103 / 200
セフィール家での休暇と想起の夏
葡萄踏みの乙女 1
しおりを挟む広場には大樽が準備されている。
浅めの大樽の中には、春の初めに収穫された赤葡萄が沢山敷き詰められていて、葡萄踏みの乙女の衣装を着た女性が、足を葡萄の果汁で染めながら、白い足で葡萄を潰していた。
広場には葡萄の実がはじけているからだろう、甘い香りが漂っている。
「昔は――こうして、足で踏んで、葡萄を搾っていた。だが、今は神事の意味合いが強いのだったな」
私はフィオルド様と並んでその様子を見学している。
女性たちが楽しげに、白い足をさらして葡萄を踏んでいる光景は、どことなく神聖さが感じられる。
「教会のマリアテレシアの像は、大抵の場合葡萄を手にしているだろう。それは豊穣を意味するもの。豊穣とは、土地を豊かにするもの。作物の実りも――それから、人も、動物も」
「お祭りで、葡萄を踏めるのは、女性だけなんです。……葡萄踏みの衣装を着た女性たちは、女神の化身といわれていて。女神様への信仰心をあらわすのと、それから、翼あるセントマリア様への、忠誠を示しているそうです」
神聖だけれど、どことなく艶やかさも感じるのは、女性が足先までの素足を人前でさらしている光景なんて、滅多に見られないからだろう。
足先を汚す葡萄の果汁が、両手で持って濡れないようにとまくり上げているスカートからのぞく白い膝が――なんだか、見てはいけないものを見ている気がして、酩酊したように頬が染まった。
お酒は飲んだことがないけれど、広場に満ちている葡萄の香りのせいかもしれない。
「国とは、人だ。人が増えるためには、赤子が生まれる必要がある。……酒は、その象徴でもある。なるほど、葡萄踏みは神事な筈だ。とても理にかなっている」
「フィオルド様?」
「知性ある人の理性を酩酊によって溶かす――そういう意味も、込められているのだろう」
「そ、そうなのですか……?」
「おそらくは。豊穣の象徴でもある女神の供物。その葡萄を踏むという行為は、女神への冒涜ともとれてしまう。だが、そうではなく、信仰をあらわしているという。酒造りの行程が信仰心をあらわしているとしたら、酒そのものに、女神信仰の意味合いが強い」
フィオルド様の静かな声が、まるで子守歌みたいだ。
興味深いお話をしてくださっているのに、あたたかい日差しも相俟って、広場に流れている明るい音楽と葡萄の香りも加わって、なんだか眠くなってしまう。
「酒に酩酊し、享楽にふけることも――時には必要。女性たちがあのように、素肌をさらして大衆に見られているというのもまた、そういった意味が……すまない。……つい、興味深く思って、面白味のない話をしてしまった」
眠そうな顔をしてしまったのかしら。
私はあわてて気を引き締めて、目をぱっちりひらくと、ぶんぶん首をふった。
21
お気に入りに追加
2,083
あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる