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聖女の魔力と豊穣の秋
アミティ・セントマリアの過去の話 2
しおりを挟むアミティ様も、「そうね、姉さんは難しい人だから」と言って、悩ましそうに眉を寄せた。
「リアンお母様は、アミティ様にはお会いしたいとおっしゃっていました。……アザレア様のことは、未だ、苦手なようです」
私が口を開くと、アミティ様は頷く。
「私もリアン皇女のことが好きよ、リリィ。リアン皇女様は、大人しい方でね。あまり口数が多くなくて、だから、誤解を受けやすかったの。ちょうど、今のリリィと同じように」
「お母様、今も、同じです……私と同じで、社交の場が苦手のようで……」
「もともと積極的に人と関わらない方だったけれど、アザレアのせいで余計にそうなってしまったのだと思う。あれは、私たちが魔導学園に通っていた時のこと」
リアンお母様とアザレア様は同じ歳で二年生。アミティ様は、一つ年下の一年生。
バルツス皇帝陛下とロイスお父様は同じ歳の三年生で、二人は友人のような関係だったのだという。
「私が魔導学園に入った時にはすでに、アザレアとリアン様の関係はこじれていたようだけれど……。アザレアは昔から、ロイス公爵に憧れていた。手作りのお菓子を何度も渡しに行ったり、お出かけに誘ってみたりしていたわ。ロイス公爵は優しい方だから、アザレアを拒絶したりしなかった。だから、自分は好かれていると、アザレアは勘違いしたのね」
「お父様、……その、誰かを傷つけたり、することがなくて。怒っているところも見たことがなくて。優しい方です。……でも、誰にでも優しいというのは、良いことばかりではないのですね」
「ええ、そうね。アザレアはロイス公爵と結婚を約束したと思い込んでいたのよ。どうしてそうなったのかはわからないけれど、デートの誘いに乗ってくれたり、二人きりで過ごしてくれることが何度も続けば、勘違いしてしまうかもしれないわね。……けれどロイス公爵は、リアン皇女様が好きだったのよ」
「……お母様はいまだに、リアン皇女様にロイス公爵を奪われたと言っています」
アニスさんが呆れたように口にした。
「アザレアにとっては、そうなのでしょうね。リアン皇女様は本当に大人しい方で、アザレアに何を言われでも、反論しようともしなかった。リアン皇女は滅多に言葉を話さなかったけれど、……私は一度だけ、校内で道に迷っているときに、助けてもらったことがあって。大丈夫? って、声をかけてくれて。だから私は、優しい方だと思っていたわ」
「少し前の、私たちと一緒ですね。私はリリアンナを悪女だと思い込んでいて、悪口を周囲の方々に吹聴していました。リリアンナはリアン皇女と同じで大人しい子だから、反論することもなければ、噂を否定するようなこともなかった。……リアン皇女様も、そうだったのでしょうね」
「そこに、好きな男を奪い合うという出来事が起きると、余計に悪化するのよ。憎しみがね」
「結局アザレアお母様は、最初からロイス様に相手にされていなかったということですよね」
「……どうなのかしらね。そこも、難しいところで。……どうも、ロイス公爵は、魔導学園に入ってからリアン皇女様に好意を抱くようになったようなのよ。陛下がリアン皇女に、並々ならない好意を示していたことは知っているでしょう?」
「……その、……何度か、夜這いを」
さらりと皇帝陛下について口にするアミティ様から、アニスさんはなんと言っていいかわからないように視線を逸らした。
私は知っていることを口にした。アニスさんには到底口にできない事柄だろう。
「そうみたい。セントマリア皇家では、過去には兄妹での婚姻も認められていたわ。今は、流石に血が濃すぎてしまうという理由から、敬遠されるようにはなっているけれど。陛下は、リアン皇女が可愛くて仕方なかったのね。でも、リアン皇女はそうではなかった。陛下の友人だったロイス公爵は、陛下とリアン皇女の関係を見ているうちに、……リアン皇女を守らなければいけないという、庇護欲が芽生えたのではないかしら」
「お父様は、お母様のことをとても大切にしています……」
「そうだと思うわ。陛下から守るようにして、ロイス公爵は卒業と同時に、リアン皇女様を攫って逃げたの。婚姻の許可は、リアン皇女様をセフィール家に匿ってから、陛下に何度も手紙を出して、話し合いをして、取り付けたようね」
「……そうだったんですね」
攫って逃げた、ということまでは知らなかった私は、驚いてアミティ様を見つめた。
「アザレアにとっては、青天の霹靂よ。自分と結婚するとばかり思っていたロイス公爵が、リアン皇女様と駆け落ちでもするようにして、学園からいなくなってしまったんだもの。リアン皇女様のことを、魅了の魔女と、罵っていたわ。皇帝陛下は……」
「お父様たちの結婚を、認めたのですよね……?」
「認めないわけにはいかないわよね。兄妹での結婚は認めさせることはできるけれど、リアン皇女が拒絶しているのだから、無理やり、というわけにはいかないわ。陛下は婚姻を結ぶために、先にリアン皇女を手に入れようとしていたようだけれど。……結局、陛下は諦めて、私と結婚を。アザレアは、婿をとって……それで、今ね」
私は両手を膝の上で強く握った。
お父様とお母様は幸せになったかもしれない。
けれど、これではアミティ様は、ずっと、辛い結婚生活を続けてきたのではないのかしら。
そしてアザレア様も。
――私の両親も苦しんだかもしれないけれど、でも、なんだかとても、残酷だと思ってしまう。
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