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聖誕祭と希望の冬
逆鱗に触れる 1
しおりを挟む大広間に戻ると、そこは明るい音楽と人の声で溢れていた。
玉座にはフィオルド様が座っていて、その後ろにはフォルトナ様が控えている。
バルツス皇帝陛下は広間に降りて、貴族の女性たちに囲まれている。
アミティ様はフィオルド様の横に座って、シリウス様と話をしていた。
「リリィ……」
アニスさんとアザレア様と共に控えの間からフィオルド様の元へ戻ったレイフィアさんを見て、フィオルド様は私の名前を呼んだあとに、黙り込んだ。
「どうされました、兄上? いつもなら、すぐにリリアンナに駆け寄るのに。アニス、お帰り。待っていたよ。アニスがいなくて退屈だから、仕方なく母上の話を聞いてあげていたんだけど、母上の話は説教ばかりで退屈でね」
「まったく失礼ね、シリウス。レランディア家を継ぐのだから、きちんと領地や仕事について学びなさいと言っただけじゃないの。あなたときたらフィオルドと違って、小さな頃から授業をさぼってばかりで」
アニスさんの元に来て、シリウス様はその腰を抱いた。
呆れたように溜息をつくアミティ様に、シリウス様は肩をすくめる。
「今は兄上を見習って真面目にしていますよ、母上。アニスのために頑張っているよね、俺は。ね、アニス。頑張ったら褒めてくれる約束だからね」
「……シリウス様、うるさいですよ。……殿下、どうしました?」
いつもは人目のあるところで体に触れられると怒るアニスさんだけれど、シリウス様のことなんてまるで目に入っていないように、不安げにフィオルド様を見ている。
レイフィアさんが、玉座に座ったままのフィオルド様の元へと真っ直ぐに歩いて行く。
「ご心配を、おかけしました、フィオルド様。……大切な、皇位授与式だったのに、お側にいられなくて、ごめんなさい」
レイフィアさんはすまなそうに言って、フィオルド様の手に、自分の手を重ねようとした。
けれどフィオルド様はその手をはねのけると、玉座から立ち上がり、――レイフィアさんの首を無造作に片手で掴んだ。
「……っ」
レイフィアさんが喉の奥で悲鳴を上げた。
「兄上!」
「殿下、何事です」
驚いた様子のシリウス様の声のあとに、フォルトナ様の落ち着いた声が聞こえる。
フォルトナ様はフィオルド様の、レイフィアさんの首を掴んでいる手に触れた。
異変に気づいて、広間からどよめきが起る。息を飲む声や、小さな悲鳴も聞こえる。
「このような場所で。乱心されたと思われますよ」
「……下がれ、フォルトナ。……この女は、リリィではない」
「リリアンナ様ではない?」
「あぁ。……私のリリィに、何をした?」
フィオルド様の冷酷な瞳が、レイフィアさんをまるでその身を冷たい刃物で引き裂くように、静かに見据えている。
私は宝石の中から、フィオルド様の名前を呼んだ。
我慢していた涙が、ぼろぼろこぼれる。
すぐに、気づいてくれた。
レイフィアさんが私じゃないことを、すぐに。
嬉しい。
でも――。
今まで見たことのないぐらい、フィオルド様は憤っている。凪いだ湖面のように静かなのに、全身の皮膚がさざめくようなこれは――殺意に近い。
「言え。返答によっては、私はお前を殺す」
「……な、なにを、おっしゃって、いるの……? 私、です……フィオルド様、怖い……!」
レイフィアさんは首を掴んだ腕を、両手で握った。
苦しげな声で、絞り出すようにして言葉を紡ぐ。
喘ぐような息遣いが聞こえる。
フィオルド様が首を絞める手のひらに力を込めたのだろう。
「兄上、一体どうしたんですか。どこからどう見ても、リリアンナではないですか。アニスが、一緒にいたんだろう?」
「私……私……」
シリウス様がアニスさんに尋ねた。
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