恋人に捨てられた私のそれから

能登原あめ

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 父は御者に行き先を告げると、無言で馬車に乗り込んだ。
 向かいに座ったカトリオーナは、口を開いたら泣いてしまいそうでぎゅっと下唇を噛む。

 父親が大きくため息をついて言った。

「……ライナスと結婚してもらうことになるだろう。子どもを認知してもらう代わりにゆくゆくは彼を商会の会頭にする。あれも伯爵家の生まれだし、カティと歳も近い。人柄も悪くはない」

「でも、そんな勝手に……」

 そう言いかけて、勝手なことをしたのは自分なのだと気づいて――。

「……お父様、ごめんなさい」
「そう思ったら、ライナスとうまくやれるように努力しろ」


 






 馬車は王都に構えた商会の本部へ向かい、ライナス・ジェームス・ステープルフォードを乗せる。

「何かありましたか?」

 馬車の中の重い沈黙に、ライナスが口を開いた。   
 彼は父の右腕で、確か今年25歳になると思う。 
 人当たりがよく物腰の柔らかい雰囲気だけど、やり手で頭の回転が早い男という印象。

「確認するが、恋人や結婚する約束をした女性、好きな相手はいないな?」
「……はい。いませんが」

 そう答えてちらりとカトリオーナを見る。
 他の男の子を宿した女と連れ添うなんて、商会の会頭になるために彼は頷くだろうか……思わず視線をそらしてしまった。

「それならばライナス、カトリオーナと結婚してほしい。娘は今……妊娠している。その子の父親になってもらう代わりに将来的に商会をライナスに譲りたい。……細かいことはあとで一緒に契約を交わしたいと思う。お願いできるか?」

 思わず息を呑んだカトリオーナをライナスがじっと見つめ、それから彼はしばらく目を閉じた。
 馬車の窓にはカーテンも引かれ、沈黙が息苦しく感じる。

 商会は跡継ぎの兄のものになるはずだったのに、私の過ちのせいで色々なことが変わっていく。

 みんなに迷惑しかかけていない。
 断ろうとカトリオーナが口を開いた時――。

「……わかりました。お受けしましょう」
「でも」
「そうか、よろしく頼む」

 カトリオーナの声は完全に無視されて、まるで最初からいないみたいに2人が話を進めていった。
 もともと気が合うのだろうけど、商売人の決断力に驚いているうちにいろんなことが決まっていく。
 
「降りよう」

 そのまま教会へ行き、普段着のまま結婚を誓った。
 結婚に夢見ていたことは何一つ叶えられないまま。

 愛する人。
 素敵なドレス。
 お揃いの指輪。
 祝福してくれる家族や友人。
 美味しい食事に、綺麗に飾りつけられた会場。

 カトリオーナには今さら嫌がることなどできなかったし、ライナスに申し訳なくて目を合わせられない。

「来週にも結婚を披露するパーティーを行う。お披露目をして商会のプラスになるように宣伝しよう」

 結婚パーティーも商会の宣伝に使われるらしい。
 2人きりになった時、カトリオーナは彼に謝った。

「巻き込んでしまってごめんなさい。あなたの迷惑にならないようにします」
「……お嬢様、いえ、カトリオーナと呼んでも?」

 ライナスはいつも通り穏やかな様子で、結婚したばかりの夫になんて見えない。
 カトリオーナも今日からライナスの妻なのに、少しも実感がわかなかった。
 
「はい」

 カトリオーナとライナスは顔見知り程度。
 笑顔で挨拶はしても、親しく会話なんてしたことがない。
 父には仲良くするように言われたのに、少しも言葉が出てこなかった。

「私は伯爵家の三男です。予想外でしたが将来的に商会をいただけるならありがたいことです。結婚も無理だと思っていたので」

「そんなこと、ありませんわ……本当に、ごめんなさい」

 爵位は継げなくても、商会での地位が上がれば平民の女性だけでなく、婿養子の話だって出たかもしれない。
 
「これは契約なんです。無理に夫婦に……家族になろうとせず、友人から始めませんか? 私たちはお互いを知らなすぎる。友人つき合いならできるでしょう?」
「……それでいいのですか?」

 ライナスはもちろん、と笑った。
 そうして二人の結婚生活は始まることに。
 最初はライナスがカトリオーナの住む屋敷に顔を出し、みんなで一緒に晩餐をとるようになった。
 
 休みの日はたいてい泊まるけれど、彼は客室で眠り共寝はしない。
 一緒に庭を散歩したり、お茶を飲んだりして本当に礼儀正しい友人のよう。
 母や兄は静観しているようで、何も言ってこなかった。
 
 それでも二人は少しずつ近づいた。







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