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1 姉の名はエリザベス
しおりを挟むそれは、常識人の母が体調を崩した祖母を見舞いに行っている間に起こった。
「リア、私の婚約者と結婚してちょうだい」
長女のエリザベスは来月結婚する。
私達は伯爵家の三姉妹で、二十歳の姉が侯爵家の次男のエイダン様を婿養子に迎えることが決まっていた。
「……今度は何?」
結婚はしたくないと駄々をこねていたけど、ようやく決まった誠実で真面目な相手。
歳も五歳ほど上だし、うまくいっているようにみえたのに。
「私に結婚なんて無理だわ。……だって、一日中部屋にこもっていたいのに、旦那様だなんて」
いつもは母が上手に宥めていたけど、おろおろする父に代わって私の出番らしい。
「お姉様、エイダン様は領地でのんびり過ごしたいと、パーティに出るより静かに暮らしていきたいと言っていたじゃない。大丈夫よ」
そうなのだ、引っ込み思案の姉を認めてくれる、穏やかで物静かな方。
はたから見てもお似合いの二人だと思う。
結婚の直前に不安が強くなるものだと、母が言っていたけど……。
「パーティも最低限でいいって、二人で出かける時は必ず書店に寄ろうって言ってくださったんでしょ? いないわよ、なかなかそんな……す、素敵な方!」
「それなら、リアが結婚すればいいじゃない!」
とうとう涙を流して、細やかな刺繍が施されたハンカチで目元を押さえる。
「そうか、それなら……リア、そうしてあげなさい!」
私達をとても愛してくれている父が、いきなりそんなことを言い出した。
「は⁉︎」
「そうよ。……ぐずっ。……そうして……だって、リアの方が気遣いできるし、社交的だし、……私のお姉様みたいだもの……うぅ……っ、私っていいところが全然ないわ……」
私は父を睨むけど、彼は姉を宥めるので一生懸命で気づかない。
「何を言っているんだ! みんなそれぞれいいところがあるだろう! 可愛いエリザベス、控えめなところも、勉学に勤しむところも、その知識量もとても誇らしいぞ! それに、私と似てとても可愛い顔立ちだ。いつ見ても見飽きない。それはとても、大切なことだぞ! 味わい深いのだから……」
その言葉に姉がボロボロ涙を流す。
「ごめんなさい、お父様よりお母様に似たかったです……っ」
父が衝撃を受けているのもわかるけど、どう宥めていいかわからない。
「あの……とりあえず、お茶でも飲んで落ち着きましょう?」
母がいないと、こうもまとまらないとは。
子煩悩の父に、悲観的な姉、そして少し前に社交界にデビューしたばかりの妹メロディと私でテーブルを囲む。
妹は姉妹の中で一番可愛くて天使のようで、それをわかっているからわがまま放題。
笑顔でお願いって言われると母以外みんな断れない。
あぁ、早く母が戻って来ないかな。
「お姉様、エイダン様はお姉様をとても大切にしてくださっているようにみえるわ。だって、昨日も手紙が届いたでしょ? とても几帳面で細やかよね」
珍しくメロディが姉を説得しようとしてくれる。
よかった……!
一人じゃ荷が重かったから。
「メロディの言うとおりよ。エイダン様に手紙で相談してみたら? きっと書いているうちに落ち着くと思うけど……」
私がそう言うと再び、わっ、と泣き出した。
責めるように父と妹が私を見る。
「今日書いたの! 結婚が不安だって! そしたら……こんなことを書く私ってなんてちっぽけな人間なんだろうって、悲しくなって……エイダン様に相応しくないと思ったの……っ、あの方には、もっと、そう……リアみたいな!」
「は⁉︎」
私じゃなくて、妹が声を上げた。
「エリザベスお姉様は、とっっても、素敵だし、賢いし、刺繍の腕前もすごいし、ピアノだって上手じゃない! 私、憧れてるのよ、お姉様達に!」
メロディのほうが持ち上げるのが上手。
さりげなく最後はお姉様達、だって。
「でも……」
「でもじゃないわ! エリザベスお姉様、自信を持って! お姉様達は私の自慢なんだからっ」
「……うん、ありがとう。私もあなた達は自慢の妹よ」
私と父は静かに見守る。
私は残念ながら見た目も中身も父似なのかもしれない。
姉の悲観的なのは、母方の祖母にそっくりだけど。
「よかった」
ようやく和やかな雰囲気の中でお茶を口にした。
これで一週間くらいは姉もおとなしいだろう。
できればエイダン様に顔を出してもらわなくては。
のんきにそう思って、ビスケットを口に放り込んだ私に、にっこり笑った妹が突然言った。
「リアお姉様、私の婚約者貰ってくださらない?」
私の姉妹は一体何を考えているの⁉︎
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