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しおりを挟む馬車の中で一度は涙が止まったものの、用意された風呂に浸かる頃には再び涙があふれた。
両親は出かけていて、侍女が心配そうな顔をしていたけれど、悲しい話の朗読会だったと言い訳して部屋から追い出し、声を殺して泣く。
いつも遅れたことのない月のものが2週間も遅れている。
体がいつもと違うと感じていた。
一体、これからどうしたら……?
関係のない相手を騙して結婚なんて考えられない。
叩かれた頬に触れる。
少し違和感を感じるから、もしかしたら腫れているのかも。
手を上げるなんて紳士のすることじゃない。
このまま縁を切ったほうがいいこともわかっている。
でも……まだ彼を嫌いになれない。
きっとカトリオーナが浮気したと勘違いして、愛していた分カッとなったのかも。
それなら……。
もしかしたら、間違いだって気づくかもしれない――。
彼は忙しいから、1週間くらいして薔薇の花束と指輪を持って謝った後にプロポーズを……そう考えて涙が止まらない。
ありえないって思うのに、わずかな可能性を信じてしまう。
夢かもしれない。夢であってほしい。
両親に相談する勇気も出なかった。
修道院は受け入れてくれる?
一人で産む?
もしかしたら勘違いで妊娠していないかもしれない。
そうよ、きっと。
でも、もし本当に……。
これからどうしたらいいんだろう、そう考えているうちに日々が過ぎていく。
女学校を卒業し、両親がカトリオーナに届いた縁談を吟味し始めた頃――。
「お嬢様、もしかしてややこが……?」
カトリオーナ付きの侍女は歳が若くてごまかせていたけど、母に仕える侍女が気づいてしまった。
このところずっと食欲がなくて、特に朝は気分が悪かった。
ついに、つわりを隠すことができず、うなだれる。
「…………」
侍女から母へ、それから父に伝わって……もう隠し通すことはできなかった。
カトリオーナは相手が誰か伝えるしかない。
医者が呼ばれて診察した後、廊下で話し合いの声がもれて聞こえ、布団に潜った。
自分がどれほど馬鹿なことをしていたのかわかっていなかった。
このまま消えてしまいたい。
その後はカトリオーナの体調が落ち着いた時に不機嫌な父と馬車に乗った。
「責任をとって結婚してもらう。できれば貴族と縁を結んでほしかったが、この際それはいい。……平民ではあるが、商売も順調だしゆくゆくは男爵家になるんだろう? うちの抱える商会とも今後は協力してやっていければ……まぁ、悪くないかもしれないな」
馬車の中でカトリオーナの父がブツブツ言う。
緊張で胃が痛い。
会うのが怖い。
2度と顔を見せるなと言われたことは、さらに自分を傷つけるようで両親に伝えられなかった。
きっとダメだと思う。
あれから一度も連絡がないのだもの。
違う。自分が会いに行って、デートの約束をしていた。
ジョン・ジョーはもしかしたら連絡手段に困っているのかも?
両親は彼と恋人関係にあったことは知らないから……。
ごくわずかな可能性を捨て切れない。
もしかしたら、ジョン・ジョーがあの日は悪かったとひどく後悔していて、謝って結婚を申し込んでくれるかもしれない。
もしかしたら、愛しているのはカトリオーナだけだと言うかもしれない。
もしかしたら……。
ジョン・ジョーはキャロラインを冷たい瞳で見下ろした。
「顔を見せるなと言ったのに……父親も巻き込んだのか? アバズレめ、よその男の子どもを押しつけようとするな」
「なっ! うちの娘かそんなふしだらなはずあるか! お前以外いないと、恋人関係にあったと聞いている! 紳士ならちゃんと責任をとれ!」
顔を真っ赤にした父に対して、ジョン・ジョーがあざ笑う。
彼が少しも信じてくれていないことにカトリオーナの血の気がひき、指が震えた。
それを隠すようにぎゅっと握り込む。
「…………」
口を開いたけど、喉がきゅっと閉じて声が出ない。
彼の子なのに!
裏切っていないのに――。
来なければよかった。
同じ部屋にいる今、愛した人から罵られて胸が苦しい。
「俺は平民だからそう言われても。誰の子ともしれない男の子どもを息子にするつもりはない。…………それに、キャット」
ジョン・ジョーがカトリオーナに顔を向け、醜く歪ませて笑った。
「娼婦になったらどうだ? 厚顔無恥なお前にはそれがお似合いだ。なんなら、いい娼館を紹介してやる。世の中には妊婦とヤリたいっていう男もいるんだ」
ガダッと音を立てて父親が立ち上がり、カトリオーナの腕をとった。
「……娘の子はお前の子ではないようだ。失礼する」
カトリオーナは一言も言い返すことができないまま、父に引きずられるように外へ出た。
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