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聖女の魔力と豊穣の秋
植物園での昼休み 2
しおりを挟む誰にも邪魔をされずに眠ることができる至福の時間だった。といっても、もとに戻りたいとは思わないし、フィオルド様と一緒に居られる今の方がずっと幸せなのだけれど。
「すまない、リリィ。……一度でも、自らお前の元へと出向いていれば、お前が一人きりで過ごしていたことに気づけただろうに」
「フィオルド様、気にしなくて、もう、大丈夫なので……」
「ここに一人で座って、泣いていたのではないか、リリィ。……どうして私は、お前を抱きしめてやることができなかったのか」
長椅子の隣に座っている私を、フィオルド様は軽々と抱き上げると、ご自分の膝の上へと乗せてくださった。
横抱きになった私は、フィオルド様の首に腕を回して、不安定な体を支えた。
どうしよう。
抱きしめてくださるのは嬉しいのだけれど、フィオルド様が落ち込むのは予想していなかった。
ドロレスに言わせると、結構怠惰で後ろ向きなのに前向きで思ったほどに悩まない私は、過去についてはそこまで気にしていない。むしろ、フィオルド様を落ち込ませてしまうことのほうに、申し訳なさを感じる。
「泣いては、いなくて……その、……お昼寝を、していて」
恥ずかしいけれど、正直に白状することにした。
こんなところで寝ていたとか、私の身分や立場を考えると良くはないのだけれど。
それでも、フィオルド様が私を思って悲しくなってしまうよりは、良いと思うの。
「寝ていたのか、ここで?」
「ええ、その、……はい。……晴れた日には、良く空が見えて心地よくて、雨の日にも、雨が上から降ってくるのが見えるのに、私には届かなくて、濡れないから、心地良くて。よく眠れました」
「……実を言えば、リリィ。午後の授業にお前が無断で欠席していると、何度か報告を貰っていた。アニス・レランディアからな。アニスはお前が……知らない男と共にどこかで午後を過ごしているのだと、邪推していた。私も、お前が学園でも不義を働いていることを想像しては、苛立ちを募らせていた。調べもせずに」
「た、確かに、……何度か寝過ごしてしまって。……午後の授業に間に合わないときは、もう、良いかなって思って、お昼寝を続けたことが……」
「……ここで、ずっと?」
「は、はい、……すごく、気持ち良くて」
「……そうか。……リリィ、私は……何度も自分の愚かさに、呆れかえるばかりだ。……この場所で眠るリリィは、きっととても愛らしい姿だったのだろうな。私の、眠り姫。口づけで目覚めさせてみたかった」
「は、はい、よろしくお願いします……!」
甘い声で囁かれて、私はこくこくと頷いた。
よく考えたら、よくわからない返事をしてしまった。私は今眠っていないし、昼寝をしているところを是非発見して欲しいとお願いするなんて、なんだか間が抜けている。
フィオルド様は微かに笑みを浮かべると、そっと私に掠めるような口づけをした。
ふわりとした感触が唇にあたって、すぐに離れてしまうのが寂しい。
思わず、じっとフィオルド様の顔を見上げてしまう。
「だが、一人で寝ていたのか。……危険だろう。誰か来たりはしなかったのか?」
フィオルド様は私の視線に気づいているように、艶美に目を細めたあとに、心配そうな口調で尋ねる。
「誰か……? そう言えば、一度だけ……シリウス様が来ました」
シリウス様はフィオルド様の弟君で、私よりも一つ年上。
魔導学園の二年生だけれど、滅多に会うことはない方だ。
どうやら、どうせ自分は皇帝にはならないのだからと言って、あまり真面目には生活を送っていないらしく、授業に参加するのも珍しい――らしい。
こういった噂は私の耳にはほぼ入ってこないのだけれど、私が知っているぐらいなのだから、シリウス様の素行については有名なのだろうと思う。
「お昼寝から目を覚ましたら、目の前に立っていて。……よく眠れるのは良いことですね、と一言だけ言って、帰られていきました。だから、お話をしたわけではないのですけれど……それ一度だけ、です」
「シリウスが……」
「シリウス様とは、どういう方なのでしょうか……? その、あまり、良く知らなくて……」
そういえば、アニスさんがシリウス様と結婚する可能性が高いのは自分だと言っていた。
アニスさんのためにも、シリウス様について聞いておくのは悪いことではないわよね。
きっと、不安だろうし。
アニスさんも、昨日お話した時に「良く分からない人」だと言っていたし。
「リリィ……シリウスに、興味が?」
フィオルド様は、どこか苛立ったように眉をひそめた。
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