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聖女の魔力と豊穣の秋
アミティ様とバルツス皇帝陛下 1
しおりを挟む痛いほど、きつく手を握りしめる。
手のひらに爪が食い込んで、浅く傷をつくった。
「……アミティ様、……ごめんなさい。……どう言って良いのか、分からないのですけれど、……お母様が逃げた、から。アミティ様は、辛い思いを。アザレア様も、……アニスさんも、苦しい思いをしてきたのですよね……」
人を愛すると、辛いことばかりが起こるのかしら。
皆、思うようにならなくて。
お母様とお父様は――幸せになったのかもしれない。
そうするしかなかったのかもしれないけれど、大きな傷跡を、いろんな人に残してしまっている。
私だって、そう。
私はフィオルド様が好き。
譲ることは、できない。
けれどそれで傷ついてしまった人がいる。レイフィアさんは――今、どうしているのだろう。
「あなたが謝ることではないわ、リリィ。……あなたは何も、悪くない。リアン様だって、何一つ悪いことはしていないのよ。ただ、好きな方と結ばれただけ。……人は、色々な感情を抱いて生きているから、思うようにならないことも多いけれど、リリィが気にする必要はないの」
「でも……」
「たとえばね、リリィ。私が朝起きて、誰かに、おはようって挨拶をしたとするわよね。それだけで、少しうれしい気持ちになる人もいれば、不愉快になる人もいる。それと、同じ。不幸になった誰かについて思いを馳せるのは悪くないことだわ。それはあなたが優しいから」
アミティ様は、言い聞かせるようにして続ける。
「けれど、本当に大切な物を見失う必要はない。あなたが幸せになって、誰かが不幸になったとしても、それはあなたのせいじゃない。己を不幸だと思うのは、ひたすらに、自分自身の心の在り方のせい。ただ、それだけなのよ」
「アミティ様……人を好きになるのは、いけないことのような、気がしてしまいます。アミティ様も、……苦しい、思いを。フィオルド様も、シリウス様も……」
「あなたに愛されて、フィオルドは本当に幸せそうよ。あなたの愛情がなければ、フィオルドはずっと苦しいままだったでしょうね、リリィ。それから、シリウスも。私が呼び出しても絶対に顔も見せに来なかったのに、アニスと結ばれて、変わったのね」
アニスさんは恐縮したように身を縮めた。
アミティ様は申し訳なさそうに目を伏せると、小さな声で付け加えた。
「あの子たちを苦しめてしまったのは、私の責任なのだけれど。……あのね、リリィ、アニス」
一度言葉を区切るアミティ様を、私たちは静かに見つめた。
とても大切な話を、してくださろうとしているのが分かる。
少しの沈黙が東屋を支配して、それから、アミティ様のゆったりした声が音楽のように響いた。
「優しさも、寂しさも、愛情も、義務感も――時には、毒になることがある。どんな感情だって、誰かの、もしくは自分自身の毒になってしまうことがあるの。正義も、そう。湖に落ちた小さな雨粒が、大きな波紋を広げるように。貯水池の水門に入った小さな亀裂が、洪水を起こしてしまうように」
「正義も、毒……それは、理解できる気がします」
アニスさんが深く頷く。
「ええ。でも、感情がなければ、生きていけないでしょう? 人は感情に振り回される。時には、支配されてしまう。愛は人を幸せにするし、不幸にもする。……あなたたち、これからの若い世代の子供たちには、幸せになって欲しいと願っている。私たちのようにならずに」
「アミティ様……やっぱり、お辛い思いを……」
皇帝陛下が未だお母様のことを求めているとしたら、アミティ様は辛いだろう。
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