リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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セフィール家での休暇と想起の夏

ドロレス・ヴェルダナはお嬢様の味方 1

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 リリィの体を浄化魔法で清めて、乱れた寝衣をなおした。
 体液で汚れたシーツも浄化魔法で綺麗にして、リリィの体にかける。

 便利なものだと思うが、魔法を使うとリリィの体に残る私の痕跡さえ消えてしまうようで、あまり、好きではない。

 本当は、全て残しておきたいと思う。
 白い肌に赤く散った所有の証と同じように、私の跡を、何もかも。

 醜く歪んだ独占欲と、支配欲が綯交ぜになったような感情と、なによりも、誰よりも大切にしたいという切なさにも似た思慕が胸を満たす。

 形の良い額にそっと口付けると、リリィはふわりとした微笑みを浮かべた。

 いつもどこか緊張したように、どことなく表情が硬いリリィだが、最近は私を信頼してくれているのか、微笑んだり泣き出しそうな顔をしたり、愛らしく表情を変えてくれる。

 できることなら、その体を抱きしめて眠りにつきたい。

 けれど私は、後ろ髪を引かれる思いでベッドから抜け出した。

 それから、ベッドサイドのテーブルに置かれている水差しや、美しい瓶や、香炉に視線を落とす。

「……わからないな」

 小さな声で呟いた。

 ドロレスを筆頭に、侍女たちが部屋を準備してくれたのだろう。
 リリィは気づいていないようだったが、それらは褥を交わすときに使用するものだ。

 フォルトナや、その父の宰相が、女性を側にすら近寄らせない私を心配して、知識だけは身につけるようにと言われた。

 それなので、経験はないが、知識は人並みにあるのだと思う。

 フォルトナなどは「女性に慣れていない上に知識さえなければ、すぐにひっかかりますよ。純真さという鎧を纏い、フィオルド殿下の心を得ようとする強かな女性というのは、案外多いもの。女は、怖い。よく言います」と、皮肉まじりに言っていた。

 そんなことにはならないと否定をすると「殿下のような真面目で遊びを知らない男こそ、女に騙されやすいというものです」と肩をすくめられた。

 どうにも納得はいかなかったが、とはいえ知識というものは大切だ。
 知識があったからこそ、リリィを悦ばせることができたのだろう。

「……リリィに、危害を加えたかった訳ではないのか? ……悪意は、感じられない」

 侍女たちが用意してくれた道具を、一つ一つを手に取って確認する。

 美しい瓶に入っているのは、とろりとした粘り気のある透明な液体で、ラベンダーの良い香りがする。

 媚薬の効果のある潤滑油だろう。

 香炉も、同じようなもの。香りで気分を高揚させて、性的興奮を高めるもの。

 それから、魔力を封じる呪いが施された魔法陣が描かれた一枚の紙。

 ヴェルダナ家出身のドロレスは、おそらく魔導士だ。
 それもかなり優秀な魔導士なのだろう。

 魔法陣からは強い力を感じる。

 寝室に入ったときに、私の魔力をぶつけて効力を打ち消しておいたが――なんのために、魔力を封じようとしたのだろうか。
 魔力を封じ無力にして、私やリリィの暗殺をするためという可能性もあるが、それにしては、堂々とテーブルの上に置いてある意味がわからない。

 考えていても仕方がない。
 話をするべきだろう。リリィが目覚める前に、全て片付けておきたい。

 小さく息を吐き出して衣服を整えると、私は部屋を出た。


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