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しおりを挟む「体調がいいから、このパーティーには出たいわ」
カトリオーナのお腹が目立つようになった頃、友人の結婚式――ガーデンパーティーにライナスと2人で参加することにした。
幸せな笑顔を浮かべる主役の2人に挨拶した後、カトリオーナの友人の元へ。
久しぶりに会う女学校の友人たちは、カトリオーナのふっくらしたお腹を見て驚いた。
すぐに隣に立つライナスが優しく寄り添っているのを見て納得したように頷き、祝福してくれる。
「おめでとう! 隠しておくなんてひどいわ」
彼は伯爵家の出だし、商会で働いていたからひっそり愛を育んだのだと思ったみたい。
みんな恋愛小説が大好きだったもの。
「私たちも大人だものね。……もしかして、急に燃え上がったとか⁉︎」
結婚パーティーは父の仕事関係者ばかりでゆっくり友人と話すことなんてできなかったから、恋の話を聞きたくて仕方ないらしい。
「だんだんと……距離が縮まっていってね」
ライナスが真面目な顔で答えると、友人たちが声を上げて笑う。
2人が政略結婚に見えないなんて不思議だけど、わざわざ否定する必要もないからカトリオーナも一緒にほほ笑む。
「おめでとう! カティが一番最初に母親になるなんてね! びっくりしたけど楽しみだわ」
「……ありがとう」
「産まれたらすぐ教えてね」
「ええ、もちろん」
ふと、刺すような視線を感じて目を向けると、ジョン・ジョーが来ていて、馬鹿にするように口元を歪めていた。
視線が絡み、動揺して体が揺れる。次の瞬間カトリオーナの手を、励ますようにしっかり握り込まれた。
横を見ると夫が優しく微笑んでいる。
「笑って。私たちは幸せなのだと。そう見せつけてごらん? 今はわからないかもしれないけれど、それが一番の復讐になるから」
耳に口を寄せてそうささやき、カトリオーナの髪を撫でそこにキスを落とした。
「周りから見たら仲の良い新婚夫婦にみえる」
おずおずと笑みを浮かべるカトリオーナは、まるで新妻が恥じらっているように見えたみたいで、友人たちが楽しそうに笑った。
「なあに? 内緒話? 見せつけてくれるわねぇ……私も早く結婚したくなったわ。お幸せにね!」
「ふふっ、ありがとう。あなただって、半年後に結婚式でしょう?」
「ええ、ドレスはだいたい仕上がったのだけど、胸元が開き過ぎだって母に言われて直すことになったの。今ね、たっぷりとレースを使った長いトレーンを作ってもらっているところよ! これから席順や献立を考えなくちゃいけないから頭が痛いわ」
大変そうだけど、表情は明るくて嬉しそう。
大好きな幼馴染と結婚する彼女がうらやましく見えてしまった。
心の底から笑っているようにみえますように、そう願ってカトリオーナは笑みを深める。
「もう少しだけ、笑っていて。……彼はしばらく相手と話しそうだから先に行こうか」
ライナスが再び耳元でささやく。
「はい」
友人たちに挨拶をしてその場を離れ、ライナスは握っていた指先にそっとキスをする。
それから彼はカトリオーナにだけ見えるようにコミカルな顔を見せた。
「……まぁ、ライナス」
「僕たちは仲良しだからね」
友人だから、カトリオーナにはそう続くように聞こえて、ようやく自然な笑みが浮かぶ。
「ええそうね。ありがとう」
ジョン・ジョーが視界に入らないようにライナスが立った。
彼は背が高くて、鍛えているからか肩幅もある。ライナスの影に入ってカトリオーナはホッとした。
「あなたがいてくれてよかった」
外から見たら幸せな夫婦であっても、今日結婚した本物の幸せに満ちあふれた友人夫妻には敵わないし、これから幼馴染と結婚する友人のこともうらやましく思う。
政略結婚だって悪くないと今は思う。けど恋愛結婚に憧れていたから、幸せな人たちを見ると心の中がもやもやする。
そんな自分が嫌だ――。
カトリオーナが落ち込みそうになるたびに、ライナスは励ますように手を握った。
「どういたしまして」
とても温かい。手も、穏やかな表情も。
力強くて無性に泣き出しそうになったけれど、それもライナスのおかげで乗り越えられた。
「ライナス、今日はありがとう」
カトリオーナの体調を理由に、主賓に挨拶してから2人は静かにその場を出る。
「いや、いいんだ。だって私たちは友人だからね。友人はつらい時に一緒にいるだろう?」
「ええ、そうね。……ライナス、カティって呼んでくれる? 私の仲良しはみんなそう呼ぶわ」
「わかったよ、カティ。……僕はライリーって呼ばれることが多いかな」
「わかったわ、ライリーと呼ばせて」
「もちろん。……幼い頃、母がライラと呼んでた時があるんだ。女の子みたいな顔だったからかな。だけど、大人の男を呼ぶ名前じゃないから、呼ばないでくれよ」
カトリオーナは思わず吹き出した。
今のライナスには似合わない愛称。
彼は気持ちを敏感に察してくれる人みたい。
ライナスにとって愛情に恵まれた結婚ではないけど、今のカトリオーナにとって彼の存在はとても心強い。
彼が商会を手に入れるからカトリオーナに優しいのだとわかっていても、今日ほど彼がいて良かったと思ったことはなかった。
それから産み月が近づいてカトリオーナは領地へ下がった。
母がつき添い、ライナスは領地と王都を行ったり来たりしてなるべくカトリオーナのそばにいたけれど、子供が産まれた日は王都で仕事に追われていた。
「男の子ですよ。……ずいぶんしっかりしていますね」
産婆に抱かれた赤ん坊は、ジョン・ジョーと似た色合いの焦げ茶色の髪だった。
カトリオーナは明るい金髪で、一切似ているところが見当たらない。
産後でへとへとのカトリオーナはその子を抱っこすることができなかった。
「ふにゃふにゃして怖いわ。それに、今は力が入らないから落としてしまったら困るもの」
「それなら私に抱かせてちょうだい」
母が赤ん坊を抱き上げて、扉へ向かう。
待機している乳母の元へ連れて行くのだろう。
「カティ、あとのことは任せて今はゆっくり眠りなさい」
一人になってからっぽのお腹に手を当てる。
分離されたことに、ほっとしていた。
あの子を愛せるだろうか。
産まれたら母親として目覚める、だなんて誰が言ったのだろう。
目を開けて彼と同じ焦げ茶色の瞳だったら――無理かもしれない。
ジョン・ジョーを愛してた。
けれどめそめそしていたのは最初だけ。
今は彼のことを考えると怒りと憎しみがわきあがる。
あの子を見るたびに彼と、言われたことを思い出して、可愛く思えないかもしれない。
今は疲れているから……。
とにかく何も考えず、眠りたい――。
カトリオーナは遠くで聞こえる、か弱い泣き声に耳を閉ざした。
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