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聖誕祭と希望の冬

アザレア・レランディア 1

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 頭がくらくらする。

 聖女の――女神マリアテレシア様がくださった魔力を使うことに体が未だ慣れていなくて、特に聖剣を発現させたあとは、フィオルド様と交わったあとのような熱さと気怠さに、体が支配されてしまう。


「……さぁ、これでリリアンナが聖女であることに、疑問を唱える者はいなくなったな。聖剣の発現はリリアンナの体に大きな負担がかかるのだろう。よく頑張ってくれた。下がると良い」

「父上、私も共に」

「フィオルド。お前は、ここに残れ。お前は聖女と聖剣を手にしたこの国の希望。今この場をもって、皇帝の座をお前に譲ろうと考えている。皇帝になったばかりのお前がこの場から去るのは、臣下の者たちに示しがつかない」

「しかし」

「しばらく休めばリリアンナは落ち着くだろう」


 陛下に言われて、私はフィオルド様の腕の中でこくりと頷いた。

 体に負担がかかるというわけではなくて、大きな魔力の奔流に体がついていかないだけ。

 エルジェルム辺境伯の話では、長く封じてしまったせいで、魔力制御を行うのに時間がかかるのだそうだ。

 私の状態は魔力酔いのようなものなので、心配することはないのだという。


「殿下、私が一緒に。シリウス様と殿下は、皇帝陛下と共に。皇位授与は、大切な儀式ですから」


 アニスさんが一歩前に進んで言ってくれた。

 フィオルド様は悩んでいたようだけれど、私がフィオルド様の胸をそっと押して、その体から離れた。

 お気持ちはとても嬉しいけれど、こういった場で皆にずっと抱きしめて頂いている姿を見せるというのは、あまり褒められたことではない。


「大丈夫です、……フィオルド様、少しだけ、休みますね。アニスさん、ありがとうございます」

「ええ。行きましょう、リリアンナ。あなたは立派に、役目を果たしたわ」


 アニスさんが私の手を取った。

 ふらつく体でなんとか礼をすると、熱に浮かされたような拍手が沸き起こる。

 拍手の中に「聖女様」という言葉が混じりあい、まるで渦になって襲いかかってくるように感じられた。

 ただの、リリアンナ・セフィールだったときは、こんなことはなかったのに。

 ――なんだかとても、恐ろしい。

 私に、一体何ができるのだろう。

 陛下も、エルジェルム様も、アミティ様も――聖女とは、ただ存在するだけで国に安寧をもたらす者だと言った。

 実際魔物の被害は、私に力が戻ってから一件も報告を受けていないのだという。

 そんなことがあるのかしら。私がただここにいるだけで、変わるものなんて何もないような気がするのに。


「リリアンナ」


 アニスさんに名前を呼ばれる。

 顔をあげると、いつの間にか私は控え室を通り過ぎて、ふらふらと一の城の奥まで来てしまっていた。


「何度か呼んだのよ? 引き留めたのだけれど、聞こえていないみたいで……もう、戻りましょう? 外に出て、風に当たりたかったの?」

「ごめんなさい。ぼんやりしていて……」


 アニスさんは、困ったような表情で私の手を握っていた。

 私がアニスさんの制止も聞かずに足を止めなかったために、仕方なく一緒についてきてくれていたのだろう。


「良いのよ。あなたの気持ちが全部分かるわけではないけれど、あなたが聖女だと知った途端にあの熱狂ぶりだもの。怖くなるわよね」

「……アニスさん」

「手が、震えていたわ。青ざめてもいた。それぐらい、この国の人々は聖女を求めているということなんでしょうけれど。……私なんかは、安全な場所で暮らしてきたからあまり実感はないけれど。でも、……魔物の被害は毎日のようにあったようだから、……それがなくなると思えば、嬉しいことよね」

「頭では、理解しているんですけれど、……でも、よく分からなくて。私はここにいるだけなのに、なにもしていないのに、って、思ってしまって」

「でも、それは私も同じよ、リリアンナ。私だって特に誰かの役に立つわけでもなく、ただ生きているだけなのに、レランディア公爵令嬢って言われて敬われるのよ? それがリリアンナの場合は聖女という肩書きがついただけだと、思ったら良いんじゃないのかしら」

「……そうですね。……何もしていないのに、なんだか騙しているみたいな気がして」

「そんなことはないわ。だって、あなたは本物の聖女でしょう。私もこの目で見たもの。私が保証する。あなたは聖女だって」


 アニスさんが力強く言った。



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