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しおりを挟む目が覚めた私は、馴染みの侍女に起こされて驚いた。
「子供は……?」
「子供、ですか? ローラ様、どなたのお子様のことでしょう? クララ様のお子様は近々遊びにやってくるそうですよ」
「そう……なの」
珍しく寝ぼけているのですね、そう侍女が言ってカーテンを開けた。
太陽がまぶしく、頭の中がぼんやりしている。
私は結婚して子供を産んだはずなのに、なぜここに彼女がいるのだろう。
いえ、違う。
実家に帰された?
だってここは私の部屋だった場所。
あのまま具合が悪くなって運ばれてきた、とか?
じゃあ、子供は……?
「本日の予定はマナー講習と、ダンスですね。ローラ様は伯爵夫人になるのですもの、最後まできっちり授業が組み込まれていますのよ」
侍女の言葉がよくわからない。
何の話をしているのだろう。
「ダンスは苦手よ」
「ローラ様はあまり体を動かすのが苦手ですものね。……ですがダンスは体力もつきますし、先生も張り切っているようですよ」
幼い頃から私のそばにいるこの侍女は、楽しそうに笑う。
「あなたがついてきてくれたらいいのに……」
「いいのですか⁉︎ 私は一生ローラ様の近くにいたいと思っております。ですが、名乗り出るのも差し出がましいかと……」
「そんなことないわ! 一緒に来て欲しかったけど、迷惑かと思って……」
勢いよく答えて恥ずかしくなる。
だって、パストラーナ伯爵家で一人ぼっちでとても寂しかった。母は何もしなかったし、父は細かいことに気づかなかったのだと思う。
わがままを言っていいのなら、この侍女を連れて行きたい。
「ローラ様がお嫌でなければ、私はそばにおります」
侍女のパウラの言葉に泣きそうになった。
それから家族と朝食を食べて、どうやら時が戻ったのではないかと思う。それともあれは夢だった……?
よくわからないけど、出産の壮絶な痛みは夢とは思えなくて、時が戻ったと考える方がしっくりきた。
そして――。
目の前に立つミゲルが言った。
「ローラ、一緒に逃げよう」
あの日と同じ。
以前の私は即座に断ったけれど、出産時にミゲルのことを思い出してものすごく後悔した私は、彼の手を取りたいと、そう思ってしまった。
それにちゃんと気持ちを伝えたい。
この数日、どうしたらいいかたくさん考えた。また同じことをくり返したくない。だから――。
「あのね……私、ミゲルのことが好き。友達以上の気持ちなの」
「俺もだよ。……ローラのことは特別に好きなんだ」
嬉しそうに笑うミゲルは、一緒に逃げると思っているかもしれない。
私は嬉しさを隠して伝える。
「でも、今の私達では暮らしていけないと思うの。……私の成人まであと2年あるから、ミゲルは学園を卒業して。それに……特待生として隣国へ留学を勧められているんでしょ? 絶対に断らない方がいいと思う。落ち着いたら、迎えに来てほしい。私は婚約者の方に白い結婚をお願いするから……」
ラウデリーノ様は誠実な方だし無理強いするような方じゃない。
それに、あちらの領地が早く立ち直れば、もっと早く離縁を認めてもらえるかも。
あの方ならすぐに新しい相手が見つかると思う。
できれば子供を授からなかったことを理由にしてもらえたら、父が再婚なんて勧めてこないはず。もしもミゲルが迎えにきてくれなくても、両親に頼らないで生きていきたい。
ミゲルの母親みたいに……。
「ローラ……だけど」
「私はずっとミゲルが好き。今一緒に逃げたら、ミゲルばかり負担になるわ。それに、あちらの領地にこれ以上迷惑をかけたくないの」
恋人達はすでに引き裂かれている。
私がミゲルと逃げたらいくらか父が賠償金のようなものを払うだろう。だけど、牧羊業以外の援助なんて父はしない。ラウデリーノ様が大切にしていた葡萄畑は続けられなくなると思う。
結婚式に飲んだワインはおいしかったから……。
「ローラが好きだから、心配なんだ」
「あのね……」
どうして急に花嫁見習いとして行かされることになったのかを、ミゲルにも話した。
彼は最後まで黙って聞いてくれて、その間ずっと手を握ってくれている。
「……わかったよ。そういうことなら……ちゃんと卒業して、仕事と住まいを決めたら迎えに行く。……どんなことになっていても、俺は諦めないよ」
悲壮な表情を浮かべるのは、私の身を心配してのことかもしれない。
恋人達を引き裂いた家の娘なんて、嫌がらせをされてもおかしくないし、同じ屋敷に婚約者がいたら手を出す場合もあると思う。でもあの方達は大丈夫だと思った。
「うん、ありがとう……手紙はグロリア姉様に渡して。月に一度本を送ってもらえるから」
ミゲルが口を開く前に、勢いのまま早口で伝える。
「あのね、もしミゲルの気持ちが変わったら、ちゃんと教えてね。私はお姉様達を頼るから」
ミゲルが隣国へ行ってしまったら、新しい出会いがあるかもしれない。巻き戻る前、私が妊娠中に隣国へ留学したもの。確か卒業まで3年と聞いたはず。それだけ離れていたら、何があってもおかしくない。
「そんなことありえない」
「うん……わかったわ。遠慮しないで書いてね。私もグロリア姉様に手紙を頼むから」
「絶対、迎えに行くから」
ミゲルが私の目をじっと見つめて言った。
私が信じてないって思っているみたい。
「うん」
「約束、だよ」
唇が重なって、軽く押しつけられる。
初めてのキスに嬉しいような後ろめたいような気持ちになった。
「ごめん。でも、本気だから。信じて」
私は唇を押さえて、ミゲルが先に去っていくのをぼんやり眺める。
彼を信じたい。
いえ、これから先、生きていく為にも信じよう――。
グロリア姉様に、牧羊業や農業についての最新の本も追加で送ってもらえるように頼もう。
今の私はラウデリーノ様の本当の妻にはなれないけど、それ以外のことは何でもしよう。
この選択が間違っていませんように。
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お読みくださりありがとうございます。
この世界の成人は18歳で飲酒OKですが、現実は20歳を超えてからお楽しみ下さい。
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