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セフィール家での休暇と想起の夏

レランディア公爵家とセフィール公爵家 1

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 ロイスお父様は椅子から立ち上がると、お母様の両肩に手を添えた。
 お母様は目を伏せたままお父様の手に自分の手を重ねて、どこか安堵したように口元に笑みを浮かべた。

「それについては、僕も同じだよ。リアンさんのためだと思って、セフィール家は他の公爵家や貴族たちと、あまり関わりを持たないようにしていた。そして、今まで僕たちとバルツス皇帝陛下の間に何があったのか、リリィに伝えることはしなかった。……フィオルド君は、リリィは知っているものと思っていたんだろう?」

「そうですね。バルツスが、リアン皇女様を、他の女性たちと同じようにその毒牙にかけようとしたと。……私はバルツスの息子として、セフィール家から嫌悪されているだろうと考えていました」

 お父様のゆったりとした声に、フィオルド様が答える。

 お父様の声というのはのんびりしているせいで、いつもどこか緊張感に乏しいのだけれど、いつでも落ち着いていて感情的にならないお父様に、お母様はもしかしたら、救われていたのかもしれないなと思う。

 そうでなければきっと、皇帝陛下とお父様は、血を流して、争うことになっていたかもしれない。

「……私とリリィとの婚約は、バルツスのーーリアン公爵夫人への執着の一端なのだと。なんと浅ましいことかとも思っていました。それでも私は、リリィに恋をしました。嫌悪されているのだろうと、理解しているのに、リリィを手放そうとは思えなかったのです」

「感情というのは、難しい。理性や、それから、理想などでは、制御できない時があるものだよ。皇帝陛下を反面教師として、己を律して生き続けてきたフィオルド君にそこまで思われて、リリィは幸せだろう」

「はい……すごく、幸せです」

 緊迫した雰囲気なのに、私は頬をおさえて口元をだらしなく緩めた。

 だって、嬉しいのよ。

 フィオルド様が私を好きでいてくださって、嬉しい。けれど同時に、フィオルド様を傷つけていたことに気づかなかったことが、悲しい。

 何も知らなかったせいで、知ろうともしなかったせいで、フィオルド様の痛みはもっと深く、苦しいものになってしまった。

 だって、フィオルド様は私が、フィオルド様のことを嫌っていると思っていたのよね。

 実際はそうではなかったのだけれど、そう思われて当然な態度を、私は取り続けていたもの。

 フィオルド様が怖くて目も合わせなかったし、ろくに挨拶もできなかったし、微笑んだりも、できなかった。

 私はいつも不機嫌そうに見えていたはずで――挙げ句の果てに、フィオルド様は私が、他の男性たちに、フィオルド様への当てつけのように、縋って、媚びて、関係を持っていたと思っていたのだから。

 皇帝陛下の浮気癖を見て育ったフィオルド様にとって、それがどれほど辛いことだったかと思う。

 女性に対する欲望がまるで暴力と同義のように、フィオルド様にとっては禁忌に感じられていたのだろう。

 女性をいっさい傍に近づけずに、潔癖なぐらいに自分を律していたフィオルド様なのだから、私の顔を見るたびに、きっと苦しいぐらいの嫌悪感を感じていたのではないかしら。

「……私、フィオルド様をずっと、苦しめていて……それなのに、フィオルド様が、好きで、ごめんなさい……」

 フィオルド様の気持ちが、胸がいっぱいになるぐらいに嬉しいのに、同時に、とても悲しい。

 自分が情けなくて、嫌になる。

 私の弱さは、お父様とお母様のせいじゃない。

 そんなことを言い訳にして、フィオルド様を苦しめたことを、なかったことにしたくない。

「リリィ、……お前を苦しめたのは、私の方だ。私は自分で自分の首を絞めるように、自己嫌悪と思い込みの檻の中にずっと閉じこもっていた。お前を手放したくなくて、お前と向き合うことから逃げていた」

「でも、私……逃げていたのは、私の方で……」

 嬉しいのに悲しくて、涙がこぼれそうになる。

 あらためてお母様からお話を聞いたことで、フィオルド様の痛みがまるで自分のものになったように、その心を思うと、息ができないぐらいに苦しい。

 フィオルド様は私の涙を、そっと指で拭ってくださった。

「私を嫌悪するお前が他の男に心を奪われていると思うと、お前に受け入れて貰えない苦しさが、全て憎しみに変わって……少し、気持ちが楽になった気がした。それを言い訳にしてしまえば、愛されないことに理由ができる。今思えば、私はその言い訳に、縋っていた。……どうしようもない、愚か者だな、私は」

「フィオルド様……私はきっと、誰にも愛されないって、諦めていました。フィオルド様にも嫌われていて。自分に自信がなくて。お話も下手だし、顔だって、こわいし。こんな私を愛してくれる人なんて誰もいないって、ずっと、逃げていたんです。そうすると、楽だったから。……私も、一緒です。だから、だから」

「リリィ……ありがとう。お前がそうして気持ちを伝えてくれるのは、私のためなのだと思うと、私はお前にとって特別な存在になれたような気がする。私の勘違いでなければ、嬉しい」

 切なげに微笑むフィオルド様があまりにも綺麗で、いますぐ抱きしめたくなってしまう。


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