愛する人がいる人と結婚した私は、もう一度やり直す機会が与えられたようです

能登原あめ

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「ローラ、話がある。書斎に来なさい」
「……はい」

 父に呼ばれてこっそり息を吐く。
 とうとう私の結婚相手が決まったのだろう。
 やっとこの家から離れられる。

 両親はラギナ子爵家を継ぐ兄だけを愛し、大切に育てた。どうしてこっちを振り向いてくれないのか、幼い頃は寂しく感じたものだ。

 それでも貴族らしい両親は、私達3人の娘に保育士ナニーや家庭教師をつけてどこに嫁いでも大丈夫なように教育をほどこした。夫に尽くして、子供を産むことが幸せにつながるのだと呪文のように言われながら。
 
 最初に嫁いだ長女のクララ姉様は社交界で影響力のある伯爵夫人の息子の元へ。父が高位の貴族社会でビジネスチャンスを狙ったためだ。
 伯爵夫人に子爵家で取り扱っている商品をプレゼントすると、良いものは周りに勧めてくれるらしく、売上につながっているという。

 次女のグロリア姉様は父の取引先の大金持ちの商人の元へ嫁いだ。平民だけど、暮らしは小さな国の王様より派手らしく、いつ見ても仕立ての良いドレスを着ている。

「ローラ、来週からパストラーナ伯爵家へ花嫁見習いとして行くように」
「花嫁見習いですか……」

 16歳になったばかりで、結婚まであと2年もある。顔合わせもしていないし、そんなに早く相手のところに行くことになるなんて思わなかった。

「葡萄畑は持っているが、あそこは広大な土地でね。これから天候に左右されない牧羊業を始めるんだ。うちに羊毛を卸して貰えば織物として生産量も上がる。今まで通りグロリアの商会に持ちこめばいい。……いやはや、ローラがいてくれてよかった。しっかり努めなさい」

 父親に笑顔を向けられたのは初めてかもしれない。
 
「牧羊業の契約だけでは心もとないからね。年も20歳だというし、好青年だ。ちょうどいいだろう。無理を言ってよかった」

 父の言葉に引っかかったものの、私は頷いた。
 その後、母にこれで肩の荷が下りたわ、などと言われて愛人の元へ行ってしまった。  

 両親の指示を受けてやってきたグロリア姉様がドレスなど必要なものを揃えてくれて、クララ姉様が社交界の噂を教えてくれる。

「お父様も酷なことをするわね。パストラーナ伯爵の子息と元婚約者は恋人同士なのよ。それを別れさせてあなたを押し込むなんてね。元の婚約者も別の相手と結婚が決まったらしいし、政略結婚なんてこんなものだけど……」

 それを聞いただけで、お腹が痛くなった。
 最初からうまくいくかわからない難しい結婚だなんて。

 たくさん人がいるところが苦手で、まだ社交界にデビューしていない私だけど、クララ姉様から社交界の話は聞いていたから、きっと色々と言われてしまうのだろう。

「ローラ……こうなったら仕方ないわ。それでも結婚するしかないんだもの。伯爵夫人として子供を産んで、その後は好きにさせてもらうしかないわ」

 グロリア姉様がそう言いながら私の頭に帽子をのせた。
 
「日差しがとても強いところだって聞いているわよ。白いんだから気をつけなさいね」
「そんなに外に出ないと思うわ」

 クララ姉様が肩まで届きそうなレースのロンググローブを差し出してくる。心配そうな顔をしているのは私より10歳も歳が上だからだろう。
 母よりも母らしい。
 
「なるべくどのパーティに出るか教えてちょうだい。私も行けたら顔を出すから」
「ありがとう。でも、クララ姉様は体を大事にして」

 それほど目立たないけれど、クララ姉様は3人目を妊娠中だから無理して欲しくない。
 だけど本音を言えば、不安だから来てほしい……でもそんなことは言えなかった。

「私はそばにいられないけど、ローラの装備は完璧にしてあげる。他に足りないものはないかしら……あぁ大丈夫よ。ちゃんと、お父様に請求するから」

 グロリア姉様が見るからに重そうな大きな宝石がいくつもついたネックレスを取り出した。

「グロリア姉様……それはどこにつけて行けばいいかわからないわ。私、本が欲しい。本が読めればどこでも幸せだもの」
 
 本があれば、私はどんな世界へでもいくこもができる。
 グロリア姉様は呆れたような顔をした後、すぐに笑った。

「わかったわ、任せて。新しい本が出たらまとめて送ってあげるわ」
「ありがとう、グロリア姉様。とても嬉しい」
「……もう! ドレスや宝石より嬉しそうな顔をするんだから! 大丈夫よ。とにかく男の子さえ産んでしまえば自由になれるから」

 先に2人の男の子を産んで楽しく暮らしているグロリア姉様に言われると、そうかもしれないと思う。



 姉たちが声をそろえて言うから、思わず笑ってしまった。
 ひとしきり笑った後で、

「ミゲルに会っておきなさい。きっと最後になるから」
 
 一瞬真顔になったクララ姉様にそう言われて、私は黙って頷いた。
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