ACE Girls

ふろいむ

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第二部 学校

2 - 3 Dream Daze

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「フルダイブVRって聞いたことあるかい?」

 挨拶もそこそこに、その男はこう切り出した。

 亜美ちゃんと私が教員室に向かうと既にさくら私も脳内ではこう呼んでる先生ともう一人、多分常陸の人だと思う男性が座って待っていた。
 お互いに自己紹介をはさみ、その男性は潮来さんといい、常陸で部長をやっているということを知った私はかなり驚いた。隣を見やると亜美ちゃんもびっくりして固まっていた。潮来さんは常陸のフルダイブVR関係で評価担当部署の部長をやっているらしく、ユーザからのフィードバックを元にどのような改良をするべきか研究しているらしい。その研究では老若男女から様々なフィードバックが必要なんだけど、若い女性のフィードバックが不足気味で協力してくれるとありがたいとのことだった。
 研究に協力してくれるなら、フルダイブ装置を提供する、という破格の条件付きだ。亜美ちゃんはとても乗り気だけど、私には少し気になることがあった。

「ゲームは何でも良いんですか?」

 フルダイブVRゲームと言えど様々な種類がある。一人称視点シューティング、所謂FPSやドライブシミュレーションゲーム、はたまた農場を実際に経営するだとか街の市長になるだとかいうシミュレーションゲームやストラテジーゲーム、そしてMMORPGなどなど……数え上げればキリがないが、フィードバックが欲しいと言うのならばこの中のどれでも良いというわけでは無いだろう、と私は考えていた。

「そこなんだが、こちらから提示するいくつかのゲームから少なくとも1つは選んで欲しい。その他は好きなゲームで遊んでくれて構わないよ」
「そのゲームの一覧は見せていただけますか?」
「ああもちろん」

 そう言って潮来さんは装着している網膜投影型デバイスの操作をした。すぐに亜美ちゃんの持っているタブレットに一覧が送られてくる。

「ほう……どれも範囲外で良く分からないなぁ」

 亜美ちゃんは高校までバドミントン一筋だったし、遊んだことのあるデバイスゲームといえば可愛いペットを飼うゲームくらいで、本格的なゲームはほぼ未経験だって言ってたな……
 すると、さくら先生にも同じく一覧が行っていたようで、色々と説明をしてくれた。

「これはこれは……どれもFPSやシミュレーション系ばかりですね。しかも反応速度が要求されるものが多い」
「ええ。反応速度や正確な操作がどれほどできるかのフィードバックが必要でして」
「でもFPSなんて鹿嶋さんも大宮さんもやったこと無いわよね」

 亜美ちゃんと私は頷いた。私たちはデバイスゲーム全般において素人だった。

「さくら先生はよく知ってますね。ゲーム好きなんですか?」
「え゛」
「いや、私はゲームの名前見てもどんなゲームだか良く分からないのに、さくら先生はよく分かるなぁって」
「太田さん、もしかしてこの子達には話してないんですか?」
「さ、さあ、なんのことでしょう?」

 亜美ちゃんの質問にさくら先生が今までに無いほど狼狽えていた。潮来さんはさっきからずっとニヤニヤしている。
 わたわたするだけで説明を始めないさくら先生を見かねて、潮来さんが仕方がないとばかりに説明を始めた。

「太田さんはゲームが大好きなんだよ。それもFPSやシミュレーションゲームなんかが特に」
「ええ!? 本当ですか!?」
「もう……言わなくて良かったんですけど……」
「まぁまぁ、ゲームサークルの顧問を引き受けてるのにそこを隠しちゃだめでしょう」
「それはまぁ、そうかもですけど……」

 なんてこった。さくら先生にそんな趣味があったとは。亜美ちゃんに至っては目をキラキラと輝かせながら身を乗り出している。
 あの優しくて学生目線で接してくれるさくら先生がゲーム好きだなんて、知っているのはこの部屋にいる人だけだろう。そんな秘密を知ってしまっただけに、私たちは脳の処理速度が追いつかないでいた。

「とまぁ太田さんのことはおいといて」
「置いとかないでください」
「まぁまぁ。それで、協力に関してだけど……どうかな?」
「フルダイブ……ちょっと怖いところはありますが」
「でも私はやってみたいな。チャレンジだよチャレンジ!」

 亜美ちゃんはかなり乗り気のよう。フルダイブというと今でもリメイクされて大人気のあのアニメを思い出してしまうけどそこはしっかり、安全性の宣伝は重点的にされているみたいだった。

「まあ亜美ちゃんがやりたいなら私も異存はないです」
「ねぇねぇさくら先生もやりましょうよ、ゲーム教えてください!」
「そ、それは……その……」
「ほらほら、太田先生困惑してるじゃないの」

 私は亜美ちゃんをさくら先生から引き離し、潮来さんと話を進めた。
 結果、ゲームサークルとして正式に常陸と契約を結び、無償でデバイスとゲームを提供してもらう。その見返りとしてフィードバックを送る、という事になった。やったね。

「ではこれでよろしくお願いします。30分後にはデバイスが届くと思うから、好きなゲームを選んで遊んでください。もちろん選択肢以外のゲームでもいいですが、一つは選択肢内からお願いします。フィードバックに関してはこちらから様式を送りますのでそちらを読んだ上でお願いします」
「分かりました!」
「分かりました。ありがとうございます」

 潮来さんはさくら先生にフィードバックの取りまとめをお願いし、部屋を出ていった。部屋には三人が残り、今後の計画を立てることになった。

「はぁ……」
「まぁまぁさくら先生。これでもどうぞ」
「それは私の用意したお茶です」

 先程からため息しかついていないさくら先生をなだめつつ、亜美ちゃんと私は話を続けた。まずはゲーム選定からだ。
 ゲームには大まかに分けて3つのジャンルがあった。一つはFPS。7人対7人で行うような少人数戦闘であったり、50人対50人という一昔前の世界戦争みたいなものであったり。中には5人対50人という特殊なゲームもあった。特殊部隊vsテロ組織をモチーフにしているそうだ。これらは男性にかなり人気で、火薬実弾銃は今はそれほど使われていないんだけど、銃に対するロマンっていうのはいつの時代もあるものらしい。

「FPSはあまりおすすめしないわ。人を撃つゲームよ」
「でも先生はFPSが好きなんですよね?」
「そっそれは……まあそうだけど、学生に勧めるものではないです」
「そうかぁ。まあ血が出るのは余り好きじゃないかなぁ」
「私も亜美ちゃんに賛成。FPSはやめておこう」

 お次はドライブシミュレーション。今の時代、車は完全自動運転だし、運転する機会は一切ないと言っても良いんだけど、運転の楽しさはまた別の話で、これまた人気があるようだ。カーレースがメインのものや観光がメインのもの等があるらしい。

「先生はこれをおすすめするわ」
「車か~」
「観光は良いですね、私はこれが良いかな」
「でもかすみん、観光のやつは選択肢にないよ」

 亜美ちゃんの言う通り、選択肢にあるものはカーレースがメインのゲームだった。観光がメインのものは紹介文にはあったが選択肢外で、やはり瞬発力というか、反応速度、判断力が必要とされるゲームが選ばれているみたいだった。

「レースかぁ。私そこまで素早い判断とかできないなぁ」
「かすみんはあまり乗り気じゃないかな?」
「そうだね~」

 最後に残っていたのはフライトシミュレーション。所謂飛行機を操作するゲームだ。昔は飛んでたらしい旅客機を操縦するものや、スペースシャトルを操縦するもの……って昔は飛行機で宇宙行ってたの!? 昔の人は考えることがよう分からん。軌道エレベータが無い時代はそうやって宇宙に行ってたのか。
 そして戦闘機を操るもの。これは今の時代でも飛んでるからかなりリアリスティックさがある。

「戦闘機で戦う、ねぇ……」
「これはこれで楽しそう!」
「反応速度は他に比べてそこまで重要じゃないわね」

 さくら先生曰く、これは体をそこまで動かすものではなく、頭での判断力が物を言うらしい。それでも判断した結果をしっかり体で示さないといけないので不要というわけでは無いようだけど。

「昔みたいな操縦方法のもの、フルダイブの特徴を活かした操作方法のものがあるね」
「ほー、フルダイブの特徴を活かしたものかぁ」

 フルダイブの特徴を活かした操縦方法、とはつまるところ自分自身が空を飛んでいるような気分で戦闘機を操れるものらしい。ミサイル発射は拳銃を撃つようにして行うのか。これだと血が出るわけでもなし、ゲームっぽさが強いから全然平気そう。それに空を飛ぶ……一度経験してみたかったんだよね。実際に飛ぶわけじゃないけど、リアルさを追求したゲームらしいし、十分楽しめそうだ。

「私はこれがいいかなぁ」
「お、かすみんが乗り気だ!」
「フライトシミュレーションを選ぶなんて、なかなか予想外ですね」

 私が乗り気ということで、今のところはフライトシミュレーションで決定した。亜美ちゃんはFPS以外だったら何でも良かったそうだ。
 するとちょうど、教員室に荷物が届いた。パッケージを開けてみると、中には常陸製のフルダイブVRデバイスが……3つあった。

「なんで3つ……?」
「これはさくら先生の分だね!」
「違います。多分予備でしょう」
「いやいやこれは潮来さんの気遣いだよ!」
「いーえ断じて違います! 私はやりませんからね!」
「えー良いじゃないですか~」
「何と言われてもやりませんから!」

 かなりの拒否反応を示すさくら先生に少し罪悪感があったのか、亜美ちゃんはそれ以上は追いかけずに話を戻した。
 結局、一台は予備としてさくら先生が保管、二台は二人用に部室で保管することになった。


 ◇◇◇


「それじゃあ、早速遊んでみますか!」
「カーテンよし、ドアの鍵よし、空調よし、ベッドよし」
「リンクスタート!……なんてね」

 このフルダイブVRデバイス、『Dream Daze』は体を仰向けの状態にし、楽な姿勢を取り、目をつむるとフルダイブしても大丈夫かのチェックを自動的にやってくれて、勝手に起動してくれるみたい。
 ちなみに、このデバイスは『DD』だとか『デイズ』だとか呼ばれてるそうだ。

 そして、私たちははじめてのフルダイブへと旅立つのだった。
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