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9 好き。

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 翌朝起きると、ネッドさんは工房でうたた寝していた。

「……おはよう、フィー」
「……おはようございます。ネッドさん」

 昨夜のことは覚えているけど、その話を朝からしていいものかわからない。
 ネッドさんが身体を伸ばして、ちょっと痛そうな顔をする。

「もしかして、ずっとここで寝ました?」
「……えっと、ちょっと仕事して、そのまま、つい?」

 昨夜はお酒も飲んできたみたいだし、本当に仕事なのかな。
 私が黙っていると、言い訳するように口を開いた。

「好きな子に好きと言われて、何にもしないでいる自信ないんだよ、男って」
「…………」

 ネッドさんの頭に黒い耳がぴょこんと飛び出した。もしかして、と思って視線を下げると尻尾が下がったまま揺れている。

「フィー? あれ? えっと、もう、俺、ここぞという時に格好悪い……」

 ネッドさんの尻尾がだらんと下がった。
 
「ネッドさんはいつも、格好いいですよ。私、ずっと、どきどきしてます」
「……フィオレンサ、俺は」
「おじさーん! なにしてるのーー? ぼくおなかすいたぁー!」

 勢いよく扉が開いてコレットが入ってくる。

「またか……」
「あれぇ? おじさん、おみみでてるよぉ!」
「うん、寝起きだからだよ。……コレットだって、耳がでてる。先に戻って顔を洗ってきなさい」
「あ、そっかぁ。はぁーい! おじさんも、フィーもはやくきてね!」

 パタパタ走って行く後ろ姿を見つめていると、ネッドさんにグッと引き寄せられて抱きしめられた。
 
「フィー、好きだ」

 一瞬、頬に唇を押し当てられて、次の瞬間には背中をとん、と押される。
 あっという間の出来事で。

「……先にコレットをみてくれる? すぐ行くから」
「……はい」

 今のって。
 ちらりと振り返ると、ほら早く、ってネッドさんが手をひらひらさせた。
 
 すぐにコレットを追いかけたけれど、頬が熱くてたまらない。
 
「フィー、おねつある? かおあかいねぇ」
「大丈夫よ、えっとね、今朝はパンケーキだから」
「ぼく、しってるー! だっていいにおいしてたから!」
「今日はジャムにする? バター?」
「ジャムぅーー! あのあかくてあまいのがいい」

 コレットの気が逸れて、ほっとした。
 それから、ネッドさんがやって来ていつも通りの朝食をとった。
 ネッドさんはいつもの穏やかな顔をしていて、私とは全然違う。
 こんなに私は普通じゃいられないのに。
 大人だから慣れているのかな。
 
「ネッドさんて……もしかして、悪い男……?」

 思わずそう呟いたら、ネッドさんが飲んでいたお茶を吹き出した。

「おじさん、汚い……」

 コレットが眉をひそめる。
 私はむせるネッドさんにナプキンを渡した。

「……ッ、……ふぃー、なんで……?」

 涙目で私を見つめてくるから、困ってしまう。もしかして、見当違いなことを言っちゃったかも?

「えっと、ごめんなさい。あの、……えっと……」
「フィー? おじさんは、わるいおとこじゃないよー。すっごく、やさしいし。だいたいは。あーあ、おじさんなかないでー! ほら、フィー、いいこだから、あやまって」

 めっ、て言うようにコレットに叱られて。
 きっといつもこんな風に両親に叱られているんだなって優しい気持ちになった。
 
「ごめんなさい、ネッドさん……傷つけるつもりは無くて」
「いや、いいんだ……気になるけど、うん、謝罪を受け入れます」
「よしよし」

 コレットが間に入ってくれるのはいいのだけど。

「はい、よくできました! なかなおりのぎゅーしてね。あ、いまはだめよ。おぎょうぎ、わるいでしょ。ごはんたべおわったらね!」

 その後はなぜか三人で抱き合うことになったのだけど、本当に家族みたいでとても幸せに思えた時間だった。
 
 それから一週間後にコレットの両親が戻って来た。








「ママぁ、ママぁ、あいたかったぁ……っ、ママぁ、……っ」

 疲れた表情の両親を見るなり、コレットは駆け寄ってしがみついた。
 コレットのママがしゃがんでぎゅっと抱きしめる。そのまま泣き出して離れようとしない。
 やっぱり今まで我慢していたんだなぁ、と見ている私も泣きたくなった。けれど。

 隣に立っていたコレットのパパが、ちょっと寂しそうに小声で俺もいるんだけど、って呟いて。
 それに答えたのはネッドさんだった。

「……兄さん、無事で良かったよ。見ての通り、コレットは元気だよ。フィオレンサのおかげで、何も問題はなかった」

 そう言われて、私も慌てて自己紹介した。
 ネッドさんのお兄さんは、彼より一回りくらい歳が上みたいで、とても落ち着いた男性にみえる。
 そして、二人はとても似ている。
 きっと、ネッドさんもこんな風になるのかなって想像できた。
 
「フィオレンサさん、ありがとう。とても助かりました」
「いえ、……コレットは素直で、我慢強くていい子ですね。一緒にいられて、とても楽しかったです」

 だけど、ちょっと寂しくなる。

「今日は、このまま家に戻るよ。今なら暗くなる前に着くからね。また、改めて会いに来るから。長い間、息子をみてくれてありがとう」

 泣いて抱きついたままのコレットも、家に帰れるとわかって笑顔になった。

「フィー、ありがとう! またあそぼうね。おじさんとなかよくね! ばいばいっ」

 コレットのママにもお礼を言われて、三人は慌ただしく去って行った。
 残された私達は、静かな中に取り残される。

「……行っちゃったな。でも、ほっとした」
「そう、ですね……コレットの両親が無事に帰ってきて、本当によかったです」
「でも寂しい?」

 どうして、ネッドさんはこんなに私の気持ちがわかるんだろう?
 思わず、じっと見つめた。

「寂しいです。……だって、私の仕事も終わりですから」
「……まだそんなこと言うの?」

 ネッドさんに、私は抱きすくめられた。

 
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