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 もうすぐ結婚して3年になる。
 領民の笑顔が増えていき、初めてやって来た時のような暗さはない。
 そして、とうとうミゲルが迎えに行くと連絡があった。
 
 すでに離縁状は用意されていて、それと共にラウデリーノ様は白い結婚の証明書まで渡してくださった。
 白い結婚で婚姻無効にするのも、離縁という形をとっても、好きなほうを選んでいいって。父のことや、隣国の事情でミゲルと相談することにして、ラウデリーノ様に手紙で知らせることになっている。

「ラウデリーノ様、今までありがとうございました」
「いや、こちらこそありがとう。ローラのおかげで早く回復したんだ」

 隣の領地の船着き場まで送ってもらい、5年ぶりにミゲルと顔を合わせた。
 記憶よりも大人になっていて少し恥ずかしい。ますます格好良くなっていて、私を見て浮かべた笑顔に胸がときめいた。
 5年近く離れていたけど、やっぱり私はミゲルが好き。

「どうかお幸せに」

 そう言うラウデリーノ様の顔は、いつもよりもすっきりとしてみえる。それは私も一緒かもしれないけど、お互いに前向きな別れだからだと思う。
 これから先、お会いすることは二度とないだろう。

「ラウデリーノ様も」

 一緒にこの地にやってきた侍女のパウラは、恋人ができて結婚したため、残ることとなった。
 パストラーナ伯爵夫妻は、私の選択を最初反対したし、かなり困惑したみたいだけど最終的に受け入れてくれた。

 これは前から充分話し合ってきたことだと、最近の出来事のせいではないのだと何度も言うことになった。
 実は数ヶ月前にラウデリーノ様の元婚約者の結婚相手の訃報が届いたから。歳は離れているとクララ姉様から聞いていたけれど、まさかこんなことになるなんて思わない。
 
 訊くことはできなかったけど、ラウデリーノ様はそのままにはしないだろう。
 今でもきっと、一途に想っているようだから――。

 両親宛ての手紙は事後報告として数日中に届くはず。わざわざ私を探すことはないだろうし、ひっそり暮らす私とはもう会うこともない。

 パストラーナ伯爵家はこれを機会にラギナ子爵家と縁を切ってもいいのではないかとラウデリーノ様には伝えている。

 羊毛の買取価格が他より安い。
 今では良質な羊毛がとれるから、パストラーナ伯爵家は別の商会に羊毛を卸すことにしたほうがいいと思っている。父にとって痛手だろうけど、搾取するようなやり方はいけないから。

 グロリア姉様の嫁いだ商会だって、父が大口のお客様じゃないみたいだし、最近は父のやり方に姉様の旦那様が怒っているらしい。 
 平民だけどお金も力も持っているから、父も終わりかもしれないと聞いた。
 
 姉達には、隣国へ渡りミゲルと結婚すると伝えてある。こうなると思っていたのかまったく驚かなくて、これからも応援すると笑われた。
 毎月手紙のやり取りをしていたら、気がつかない方がおかしいって……。

 私がそんなことを考えている間に、男同士ぽつりぽつりと会話を交わしただけで、何だか少し変な空気が流れた気がする。

 ラウデリーノ様と改めて別れの挨拶をして船に乗り込んだ。
 

「…………」

 ずっと黙ったままのミゲルの顔を見つめる。
 2人きりになったのだから、昔みたいにたくさん話してくれたらいいのに。

「……もっと丸々太った気のいいおっとりした男を想像していたのに、全然違った」
「それは、私の本当の兄みたいな人を想像したの?」
「……そうかもしれない。ローラも兄みたいだって言っていたから」

 私から目をそらして、不機嫌な様子を隠さないから。
 
「兄より兄らしかったわ。……もしかしてやきもち?」
「そうかも。だって、ローラ……すごく綺麗になった。あ、いや、前から可愛かったけど、大人になったから……好きになるだろ」

 そう言ってミゲルが赤くなるから、私も顔が熱くなる。

「そんなことないわ。それに、白い結婚の証明書もあるの……っ!」

 そんなことを口に出してしまって、ますます顔が熱い。
 ミゲルが私の顔を見て笑った。

「ローラ、会いたかった。今の俺もローラが好きだ」
「私もすごく、すごく会いたかった。今の私もミゲルが大好きよ」

 ミゲルの腕が私を包み込み、海風で乱れた髪を撫でつける。

「何も心配せず、俺と結婚して」
「はい」

 即答する私に、嬉しそうにキスをした。

「隣国の研究機関で仕事が決まっている。住まいも十分な広さがあるよ。……それと、祖父が。母の方の祖父が俺の後ろ盾となってくれたんだ。ゆくゆくは侯爵になると思う。だから、ラギナ子爵家はもう手出しができないよ」

 驚きすぎて、言葉が出てこない。
 その顔が見たかったとばかりに、再びキスをする。

「嘘みたいな話だろ。特待生として頑張ったから、目に留まったらしくて声をかけられたんだ。……もしあの時、ローラと逃げたら今の俺はいなかったと思う」

「それは……ミゲルが努力したからで、私は何も……」
「いや、ローラの存在があったから頑張れた。まだまだ一人前とは言えないけど、これから先の俺を見てほしい」

「はい……私もミゲルのことを想って頑張ってきたの。これからはずっとそばで見つめていたい」
「ずっと見つめられたら恥ずかしいな」
「でもっ……! 近くで見てたいよ……」

 ミゲルが私をきつく抱きしめた。

「あんまり可愛いこと言うと、船長に結婚式を頼むことになる……あぁ、でも。それでもいい?」

 1週間は船上にいるから、って。

「船で結婚?」
「そう。もう1日だって待てない。……ローラ、俺と結婚して下さい」
「それって、侯爵様に怒られない?」

「怒らないよ。ローラのことは話しているし、母が出て行ったこと、後悔しているみたいなんだ。だから、喜ぶよ。ちゃんとつかまえてきたな、って」

 夢みたいな話に胸がいっぱいになった。
 ミゲルが私の頬に手を添えて、答えを待っている。

「はい、私をミゲルの妻にして下さい」
「……ローラ、結婚のパーティは向こうに着いたらちゃんとしよう」
 
 頷く私にミゲルがそっとキスをした。

 私のやり方が正しかったかどうかはわからない。
 でも目の前のミゲルはほほ笑んでいて、私も胸がいっぱいで笑っている。
 少し潮風が目に沁みるかも。

 愛する人がいる人と結婚した私は、もう一度やり直す機会が与えられて、幸せをつかんだ。






 
           終



******

 
 お読みくださりありがとうございました!
 糖分追加のその後を書いてますので、お待ちいただけると幸いです。
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