リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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セフィール家での休暇と想起の夏

 魔物の襲来の可能性 2

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 ドロレスは片手に持っていた大粒の記録石を、豊かな胸の谷間に突っ込んだ。

 胸の谷間が記録石を飲み込んで、完全に見えなくなる。

 すごい。

 私が同じことをしたら、つるっと滑って記録石は地面に落ちてしまうわよね。

「もちろんです、お嬢様。可愛いお嬢様のお姿を、このドロレスが見逃すはずがないじゃないですか。素晴らしい葡萄踏みでした。後世に残したいほどの愛らしいお姿でしたよ、お嬢様。もちろん、記録石で記録しましたとも」

「わ、私の失敗を……?」

「失敗など! とっても素敵な晴れ姿でしたとも。そうですよね、殿下」

「そうだな。……あまりにも可憐で、今にも消えてしまいそうに見えた」

 フィオルド様が腕の中に抱き上げている私を、抱きしめてくださる。

 そういえば、裸足のままだったし、足には葡萄の果汁がこびりついている。

 可憐というよりは、乱れた姿のような気がするし、先ほどのフィオルド様の方がずっと、神聖で素敵だった。

「……それに、殿下。ありがとうございます。……聖域結界を、はってくれたのですね」

 ドロレスが、普段とは違う静かな声で言った。

「あぁ。……甘い魔力の香りに連れられて、魔物が集まる可能性がある。リリィの力を私の魔力で包み安定化させたから、まず問題はないとは思うが、念のために」

「あ、あの、……魔物が、集まるのですか……?」

 私は取り返しのつかないことをしてしまったのではないのかしら。

 恐る恐るフィオルド様に尋ねると、どこまでも優しい眼差しでじっと見つめられて、勝手に頬が染まった。

「何も案ずることはない。……遺跡でお前は魔物に襲われただろう。魔物たちはお前の魔力を求めていた。それと同じで、お前の魔力が強く香る葡萄の木に、魔物たちが誘き寄せられる可能性がある」

「私、なんてことを……」

「そうならないように、私の力で木々を包んだ。これでも、セントマリアの血を受け継いでいる。翼あるセントマリアの力があれば、魔物を寄せ付けずにすむ。街を結界で覆って、聖域化も行った。魔物も魔族も、近寄ることはできない」

「……ありがとうございます」

 私のせいで、多くの人が傷つくかもしれなかったと思うと、体が震えた。

 フィオルド様の体にぎゅっと抱きついて、私はフィオルド様の首筋に額を押し付けた。

 ミランダさんや他の皆さんの前ではただ、お祭りをお祝いしてくださっているだけのように見えたフィオルド様が、そこまで考えて魔法を使ってくれたことが嬉しい。

 私の失敗を、喜ばしい出来事へと変えてくれた。
 それはきっと私を、傷つけないようにするために。

「フィオルド様、大好きです……」

「リリィ……」

「殿下。なんと、このドロレス。殿下たちのために、街に宿を手配しておきました。今日はみんなで街に一泊しましょう。大丈夫、邪魔しません。競馬と酒場が私を待っていますので」

 ドロレスが良い笑顔で言う。

 他の侍女の方々が「やった!」と両手を上げて喜び、護衛兵の方々も微笑ましそうに私たちを見守ってくれている。

 みんなの前で、好き、とか言ってしまったわね。

 私はセフィール家の見知った方々の顔が恥ずかしくて見れなくて、フィオルド様に抱きついたまま顔を伏せた。



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