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セフィール家での休暇と想起の夏

過去の記憶 1

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 お母様は、お城に行きたがらなかった。

 だから――季節のご挨拶や、公務として皆に挨拶をしなければいけない晩餐会などは、大抵の場合お父様と一緒に参加していた。

 お母様は「リリィちゃんは無理して行かなくて良いのよ」と言ってくれていたし、その言葉に甘えてしまうことも多かったのだけれど。

 それでもフィオルド皇太子殿下の婚約者として、全く顔を出さないというわけにはいかない。

 フィオルド様とお会いした一番古い記憶は、私が確か、十三歳の時。

 二歳年上のフィオルド様の、十五歳のお祝いの誕生日。

 セントマリア皇国では十五歳になれば大人と同じように扱われる。
 貴族は十五歳で嫁ぐ者もいるし、二十歳を過ぎたら、結婚するには年嵩と言われてしまうほどだ。

 長く婚約者の間柄だったのに、はじめましてのご挨拶をしたのが、フィオルド様が十五歳、私が十三歳の時というのは遅すぎる気がするのだけれど――皇帝陛下とお母様の事情を考えれば、仕方ないのかもしれないと今にしてみれば思う。

 私は顔中を、ついでに体中を緊張で強ばらせていた。
 ドロレスが着せてくれた、繊細なレースと小さなリボンが愛らしい白いドレスが台無しになってしまうぐらいに、表情を硬くしていたように思う。

 私の表情が硬いのはいつものことなので、お父様はあまり気にした様子はなかった。

 けれど滅多に登城しないセフィール公爵家の娘である私が、それはもう不機嫌そうな表情を浮かべているのだから、周囲の方々は吃驚していたように思う。

 そんなことを気にする余裕も、私には無かったのだけれど。

 フィオルド様とはじめて会った私は――その美しさに圧倒されていた。

 遠目から見ても、人目をひく方だった。
 まだ青年と少年の境目の年齢なのに、二歳年上というだけで、私の目には大人の男性に見えた。

 私よりもずっと背が高くて、すらりとした体に白と黒のはっきりとした、色が乏しいながらに華やかな衣服を纏っている。

 赤い片掛けマントが艶やかで、さらりとした水色がかった銀の髪が、誰にも触れられたことのない新雪を思わせた。

 やや目つきは鋭いけれど、高い鼻梁や、生真面目そうに結ばれた唇や、白い肌、フィオルド様を形作るひとつひとつが全て美しくて、こんなに綺麗な男性は初めて見たような気がした。

 けれど――感嘆と共に、どうにもならない居心地の悪さに、私は支配された。

 今すぐ、帰りたい。
 フィオルド様に近づきたくない。

 何だかとっても苦しくて、水もないのに、水中で溺れているみたいだった。

「……リリアンナ」

 お父様に促されて、私はフィオルド様の元へ向かった。

 表情を凍らせたまま、ぎこちなくお辞儀をした私を、フィオルド様は一瞥して、名前を呼んだ。

 冷たい声だった。
 鋭い眼差しが、私を睨み付けている。


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