リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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セフィール家での休暇と想起の夏

 葡萄踏みの乙女 2

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 お話は興味深いのだけれど、フィオルド様の声が心地よくて、眠くなってしまうだけだ。

 私はもともとかなり、寝ていることが好きなので、すぐ眠くなってしまうのよね。
 気をつけないといけない。

「そんなことはなくて……お話、面白いです」

「気をつかわなくて良い。……自覚している。話がながく、真面目すぎてつまらないと」

「ええと、……フォルトナ様に、言われるのですか?」

「何度か言われている」

「お二人は、仲良しですね」

 私ははっとした。

 フィオルド様のお話には、いつもフォルトナ様が出てくる。

 それは、つまり――。

「違うぞ、リリィ。フォルトナとは付き合いが長い。宰相の息子として、よく城に来ていた。部下や側近というよりも、友人という印象が強いが。妙な勘違いはしないで欲しい」

「フィオルド様、……そ、その、私に、気をつかわないでください。……私、フィオルド様が幸せになってくださると、嬉しいので……」

「リリィ、私の幸せは、お前と共にある。それ以外にはない。だから、そんな顔をしないでくれ。……食べたくなってしまう」

「……っ、はい……どうぞ、好きに……っ」

「……どこかに部屋をとろうか。……いや、それはさすがに、まずいか」

 フィオルド様が私の頬を撫でる。

 私は安心して、大きな手に自分の頬をすりつけた。すこしひんやりしていて、気持ち良い。

 フィオルド様、道ならぬ恋を隠しているわけではなさそう。良かった。

 でも少し悲しいけれど――私がフォルトナ様とフィオルド様の隠れ蓑になるというのなら、喜んでその役目を引き受けたいと思うの。

 だって、今のままでも十分幸せだもの。フィオルド様が私に優しくしてくださるのなら――その愛が多くても、我慢、できる。

(本当に、そうかしら……)

 それは、相手がフォルトナ様だと思えば、我慢できるということではないのかしら。

 たとえば今の皇帝陛下のように、フィオルド様が愛が多くて浮気性になってしまったら、私はすごく、悲しいのではないかしら。

「リリアンナ様! ようこそいらっしゃいました!」

 悩む私に、大きな声がかけられる。

 恰幅の良い年嵩の女性が、顔中を笑みでくしゃくしゃにして私の方へと向かってくる。

 葡萄祭りの代表もつとめている、オウウェル地区の首長、ミランダさんだ。

 お母様のご友人なので、何度か会ったことがある。

「リリアンナ様ですよね、やっぱり、リリアンナ様! お屋敷から外にでているところを、はじめて見ましたよ、私は! まさか、今日はお忍びですか! 私ったら、大きな声で名前を呼んでしまいました、申し訳ありません!」

 申し訳ないと言いながらも、ミランダさんの声が大きい。

 もともと声量があるので、声をひそめても大きい。

 ざわざわと、人混みがざわついている。

 私はぺこりとお辞儀をした。
 ミランダさんは私とフィオルド様の顔を交互に見て、大慌てで深々と頭をさげた。


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