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聖女の魔力と豊穣の秋
シリウス・セントマリア第二皇子という人 2
しおりを挟むもしかしなくてもそれはシリウス様だった。
アニスさんによく似た黒髪に赤い瞳をしているけれど、顔立ちはあまり似ていない。
シリウス様の顔立ちは、どちらかといえばフィオルド様に似ている。色合いは違うけれど、やはりご兄弟だ。口元には柔和な笑みが浮かんでいるけれど、その目つきはどことなく冷たい。
「シリウス様……!」
シリウス様はアニスさんに何か酷いことをした可能性があるのよね。
アニスさんは大切なお友達だ。
今まで守って頂いた分、私がアニスさんを守らないといけない。
撫でられて気持ち良くなっている場合じゃなかった。しかも、校舎の廊下で。
私は一歩前に出ると、アニスさんを背中に隠すようにした。
「こんにちは、リリアンナ。久しぶりだね。一度、植物園で会ったね。一度? いや、二度、かな。植物園で、雨の日に」
微笑みながらシリウス様が言う。
確かにシリウス様と会ったのは雨の日の植物園だ。
何故かそれを強調するように言われて、私は首を傾げる。
私の背後のアニスさんが、びくりと体を震わせた。
「こ、こんにちは、シリウス様……その、アニスさんとの婚約、おめでとうございます。……シリウス様は、アニスさんの婚約者になりたくて、なったのですよね……?」
「単刀直入だね。臆病な君が、友人のために勇気をもって言葉を話そうとするのを見ていると、感動さえ覚えるよ。君は、変わったね、リリアンナ」
「……シリウス様のこと、私は良く知りません……」
「俺は良く知っている。だって、見ていたから。あの頭の固い、女性に対して病的に潔癖な兄上が、固執している女とは、どんな人間なのかなって思っていてね。そのうち遊んでみようかと思っていたけれど……リリアンナで遊ぶよりも、アニスで遊んだほうが面白そうだから、やめておくよ」
「アニスさんで、遊ぶなんて……言い方が、良くないと思うのですが……」
「そう? そうだね、つい。俺はアニスが好きだよ。だから兄上に、アニスとの婚約について相談した。これで良い?」
「……良くないわよ、良くないわよ……! あなたは嘘つきだし、あんなことをするし、意地悪だわ……! せいぜいいつもどおり、娼館で寂しさを慰めてもらいなさいよ。私は婚約者だけど、これは贖罪だし、義務よ。だから、お飾りの婚約者でいてやるわよ……!」
「お飾りの婚約者というのは、俺にその気がない場合なんじゃないかな。今の俺は、アニスを愛してあげるやる気に満ちているのだけれど」
「いらないわよ!」
アニスさんは「リリアンナ、守ってくれてありがとう!」と、いつもどおり威勢よくはきはき言って、シリウス様の隣を通り過ぎると、走って逃げていった。
シリウス様はにこにこしながらその背中を見送って、私を振り返る。
「安心して、リリアンナ。俺はきちんと、アニスを大切にしようと思っているよ。アニスが一番好きなのはリリアンナ。だから怒っているんだよ、俺のことが邪魔だって。……でも、一番の座を奪い取るのも面白いよね」
「私も、お友達の中ではアニスさんが一番好きです……アニスさんしか、お友達がいないともいいます……」
「……君はまるで、甘い蜜をたたえて蝶や蜂の訪れをひたすらに待っている、動かない花のようだね。それはそれで魅力的だけれど。どこまでも清く正しく在ろうとして道を踏み外していくアニスは、兄上に似ている。……見ていると、すごく楽しい」
「よく意味が、分かりません……」
「つまり、俺はアニスが好きだということだね。だから、心配する必要はないよ」
そう言うと、シリウス様はアニスさんを追いかけて行ってしまった。
シリウス様、話しているとすごく疲れる。
あと、話の内容が半分くらいしかわからない。
半分くらいしか分からないという意味ではドロレスに似ているから、帰ったらドロレスに相談してみよう。
そう思って私は、廊下に背中をあずけると、疲労感から息をついた。
フィオルド様の元から逃げるように貴賓室を出てきてしまったけれど――どうしよう。
今更戻るのも、なんだかおかしい気がするし。
かといって廊下にずっと一人で立っているわけにもいかないし。
アニスさんのこともあるし、レイフィアさんのこともある。混乱する頭を整理するために一休みしようかと、私は図書室へと向かうことにした。
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