リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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セフィール家での休暇と想起の夏

葡萄踏みの乙女 1

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 広場には大樽が準備されている。

 浅めの大樽の中には、春の初めに収穫された赤葡萄が沢山敷き詰められていて、葡萄踏みの乙女の衣装を着た女性が、足を葡萄の果汁で染めながら、白い足で葡萄を潰していた。

 広場には葡萄の実がはじけているからだろう、甘い香りが漂っている。

「昔は――こうして、足で踏んで、葡萄を搾っていた。だが、今は神事の意味合いが強いのだったな」

 私はフィオルド様と並んでその様子を見学している。

 女性たちが楽しげに、白い足をさらして葡萄を踏んでいる光景は、どことなく神聖さが感じられる。

「教会のマリアテレシアの像は、大抵の場合葡萄を手にしているだろう。それは豊穣を意味するもの。豊穣とは、土地を豊かにするもの。作物の実りも――それから、人も、動物も」

「お祭りで、葡萄を踏めるのは、女性だけなんです。……葡萄踏みの衣装を着た女性たちは、女神の化身といわれていて。女神様への信仰心をあらわすのと、それから、翼あるセントマリア様への、忠誠を示しているそうです」

 神聖だけれど、どことなく艶やかさも感じるのは、女性が足先までの素足を人前でさらしている光景なんて、滅多に見られないからだろう。

 足先を汚す葡萄の果汁が、両手で持って濡れないようにとまくり上げているスカートからのぞく白い膝が――なんだか、見てはいけないものを見ている気がして、酩酊したように頬が染まった。

 お酒は飲んだことがないけれど、広場に満ちている葡萄の香りのせいかもしれない。

「国とは、人だ。人が増えるためには、赤子が生まれる必要がある。……酒は、その象徴でもある。なるほど、葡萄踏みは神事な筈だ。とても理にかなっている」

「フィオルド様?」

「知性ある人の理性を酩酊によって溶かす――そういう意味も、込められているのだろう」

「そ、そうなのですか……?」

「おそらくは。豊穣の象徴でもある女神の供物。その葡萄を踏むという行為は、女神への冒涜ともとれてしまう。だが、そうではなく、信仰をあらわしているという。酒造りの行程が信仰心をあらわしているとしたら、酒そのものに、女神信仰の意味合いが強い」

 フィオルド様の静かな声が、まるで子守歌みたいだ。

 興味深いお話をしてくださっているのに、あたたかい日差しも相俟って、広場に流れている明るい音楽と葡萄の香りも加わって、なんだか眠くなってしまう。

「酒に酩酊し、享楽にふけることも――時には必要。女性たちがあのように、素肌をさらして大衆に見られているというのもまた、そういった意味が……すまない。……つい、興味深く思って、面白味のない話をしてしまった」

 眠そうな顔をしてしまったのかしら。

 私はあわてて気を引き締めて、目をぱっちりひらくと、ぶんぶん首をふった。


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