リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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聖女の魔力と豊穣の秋

もう一つの秘密 1

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 三の城の中にある聖堂で待っていてくれているというヴェルダナ辺境伯に会いに行く前に、私はフィオルド様と一緒にフィオルド様のお部屋へとやってきた。

 お母様とお父様とはご挨拶をしてお別れをしてきた。

 二人とも何度か謝ってくれたけれど、元はといえば私を守ろうとして行ったことだし、魔力を封印されて困ったことなんて特になかったので、私はそんなに気にしていない。

 大丈夫だと言うと、お母様は「リリィちゃんは強くなったわね」と言って、涙を浮かべていた。

 お二人は――特にお母様はお城に長く滞在したくないので、セフィール家に帰るのだという。

 陛下との蟠りは、そんなに簡単に解消されるものでもないのだろう。

 アニスさんとシリウス様は、もし可能なら、私の魔力封印の解除を見たいと言っていた。私は別に構わないと頷いて、フィオルド様は私が良いのならとおっしゃってくれた。

 私たちの準備ができるまで、お二人もお部屋で待ってくれるという。

 アミティ様と陛下は、先にヴェルダナ辺境伯の元へと向かった。最近の魔族の動向について話を聞きたいのだと言っていた。ヴェルダナ辺境伯には魔族の血が流れているのだという。だとしたら、魔族というものにも詳しいのだろう。


「疲れただろう、リリィ。大丈夫か?」


 フィオルド様のお部屋のリビングルームのソファに座る私に、フィオルド様が尋ねる。

 部屋の入り口で執事の方からティーセットを受け取って、私の前まで運んでくださった。
 私の前に、清涼感のある香りがするミントティーが置かれる。

 私はありがたくカップを手にして、一口飲んだ。
 口の中に広がるすっきりとした味わいに、知らず緊張していた体から力が抜けた。

 フィオルド様は私の隣に座った。

 私はカップをソーサーに戻して、フィオルド様の体に自分の体を預けた。

 すぐに腰を引き寄せて私の体を抱きしめてくださる。

 外で話をしていたせいで冷えた体に、フィオルド様の体温があたたかい。


「フィオルド様、大好きです……」


 心に浮かんだ言葉を口にして、フィオルド様の首に腕を回して甘えるように頬を擦り付けた。

 髪を撫でる手が心地よくて、目を閉じる。


「たくさん、悩んでくださいましたよね……私はいつも、何も気づかなくて……甘えてばかりで、ごめんなさい」

「リリィ、私も隠し事ばかりですまない。……どうするのが最善なのか、わからなかった。これで良いのか、未だに迷っている。……お前に負担をかけることになるのではないのか。リアン母上がお前を思って封じた魔力を、再び取り戻させるのは……国のためではあるが、お前のためにはならないのではないかと」

「国のためになるのなら、必要なことだと思います。私にそんな力があるなんて、とても思えませんけれど……でも、聖女の力があることで、人々の安寧が保たれるのなら、それは、大切なことです」

「リリィ、……国のため、お前の身を犠牲にする選択肢を、私は選んでしまったように思えてならない」

「そんなことは、なくて……今まで、私は自分のことばかりで、自分のことだけで、精一杯でした。でも、フィオルド様と一緒にいるようになって……少し、変わることができたかなって、思うんです」


 些細な変化かもしれないけれど、それはフィオルド様とこうして一緒にいるようにならなければ、もたらされなかったものだ。

 フィオルド様がいなければ、私はいつまでも怯えて、部屋から出たくないとお布団にくるまって、感情が揺らぐのが怖くて、誰かを傷つけるのも傷つけられるのも怖くて、心地良さだけを求めていたかもしれない。


「この国には、たくさんの人が住んでいて、フィオルド様は国の人々のことも、守らなくてはいけなくて、だから、たくさん色々なことを、考えていらっしゃって……」

「私は、父上のようにはなれないかもしれない」

「フィオルド様には、フィオルド様の良いところがたくさんあります。だから、皇帝陛下のようにならなくても、良くて……私の大好きな、フィオルド様のままでいて欲しいって、私は、思います……」

「ありがとう、……私も、誰かといても、私に一番に駆け寄ってくれるお前が、愛しくて仕方ない。愛しているよ」

「……はい……っ、フィオルド様、私も……だから、私、頑張りたい、です。……私たちは守られていて、魔物や魔族の脅威に怯えながら生活したことなんて、一度もないですけれど、そうじゃない人たちもたくさんいるのですよね。……命を落とす人も」


 遺跡の中で私を襲った魔物のことを思い出す。


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