リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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遺跡探索と雪解けの春

馬車での帰路 1

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 魔導学園のある聖都からセフィール公爵領までは、馬車でおおよそ半日程度。

 朝出立すれば、休憩を挟みながらのんびり移動しても、夕方には到着することができる。

 フィオルド様が手配してくださった皇家の馬車はとても立派で、翼ある女神を模したセントマリア皇家の紋章が、金属製の馬車の外側に大きく刻印されていた。

 馬車の中は私とフィオルド様が二人で乗るには十二分に広くて、赤い天鵞絨のはられた座面の座席は、私が横になっても余りあるぐらいにゆったりとした造りになっている。

 朝からフィオルド様の腕の中で気持ち良くして頂いて、身も世もないぐらいに泣きじゃくっていた私は、フィオルド様の魔力で沢山体を満たしていただいて、とても元気だった。

 体は元気だけれど、フィオルド様のお言葉に甘えて、馬車の中で体を丸めて横になり、うとうとしていた。

 フィオルド様が「こちらにおいで」と言ってくださったので、私はフィオルド様の膝に頭を乗せている。

 髪を撫でて下さる手の感覚が心地よくて、馬車が出発すると、揺れも相まってすぐに眠たくなってきてしまった。

 窓から、初夏の温ぬるい風が吹き込んでくる。
 出発が遅れてしまったので、少し急いでくれているようだった。

「以前に比べて、治安は良くなっているとはいえ、夜の道行は危険だ。賢い者は夜の外出や、移動は控える。夜盗もそうだが、魔物も、夜は活発に動き始める。夜の街道の安全を確保するためには、街道の警備を命じれば良いのだろうが、街の警邏に加えて、街道まで巡回するのは、難しいのだろうな」

 フィオルド様の声が聞こえて、私はうっすらと目を開いた。

 フィオルド様は私を撫でながら、窓の外を見ている。

 風に靡く美しい青みを帯びた銀糸のような髪や、揺れる魔力制御の紫色の耳飾りが、視界に入る。
 白いシャツのボタンは首元までしめられていて、首に巻かれている棒タイには、翠色の小さな宝石の飾りがついている。

 それは私の瞳の色と同じだ。

 まさか「それって私の目の色を意識してくださったんですか?」なんて不躾な質問ができるわけがないので聞いていないけれど、多分そうなんじゃないかなと思う。

 白いシャツの上から薄手の黒い上着を羽織っていて、上着の中央には繊細な金の鎖でできた細身の上着止めが光っている。

 色味を極力抑えた上品で美しい姿に、私はしばらくうっとりと見とれていた。

「すまない。起こしてしまったか? ……一人でいることが多いせいか、私は独り言も多いようだ。フォルトナに、時々指摘される。今のは自分に話しかけているのか、それとも独り言なのか、どちらなのかと」

「フィオルド様の声、好き、です。……落ち着いていて、穏やかで。寒い日に、暖炉の前で毛布にくるまりながら、雪が降る音を聞いているみたいで」

「私も、お前の声が好きだ。冬の終わりに咲く、スノードロップの花のように愛らしい。慈愛と気遣いに満ちていて、まるで神託のようにお前の言葉は胸に響く」

「ありがとうございます……」

 フィオルド様の声を聞いていると落ち着くので、思ったことを口にしたら、なんだかものすごく褒められてしまった。
 小さな声でお礼を言うと、フィオルド様は愛おしそうに私の頬を撫でてくださった。

「……魔導学園の卒業まで、おおよそ一年。その後、皇帝に即位することになっている」

 悩まし気に、フィオルド様はぽつりと言った。

 私はこくんと頷く。

 大切な話をしてくださっているような気がする。微睡の中にいた頭が、フィオルド様のお話を聞くことができるのだと思うと、少しはっきりしてくる。

「バルツスは、……色欲の権化のような男ではあるが、皇帝としては、まともなのだろうな。この数年で上下水道の整備を拡大し、民の病気を減らした。騎士団を増強して、賊や魔物から街を守るために、各町に駐屯地をつくった。それだけではない、他にも、……功績は多い。私にとっては嫌悪すべき男なのに、家臣たちからは好かれている」

「フィオルド様も、きっと、……立派な、皇帝陛下になると、思います。フィオルド様は優秀な方だって、……その、話し相手もろくにいない私でさえ、知っているので……」

「ありがとう、リリィ。お前にそう言われると、悩む必要はないように思えてくるな」

 私からしてみたら、フィオルド様はすごく立派な方に見える。

 自分の立場をそつなくこなし、何の迷いもなく生きているように、今までは見えていた。

 けれど――きっと、そうではなかったのね。


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