたかった。 ❈ 旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。の作品のガネットの話です。 ❈ ガネットにも幸せを…と、作者の自己満足作品です。

半日だけの…。貴方が私を忘れても

アズやっこ
恋愛
貴方が私を忘れても私が貴方の分まで覚えてる。 今の貴方が私を愛していなくても、 騎士ではなくても、 足が動かなくて車椅子生活になっても、 騎士だった貴方の姿を、 優しい貴方を、 私を愛してくれた事を、 例え貴方が記憶を失っても私だけは覚えてる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるゆる設定です。  ❈ 男性は記憶がなくなり忘れます。  ❈ 車椅子生活です。

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。

石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。 ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。 騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。 ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。 力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。 騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。

処理中です...