リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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セフィール家での休暇と想起の夏

とけた氷菓と戯れと 1

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 棒付きシャーベットは、溶けやすいのが難点らしい。
 とくに日差しの下で食べていると、陽光や風にあてられて、食べているそばからどんどん溶けていってしまう。

「わ、……とけ、ちゃう……」

 溶けかけたシャーベットが棒から外れて、べしゃりと地面に落ちるぐらいに悲しいことはない。
 好き嫌いの多い私だけれど、食べ物を粗末にしたらいけないことは良く理解している。
 棒からぽたぽたと雫を滴らせながら、崩れそうになっているシャーベットは、満月ではなく半月の形になっている。
 半分は食べ終えているけれど、まだ半分以上残っている。
 元々食べるのが遅い私は、フィオルド様の前でお食事するとなると、できるかぎりお上品に女性らしく――などと思ってしまうので、蟻ぐらいゆっくりシャーベットをかじって、シャリシャリ食べていた。
 それは、溶けるわよね。
 どうしよう、どうしよう。フィオルド様に折角買って頂いたのに、食べきれずに地面に落としてしまうなんて、絶対に駄目だ。
 焦った私は、大きくくちをあけて、残りのシャーベットを口の中に突っ込んだ。
 なんとかシャーベットは口の中におさまったけれど、甘酸っぱくて冷たい液体が口の中であふれて、すごく苦しい。

「大丈夫か、リリィ」

 私に伸ばそうとしていた手を中途半端な位置で止めて、フィオルド様が私を覗き込む。
 口に突っ込んでいた棒を抜き取って、口の端に垂れる液体を指先でぬぐってくださる。
 返事ができない私は、口も手もべたべたになっている。
 お上品に、お上品にと思っていたのに、台無しよね。
 せっかくのお出かけなのに、そしてとっても良い雰囲気だったのに、ひどい姿を見せてしまった。
 泣きたい。

「落ち着いて。ゆっくり、飲み込んで。苦しければ吐き出しても良い」

「……!」

 フィオルド様に買って頂いたシャーベットを吐き出すなんて、もってのほかだ。 
 私はふるふる首を振って、両手で口を押さえた。
 なんとか咀嚼して、飲み込んだ。
 息苦しさと恥ずかしさで、泣きそう。というか、すでに半分泣いている。

「氷魔法でもう一度凍らせようかと思ったのだが、……私が声をかけるより、リリィが口に入れる方が早かった。すまない」

「……い、いえ……お、お見苦しい姿を、見せてしまって、ごめんなさい……」

「見苦しくなどはないよ。……リリィ、お前と過ごす時間が長くなるほど、お前の愛らしい姿を見ることができるのだな。私の可愛いリリィ。顔をあげて、こちらを向いて」

 べとべとになってしまった私の手を、フィオルド様がそっと握った。
 それからご自身の口元に引き寄せると、私の指に舌を這わせる。
 薬指を赤い舌が這い、指の間や指先までを味わうようにゆっくり舐る。
 軟体動物のようにぬるりとした舌が皮膚を這う感覚に、昨夜の快楽の記憶がどうしても呼び起こされてしまう。
 爽やかな日差しの下で堂々と行われているあまりに淫靡な光景に、私は先程とは違う意味で泣きそうになる。

「フィオ、さま、……あの、だめ、ひとが、見ているから……」

「誰も見ていない。皆、自分の恋人に夢中だ。私も」

「で、でも、でも……」

「ほら、こちらも綺麗にしよう」

 手を引き寄せられて、薄手のマントの中にすっぽりと抱き込まれるようにされる。
 恥ずかしいけれど――抵抗する気なんて最初からなくて、そもそもそんな理由も見当たらなくて、簡単に抱きしめられた私の唇に、舌が触れる。
 こぼれた氷菓の雫のあとを舐めとって、唇が重なった。

「……ん」

 深い口付けを想像していたのだけれど、重なった唇は触れるだけですんなり離れていった。
 私はフィオルド様の服を指先で掴んで、フィオルド様を見上げる。

「物欲しそうな顔をしている。……リリィ、ここでは駄目だと言っていたのに、もっと、して欲しかった?」

「……っ、……ぅん……」

 どこかからかうように言われて、私は思わず頷いていた。
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